ヘテロクロミアの魔眼騎士

礼(ゆき)

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本編

8,壁ごしに迷う

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 デュレクは水場の鏡で、眼帯を外した。
 髪も右目も褐色。平民によく見られる色味のなかで、左目だけが冴える。

 紅の瞳。貴族の証である色味を備えた左目をまじまじと見つめデュレクはため息を吐く。

(俺も事情もちだが、あっちもなにかあるってことだな。詮索されたら面倒だ。後ろめたいことが娘にもあるのなら、これを見られてもあれこれきかれることはなさそうか)

 眼帯を外し、棚に置こうとして手が止まる。
 未使用タオルの横に、女が使い終えたタオルが雑にたたまれておいてあった。

「不用意に男と同室を了承しちゃいけないよね」

 苦笑いを浮かべ、独り言ちる。

 シャワーの蛇口をひねり、頭からお湯をかぶる。だばだばと脳天に流水を受けた。

(眠ってしまえば、さっさと朝になるさ)

 




 静かな部屋で荷袋の紐を締めたセシルの耳にもシャワー音が届く。

『早く寝ろ』

 男は言った。

(言われなくても、寝るさ)

 セシルは衣類を脱ぎ、シャツと下着だけとなる。ハンガーからコートを外し、上着とズボンをかけてから、もう一度コートをかけて、元へ戻した。
 続いて、外したブラをハンガーの端にかけて、コートの裏に隠した。

 シャツとパンツだけの姿となった。ベッドにもぞもぞと潜り込む。
 横になり、寝返りをうった。

 元婚約者が最後に放った言葉が急に浮かぶ。

『お前みたいな、狂暴な女なんかと、子どもなど為せるものか。その武骨で、可愛げひとつない言動の男女など愛せるものか』

 ぎゅっと掛布を掴んだ。体に巻き付けるように、胸元に寄せる。足を曲げて、膝を引き寄せた。

(しっかりと学んできた。仕事はしてきた。家を出る資金と知恵は手にはいった……)

 家を出たことは後悔していない。
 こうやって寝ながら、やっと逃れることができたと歓喜してもいいはずだった。一人満足して、高らかと笑えると思っていた。

 なのに、ずんと重い。

 父と元婚約者と妹に啖呵を切って後、背に受けた捨て台詞。あの時は、意地で振り切って立ち去った。

(私は何も知らない)

 男と女とはなにか。知らず大人になった。
 使用人にしても、誰に対しても、親切にしていたはずだ。くだんの元婚約者にだって、粗相をしたことはなかった。公の場で罵ることも、婿養子だからといって軽んじたこともない。
 たぶん、そういうことではないとセシルは思う。

(ダメなことが何かも分からない……)

 仰向けになり、天井を見つめた。

 今、シャワーを浴びている男は言った。

『おまえ、女かよ!!』

 顔だけ、水場に向ける。シャワー音はまだ続く。

「……」

 体を起こした。

(女か……。あのシャワーを浴びている男に、私は女に見えているのだろうか)
 
 ただ体の凹凸や造りだけで、女かよ、と叫んだだけかもしれない。
 
 やるせなくなり目を背ける。サイドテーブルの上にグラスとワインが置いてあった。
 思わず、手が伸びた。

(鬱屈しているのは、家を捨てたばかりだからかもしれない)

 瓶を傾け、グラスにそそぐ。そのグラスを持ち、壁に背をつけた。両手でグラスを包み、ちびちびと舐める。

 いつの間にか、シャワー音が止まっていた。
 
 グラスに注いだワインを半分ほど飲み終えた時、かちゃりと扉が開き、男が出てきた。頭部に白いタオルを乗せている。上半身は裸で、身に着けているのはズボンだけ。
 
 セシルはちょっと驚いたものの、顔色はかえなかった。

「なんだ、寝ていなかったのか」
「折角だから、ちょっとだけ飲んで寝ようと思ったんだ」
「そっか。それ、半分はあんたのだもんな」
 
 デュレクは壁側の机に、脱いだ衣類を置いて、自分が寝るベッドに座った。ワインをグラスに注ぐ。

「もう、ほとんどないな。まだ、飲むか」
「少し、欲しい」

 セシルはグラスをもって、ベッドの際に寄る。

「俺は、デュレクという。あんたの名前は?」
「私? 私はセシルだ」
「セシル、ちょっと遠いわ。瓶が届かない。もっとこっち寄れる?」
「わかった」

 セシルは、デュレクに求められるまま、ベッドの際に寄った。足を出すか迷い、一瞬動作が止まる。
 
 デュレクは、傾けた瓶を前に出し、待っている。

 セシルは、掛布から、足を出し、座った。
 
 腕を伸ばし、グラスを差し出す。そのグラスに、デュレクがワインを継ぎ足した。

 瓶を戻したサイドテーブルを挟み、二人は向き合う。しばし、無言でワインを傾けていた。
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