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本編

62,自慰 ※

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 水場に入ったデュレクは鏡を見た。張り付いたような薄ら笑いが目につき、その醜悪な顔から目を逸らした。
 どんな現実を前にしても、どこか軽く受け止め、へらへらしている。疎まれ、軽んじられて生きてきたためか、生来の性質か、もう区別はつかない。

 立派な人間でも、強い男でもない。目の前で人間が死んでいくことを恐ろしく、びくびくと逃げ回る弱い子ども。それがデュレクだ。なさけなさも、身に染みるほど自覚している。
 兄の過去を知っても、分かち合うこともできず、突っぱねて終わった。

『不義理はできない』

 ただの逃げとしてカッコいい言葉を告げただけだ。
 目元に力がこもる。
 
 どんな思いで兄がデュレクの世話を焼き、気にしてきたのか。奥底に潜む傷ついた子どもの存在など想像もしていなかった。知っていたらどうだったか。傍にいただろうか。弱いデュレクは、最後は逃げる道を選択していた気がしてならない。

 職場でセシルの後ろにくっついている時は、他者の視線を感じ、緊張し、身を引き締めていられたのに、帰宅した途端、素の弱さが襲ってきた。

 不安、恐怖に、逃亡したくなる。頼られて、誰かを背にしているから、前線では前を向いていたが、心のどこかでは逃げたかった。
 無用とされた存在であること、兄に頼りすぎていること、自立したいなど、勝手に前線に出た理由はある。その裏に、現実から逃げたかった、それこそ死を含めてという、意識があることも分かっていた。

(兄貴だけが弱いわけじゃない)

 力強いセシルの背が脳裏をよぎる。真っ直ぐで淀みない、足取り。しなやかな強さに憧れさえ覚える。

(頼りになるよな)

 口角が自然とあがった。 
 何も知らないデュレクを連れて、淡々と事務処理をこなす様は無駄がまるでなかった。

(あんな優秀な子を手放す子爵家(いえ)があるというのが信じられないよ)

 それほど、ねじ曲がった意識が堆積している子爵家(いえ)なのだろう。デュレクの侯爵家(いえ)も大差ない。セシルの父でさえも、犠牲者だ。もしかすると、その母も、皆。かつての犠牲者が恨みを持って、加害者になる。本末転倒、まるでドミノ倒しのように悪い方になだれ込んでいく。
 貴族全体が今、そんな時代の陰りの中で最後の輝きを煌めかせているのかもしれない。

 傾斜する時代の流れで、セシルはデュレクの元に転がり込んできた。

 子爵家が彼女の価値を正当に評価し、正しく彼女を扱っていれば。それこそ、彼女の母が生きていれば、デュレクは彼女との接点はほぼないままに終わっただろう。
 浄化の瞳を持つセシルの立場は本来なら巫女である。騎士と巫女では接点もあまりない。

(お茶、ちゃんと淹れれているかな)

 急に妙なことが気がかりになる。職場では頼りになるのに、使用人に囲まれて屋敷で育ったご令嬢は家ではまるで子どもなのだ。デュレクはあっという間にシャワーを終えて水場を出た。

 台所を背にして、セシルが立っている。
 シャツとパンツというシンプルな立ち姿でも、アッシュブラウンの髪の長さ、細い肩。腰の括れと臀部の丸み。
 甘く柔らかな女の香りが流れた。

 何度か味わったセシルの身体の感触が下腹部から伝わってきた。無性に恋しくなる。柔らかなぬくもりを抱いて休みたくなる。

 ふらふらとデュレクはセシルの背後に近づく。

 疲れているのだから寝る。その判断の方が正しいことは分かっていた。
 しかし、寝れる気はしなかった。一人で寝床に入れば、慣れない仕事に緊張して退けていられた思考が蘇り、嫌な考えに囚われてしまうことが目に見えていた。

(なにもかも忘れて寝たい)

 セシルの背後に立ったデュレクは後ろから彼女を抱きしめた。腕をさすり、頭部に頬を寄せた。セシルが拒否しないことを確かめて、片手で髪を寄せた。露になった首筋、耳裏に口元を寄せる。

「やりたい」

 囁いていた。

 一人で寝るのは辛かった。そこで囚われる思考に溺れるなら、セシルの慰めが欲しい。

 セシルの身体は一瞬強張る。
 すぐに力は解かれ、肯定も否定も返ってこない。

 待てないデュレクは、セシルの耳を食べた。何でもいいから、その体に触れていたくてならなかった。

「お茶はいいのか」
「いい」
「……」
「ここまま、行こう」



 セシルは肩を大きく動かして息を吐いた。体も密着し、今までであれば、心音も高くなり、体も火照っているはずなのに、どこか冷静に受け止めていた。
 慣れてきたというより、衣類を通してさえ伝ってくる切羽詰まった感覚に、ダメだと突っぱねきれなかった。

 体をよじると、デュレクの腕の力が弱まる。セシルは振り向き、デュレクの胸ぐらをつかんだ。

「仕方ないやつ」
 
 息もかかるほど近くに顔を寄せて、呟いてやると、デュレクは、眉をゆがめて笑った。



 胸ぐらをつかんだセシルの手が離れ、デュレクの腰に回る。胸に頬ずりしてくるセシルの肩をデュレクは抱いて、寝室へと向かう。その途中、ソファーが目に入った。デュレクは足を止めた。

「どうした」
 
 急に止まったデュレクをセシルが見上げる。

「セシル、ここでくわえてよ」
「くわえる」

 怪訝な表情を浮かべるセシル。
 デュレクは、この数日で自分が仕込んだ女の子に過分なお願いをしている自覚はあった。それでも、もやもやした思考が今だ脳内を渦巻いており、それを拭い去るために一度抜きたかった。
 その後でないと、優しくできる気がしなかった。
 自虐と嗜虐が混ざり合う。

「抜いて欲しいんだ」

 意味することが分からず、セシルは小首をかしげる。
 デュレクはソファーに座る。おもむろにベルトを外し始めた。
 ぎょっとするセシルを見上げるデュレクの手は、自らの股に収まっていた一物を掴みあげた。

 その形状にセシルはぎょっとする。
 思った以上に大きく、それが自分の体内に数度どうやって入っていたのだと驚くばかりだった。
 虚を突いたまま、押し切ろうとデュレクは考えていた。

「座って」

 デュレクは足元を指さした。
 こういう時、なぜかセシルは言うことをきく。

(何も知らないからか、根が素直なのか)

 セシルはデュレクの示した位置に立つ。
 見上げるデュレクの褐色と紅の両眼を見つめる。
 お願いするデュレクの弱さを菫色の瞳は見下ろす。肌から伝って来た脆さを思い出していた。

 断ることもできただろう。
 いつもの薄笑いの仮面がはがれかけているデュレクの顔を見て、セシルは、嫌だと突っぱねようとして、やめた。
 黙って、デュレクの望むまま、座った。

 デュレクは片足をソファーの座面にあげる。
 
 陰茎がすでに固くそそり立っており、まじまじとセシルは眺める。興味本位の元で凝視していた。
 手を伸ばし、指先で触れると陰茎は弓なりに張った。

「んっ……」
 
 セシルに触れられるだけで、デュレクに言い知れない快感が走る。

(これをくわえる?)

 疑問符がよぎり、セシルは硬直する。これだけ間近に男性器を見るのも初めてだが、その大きさにくわえられるのかという疑念がわく。口の中に納まりきらないと躊躇していた。

「ごめん……」

 頭上からデュレクの声が降る。
 申し訳なさそうな顔で笑んでいた。

「いいよ。くわえなくても、ちょっとだけ手を貸して」

 戸惑っているセシルを見ていると、デュレクもこれ以上お願いできなかった。

(この子は娼婦じゃないんだ)

 当たり前のことだが、先日処女を奪ったばかりの娘に前線で抱いてきた娼婦たちと同じことを望んでいる愚かさに気づく。

「握ってくれたらいいから。うん、セシルの手で握って……」

 くわえるということには抵抗を感じても、何度も体内に受け入れてきた一物へは興味はある。

 デュレクの手が伸びて、陰茎を握る。まるで手本を見せるかのようだ。手が開き、露になった側面にセシルは手を添えた。

『握って』

 セシルはデュレクの要望通り握りしめる。弾力のある手触りと思った瞬間、硬くなった。
 驚くあまり何もできないでいると、デュレクの手がセシルの手を包みこんだ。そのまま上下にゆっくりと動き始める。表面の皮が上下に伸長する。
 しごいていくと、デュレクの眉間にしわが寄り、短い息を吐くような喘ぎを繰り返し始めた。

 セシルは下からデュレクを見上げた。快感を受け止める苦しさに満ちた顔の物珍しさから目を逸らせない。
 陰茎とセシルの手を両方握り、上下運動する手に合わせて、デュレクが苦し気な短い呼吸を粗く繰り返す。
 
(こういう顔をしているのか)

 何度、体を重ねても、最後は意識がどこにあるか分からなくなってしまうセシルは、快感に翻弄されるデュレクの様を初めて見る。
 男性もまた同様に感じている。当たり前でありながら、為すがままのセシルは、今までとんと気づかなかった。

 デュレクの息が上がる。セシルの手と陰茎を両方握りしめる手の動きが早くなる。

 デュレクは紅の片目を薄く開けた。キョトンと見上げるセシルと目が合う。

 せりあがった快感に喉を押し殺す声が漏れる。

 掴んでいる手に力がこもると、セシルが痛みに顔を歪めた。

「……はっ、うっ、ぁぁ……」
 
 声を発し、デュレクの手が止まる。目を丸くするセシルの目の前で、尿道口から白く粘り気のある体液があふれ出した。

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