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本編
60,裁き
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「兄貴が、俺に殺されるために? なんでだ。俺は、兄貴を殺したいなんて思わないし、絶対に殺すような真似はしない!」
「林で剣をむけられなかっただろう」
「……」
涼やかな殿下の問いに、苦しそうな表情を浮かべる。
林のなかで起こったことを知らないセシルは沈黙が示す肯定に驚いた。
「剣を向けるって……。団長が、デュレクに! あんなに弟を思っている団長がか」
目を剥いて見上げてくるセシルを直視できず、デュレクは天を仰いだ。
「ああ。子どもを助けた直後、兄貴が俺に剣を向けてきた。俺は子どもを抱えていたから、逃げるだけで手いっぱいだったんだ」
セシルは団長とデュレクを交互に見つめる。その顔には理解しがたいという感情が張り付いていた。
「デュレク、お前は黙って殺されてやるほど、ぬるい人間か」
殿下がよく通る声で、二人の間に割り入ってくる。
デュレクは天を仰いだまま目をぎゅっと閉じた。あのままさばききれなければ、木陰に子どもを隠し、戦うことになっただろう。あの場で、霧が発生し助かったのはデュレクだった。
「反撃していたであろう。そして、反撃していたとしたならば、近衛騎士団長まで上り詰めた男の剣技を手抜きで応じられはしなかったのではないか」
兄に対し、剣を振るうことは不本意でも、命をとられるならば話は違ってくる。
(俺が子どもを置き、剣を向ける決心をすれば、兄貴のおもうつぼだったということか)
「近衛騎士団長が本気で切りかかってきたならば、身を守るために戦うだろう。互いに全力でぶつかり合う最中、兄の方が手を抜く。そうすれば、デュレクの剣は、まごうことなく、兄に届いたはずだ」
デュレクは否定できなかった。
殿下は近衛騎士団長へと視線を落とす。
「近衛騎士団長。お前は死にたがっていた。
それもただ死ぬのではなく、最愛の弟に手で裁かれたかったのだろう。許されることは望まなくとも、な。それとも、弟の手によって死ぬことで、生涯、弟の中に自身の存在を刻みつけたかったのかな」
ゆっくりと目を開いた近衛騎士団長たるデュレクの兄が身体をおこす。
苦しそうな表情のまま、左右に頭を振った。
「殿下……、申し訳ありません」
近衛騎士団長はぽつりと謝罪する。
「いいよ。私情を混ぜ込んできていることは分かっていた。
近衛騎士団長、反目する貴族はあぶりだせただろう。そのリストを私にあげよ。
白銀の魔眼の開眼。
反目する貴族のあぶりだし。
これだけの結果が伴うなら、不問だ。
さらに近衛の地位を維持し、王に仕えていればいい。
ほとほと、業が深い星の元に生まれたな近衛騎士団長。苦しかろうが、逃れることはできない」
近衛騎士団長はこくりと頷く。
殿下は女官と子どもに目を向ける。
「子どもは目覚めたか」
「はい、まだぼんやりとしておりますが……」
女官の腕の中で、半分ほど目を開けた子どもが、虚ろな目を殿下に向ける。意志の色は薄く、まだ置かれている状況がつかめてはいないようであった。
「長く、魔族生の生物と同化していたからな。御所でゆっくりと休ませよ。貴重な呪詛の魔眼を持つ子どもだ。望む望まないに関わらず、この子の未来は私のものだ。
目覚めたら、二人とも御所で暮らせ。ここがお前たちの家だ」
「はい、ありがとうございます」
女官は子どもを抱いて、震える声で礼を告げた。
殿下は子どもの前に座り込み、軽く笑いかける。
「さしあたって、この子は私の小姓にでもしようかな。呪詛、呪詛返し、浄化。これで、三種の魔眼が揃った」
笑顔を消した殿下は立ち上がる。
「御所に戻る」
殿下が踵を返す。女官は子どもを抱きかかえ、立ち上がろうとする。一人では抱き上げるのが難儀そうで、セシルは駆け寄った。
「私がおぶろう」
「ですが……」
「殿下が戻られるのに、私たちが戻らないのはいささか問題だろう」
「……そうですね」
女官に子どもを背に乗せてもらい、セシルは立ち上がる。立つデュレクと座り込む団長を見た。
「私たちは先に戻る。こちらは気にしなくていい」
それだけ告げると、御所に向かって歩き始めた。女官も一礼し、セシルと子どもの後を追う。
残されたデュレクは、再び座りなおした。
「兄貴……、無事か。セシルの浄化は効いたか」
うつむいたまま団長(あに)は頷く。
「林で言っていたことは全部、本当のことなのか」
もう一度、団長(あに)は頷いた。
「ごめんな。俺、なにも知らなくて。俺、ずっと兄貴は正当で真っ当な、侯爵家の跡取りだと思っていたんだ」
「演じてきたからなあ。
……俺を裁けるのは、デュレク、お前だけだ。俺が殺した兄の仇としてお前だけが俺を殺す権利があると思っている」
「俺の生まれる前の話なんて実感ないんだよ。俺に実の兄がいたとしても、それは兄貴の話のなかだけだ。見たこともない、触れたこともない人間を、存在するかのようにとらえきれない。
ごめんよ。俺は兄貴が背負っているものを、真に理解することも、分かち合うこともできないかもしれない。
俺は兄貴に世話になった。
俺は兄貴に育てられたようなものだ。兄貴がいなかったら、ここにいない。
俺にとって、兄貴は親だ。俺は兄貴に育ててもらった。だから、親を殺すような、そんな不義理はできないよ」
「林で剣をむけられなかっただろう」
「……」
涼やかな殿下の問いに、苦しそうな表情を浮かべる。
林のなかで起こったことを知らないセシルは沈黙が示す肯定に驚いた。
「剣を向けるって……。団長が、デュレクに! あんなに弟を思っている団長がか」
目を剥いて見上げてくるセシルを直視できず、デュレクは天を仰いだ。
「ああ。子どもを助けた直後、兄貴が俺に剣を向けてきた。俺は子どもを抱えていたから、逃げるだけで手いっぱいだったんだ」
セシルは団長とデュレクを交互に見つめる。その顔には理解しがたいという感情が張り付いていた。
「デュレク、お前は黙って殺されてやるほど、ぬるい人間か」
殿下がよく通る声で、二人の間に割り入ってくる。
デュレクは天を仰いだまま目をぎゅっと閉じた。あのままさばききれなければ、木陰に子どもを隠し、戦うことになっただろう。あの場で、霧が発生し助かったのはデュレクだった。
「反撃していたであろう。そして、反撃していたとしたならば、近衛騎士団長まで上り詰めた男の剣技を手抜きで応じられはしなかったのではないか」
兄に対し、剣を振るうことは不本意でも、命をとられるならば話は違ってくる。
(俺が子どもを置き、剣を向ける決心をすれば、兄貴のおもうつぼだったということか)
「近衛騎士団長が本気で切りかかってきたならば、身を守るために戦うだろう。互いに全力でぶつかり合う最中、兄の方が手を抜く。そうすれば、デュレクの剣は、まごうことなく、兄に届いたはずだ」
デュレクは否定できなかった。
殿下は近衛騎士団長へと視線を落とす。
「近衛騎士団長。お前は死にたがっていた。
それもただ死ぬのではなく、最愛の弟に手で裁かれたかったのだろう。許されることは望まなくとも、な。それとも、弟の手によって死ぬことで、生涯、弟の中に自身の存在を刻みつけたかったのかな」
ゆっくりと目を開いた近衛騎士団長たるデュレクの兄が身体をおこす。
苦しそうな表情のまま、左右に頭を振った。
「殿下……、申し訳ありません」
近衛騎士団長はぽつりと謝罪する。
「いいよ。私情を混ぜ込んできていることは分かっていた。
近衛騎士団長、反目する貴族はあぶりだせただろう。そのリストを私にあげよ。
白銀の魔眼の開眼。
反目する貴族のあぶりだし。
これだけの結果が伴うなら、不問だ。
さらに近衛の地位を維持し、王に仕えていればいい。
ほとほと、業が深い星の元に生まれたな近衛騎士団長。苦しかろうが、逃れることはできない」
近衛騎士団長はこくりと頷く。
殿下は女官と子どもに目を向ける。
「子どもは目覚めたか」
「はい、まだぼんやりとしておりますが……」
女官の腕の中で、半分ほど目を開けた子どもが、虚ろな目を殿下に向ける。意志の色は薄く、まだ置かれている状況がつかめてはいないようであった。
「長く、魔族生の生物と同化していたからな。御所でゆっくりと休ませよ。貴重な呪詛の魔眼を持つ子どもだ。望む望まないに関わらず、この子の未来は私のものだ。
目覚めたら、二人とも御所で暮らせ。ここがお前たちの家だ」
「はい、ありがとうございます」
女官は子どもを抱いて、震える声で礼を告げた。
殿下は子どもの前に座り込み、軽く笑いかける。
「さしあたって、この子は私の小姓にでもしようかな。呪詛、呪詛返し、浄化。これで、三種の魔眼が揃った」
笑顔を消した殿下は立ち上がる。
「御所に戻る」
殿下が踵を返す。女官は子どもを抱きかかえ、立ち上がろうとする。一人では抱き上げるのが難儀そうで、セシルは駆け寄った。
「私がおぶろう」
「ですが……」
「殿下が戻られるのに、私たちが戻らないのはいささか問題だろう」
「……そうですね」
女官に子どもを背に乗せてもらい、セシルは立ち上がる。立つデュレクと座り込む団長を見た。
「私たちは先に戻る。こちらは気にしなくていい」
それだけ告げると、御所に向かって歩き始めた。女官も一礼し、セシルと子どもの後を追う。
残されたデュレクは、再び座りなおした。
「兄貴……、無事か。セシルの浄化は効いたか」
うつむいたまま団長(あに)は頷く。
「林で言っていたことは全部、本当のことなのか」
もう一度、団長(あに)は頷いた。
「ごめんな。俺、なにも知らなくて。俺、ずっと兄貴は正当で真っ当な、侯爵家の跡取りだと思っていたんだ」
「演じてきたからなあ。
……俺を裁けるのは、デュレク、お前だけだ。俺が殺した兄の仇としてお前だけが俺を殺す権利があると思っている」
「俺の生まれる前の話なんて実感ないんだよ。俺に実の兄がいたとしても、それは兄貴の話のなかだけだ。見たこともない、触れたこともない人間を、存在するかのようにとらえきれない。
ごめんよ。俺は兄貴が背負っているものを、真に理解することも、分かち合うこともできないかもしれない。
俺は兄貴に世話になった。
俺は兄貴に育てられたようなものだ。兄貴がいなかったら、ここにいない。
俺にとって、兄貴は親だ。俺は兄貴に育ててもらった。だから、親を殺すような、そんな不義理はできないよ」
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