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本編
9,眼帯
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デュレクは瓶を手にし、くるりと回した。中身は、ほとんどない。
瓶越しにベッドの際に座ったセシルを盗み見る。
胸元の第二ボタンまで外したシャツを着て、ベッドに乗せた片手に体重を預け、グラスに視線を落としている。アッシュブラウンの髪はまとめて、片側の肩にかけていた。首筋が浮く。太ももの付け根を隠すシャツの裾からは、白い足が伸びる。
「どうした」
菫色の瞳がデュレクを捕らえる。
「残っている。まだ飲みたいか?」
「デュレクが飲み切ればいい。残ったら、少し、欲しいかな」
セシルは素っ気なく顔を背ける。男の誘い方も知らないなと自嘲しているなど、デュレクは気づかない。
どうせ女になんか見えないんだろという投げやりさ、一人の男でいいから女として見られたいという渇望を行ったり来たりしている。無表情な割に、内面はせわしなかった。ぐるりと回って何度かどうせ私なんてという自己卑下に病みかけていた。
男女と罵る言葉がチクリと刺し、そんなことはないと否定したくても、否定しきれない。
(なにを考えているんだか)
気取られない無表情を壁面に向ける。その横顔に光源が差す。顔だけでなく、体の凹凸もまたくっきりと浮かび上がる。
薄いシャツ越しに、女の陰影がデュレクの脳裏をよぎる。見えるけど見えない。影が、こんな形なんだろうなという、イメージを与えてきても確かめるには遠い。
(ただの悪意がない良い子だったら、申し訳ないよ。食事と宿で世話になっているし、最初に男と間違えたのは俺だしな)
瓶を傾け、グラスに注ぐ。少し残して、瓶の口を上向けた。
「残った?」
「少し」
半裸の男の前に立ったセシルは、小首をかしげて、グラスを出した。
「入れて」
デュレクは息をのみ、セシルを見上げる。傾いた首筋、頬、胸元、オレンジの光彩が揺らぐ。
ワインの瓶を股座に置いたデュレクが、ベッドの奥に身を引き、少し体を傾けた。
「座る?」
躊躇いなくセシルは、すとんとデュレクの横に座った。彼女の手にするグラスがそっと前に出る。股座に置いた瓶を手にして、注ぎ入れた。
空になった瓶をサイドテーブルに戻す。
女の横顔は虚空を向けられている。飲んだワインが喉元を通りすぎる。
(ただ無防備なだけか……)
「どうした」
視線に気づいたセシルがデュレク側に体を傾ぐ。
デュレクは片足をベッドにあげる。そのあげた側の足首を諸手で掴み、ちょっと顔を突き出した。
「なあ。俺の、この眼帯、気にならないのか」
「妙なことを問うな」
「不思議じゃないのか。片目を隠しているなんてさ」
「片目を無くすなんて、ただ事じゃないだろう。易々と触れて良いことではないはずだ。ちょっとは、意地悪心もあったが、やめたよ」
明るくデュレクは笑う。
「実は、これ見えているんだよ。メッシュになっていてさ。向こうからは見えない。でも、俺からは見えるようになっているんだ」
「見えているのか。目玉でもくりぬいた陥没を隠しているのかと勘繰って損したな」
「日常は外している。ただ、こういう場だと目立つから、眼帯をつけるようにしている。セシルがフードを目深にかぶっていたのと同じ理由だよ」
セシルがはっと目を剥いた。
「まさか……」
「気になるなら、取っていいよ」
震える手を伸ばした。セシルはデュレクの頬に触れ、左目を覆う眼帯に触れた。ざらざらとしたとした手触りの布をつまむ。引いても取れず、上に引き上げると、後頭部に回っていた紐がゆるみ、するりとぬける。
紅の瞳が露になる。
「……貴族か」
「だな。セシルと一緒だ」
「紅となれば……、侯爵か。ブリアーズ侯爵の……」
「御名答。ただ、俺の苗字はブリアーズじゃない。ブラッドレイだ」
「そんな家名聞いたことないぞ」
「侯爵家の人間だと体面が悪いだろう。片目しか、家の象徴を持ち合わせていないなんてさ。それで即席で与えられた家名なんだ。知らなくて、当然だよ」
外した眼帯を握りしめるセシルの首にデュレクが腕を回した。
寝てろと言って寝ていなかった。
最初は断った酒も、気が変わったと飲み始める。
注ぐかと言えば、残ったらもらうと答えた。
隣に座れと促せば座り、眼帯をとってみるかと言えば、従った。
男は女が拒否しないと踏んだ。
首に回した腕をまげ、手首を捻り、顎をもたげる。小さな悲鳴を飲み込んで、デュレクはセシルの唇を奪った。
瓶越しにベッドの際に座ったセシルを盗み見る。
胸元の第二ボタンまで外したシャツを着て、ベッドに乗せた片手に体重を預け、グラスに視線を落としている。アッシュブラウンの髪はまとめて、片側の肩にかけていた。首筋が浮く。太ももの付け根を隠すシャツの裾からは、白い足が伸びる。
「どうした」
菫色の瞳がデュレクを捕らえる。
「残っている。まだ飲みたいか?」
「デュレクが飲み切ればいい。残ったら、少し、欲しいかな」
セシルは素っ気なく顔を背ける。男の誘い方も知らないなと自嘲しているなど、デュレクは気づかない。
どうせ女になんか見えないんだろという投げやりさ、一人の男でいいから女として見られたいという渇望を行ったり来たりしている。無表情な割に、内面はせわしなかった。ぐるりと回って何度かどうせ私なんてという自己卑下に病みかけていた。
男女と罵る言葉がチクリと刺し、そんなことはないと否定したくても、否定しきれない。
(なにを考えているんだか)
気取られない無表情を壁面に向ける。その横顔に光源が差す。顔だけでなく、体の凹凸もまたくっきりと浮かび上がる。
薄いシャツ越しに、女の陰影がデュレクの脳裏をよぎる。見えるけど見えない。影が、こんな形なんだろうなという、イメージを与えてきても確かめるには遠い。
(ただの悪意がない良い子だったら、申し訳ないよ。食事と宿で世話になっているし、最初に男と間違えたのは俺だしな)
瓶を傾け、グラスに注ぐ。少し残して、瓶の口を上向けた。
「残った?」
「少し」
半裸の男の前に立ったセシルは、小首をかしげて、グラスを出した。
「入れて」
デュレクは息をのみ、セシルを見上げる。傾いた首筋、頬、胸元、オレンジの光彩が揺らぐ。
ワインの瓶を股座に置いたデュレクが、ベッドの奥に身を引き、少し体を傾けた。
「座る?」
躊躇いなくセシルは、すとんとデュレクの横に座った。彼女の手にするグラスがそっと前に出る。股座に置いた瓶を手にして、注ぎ入れた。
空になった瓶をサイドテーブルに戻す。
女の横顔は虚空を向けられている。飲んだワインが喉元を通りすぎる。
(ただ無防備なだけか……)
「どうした」
視線に気づいたセシルがデュレク側に体を傾ぐ。
デュレクは片足をベッドにあげる。そのあげた側の足首を諸手で掴み、ちょっと顔を突き出した。
「なあ。俺の、この眼帯、気にならないのか」
「妙なことを問うな」
「不思議じゃないのか。片目を隠しているなんてさ」
「片目を無くすなんて、ただ事じゃないだろう。易々と触れて良いことではないはずだ。ちょっとは、意地悪心もあったが、やめたよ」
明るくデュレクは笑う。
「実は、これ見えているんだよ。メッシュになっていてさ。向こうからは見えない。でも、俺からは見えるようになっているんだ」
「見えているのか。目玉でもくりぬいた陥没を隠しているのかと勘繰って損したな」
「日常は外している。ただ、こういう場だと目立つから、眼帯をつけるようにしている。セシルがフードを目深にかぶっていたのと同じ理由だよ」
セシルがはっと目を剥いた。
「まさか……」
「気になるなら、取っていいよ」
震える手を伸ばした。セシルはデュレクの頬に触れ、左目を覆う眼帯に触れた。ざらざらとしたとした手触りの布をつまむ。引いても取れず、上に引き上げると、後頭部に回っていた紐がゆるみ、するりとぬける。
紅の瞳が露になる。
「……貴族か」
「だな。セシルと一緒だ」
「紅となれば……、侯爵か。ブリアーズ侯爵の……」
「御名答。ただ、俺の苗字はブリアーズじゃない。ブラッドレイだ」
「そんな家名聞いたことないぞ」
「侯爵家の人間だと体面が悪いだろう。片目しか、家の象徴を持ち合わせていないなんてさ。それで即席で与えられた家名なんだ。知らなくて、当然だよ」
外した眼帯を握りしめるセシルの首にデュレクが腕を回した。
寝てろと言って寝ていなかった。
最初は断った酒も、気が変わったと飲み始める。
注ぐかと言えば、残ったらもらうと答えた。
隣に座れと促せば座り、眼帯をとってみるかと言えば、従った。
男は女が拒否しないと踏んだ。
首に回した腕をまげ、手首を捻り、顎をもたげる。小さな悲鳴を飲み込んで、デュレクはセシルの唇を奪った。
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