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本編

63,愛撫 ※

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 あふれる白濁した体液を、セシルは声もなく見届ける。
 ふきだしたのも一瞬だけ、残りはぼこぼことあふれ出し、垂れてきた液がセシルの手を汚した。粘り気のある感触に戸惑う。
 セシルの手を伝ったそれは床へポタリと落ちた。
 硬かった陰茎が急に柔らかくなり、その変化にも驚くばかりだった。

 デュレクは息を吐き、ソファーに深く沈む。こころもち、楽そうな笑みを浮かべ、目を閉じていた。

「……手を洗ってくる」

 セシルはそう言うと立ち上がり、水場へとかけていく。



 デュレクはくったりとソファーにもたれたまま、セシルの背を見送る。

(……驚いたのかな)

 出した後の陶酔感に漂うデュレク。脳天を突いた快楽により、頭のなかが洗い流されてた。
 
 兄のことも、過去のことも、後戻りできないことにあれこれ悩み続けそうな思考に歯止めがかけられ安堵する。

 セシルが水場から出てきた。手にはタオルが握られている。戻り、デュレクの前に立つと、その絞ったタオルを差し出した。
 受け取ったデュレクは、陰部に垂れる白濁した液をぬぐい、手を拭く。衣類を整えて、床に滴った精液もふき取り、そのタオルを横に避けていたローテーブルに置いた。




 男性の射精する瞬間を始めて見物したセシルは、どこか冷静だった。侯爵家(いえ)のこと、兄のこと。色んなことが降ってきたデュレクの不安定さが、幾ばくか和らげばいいとさえ祈っていた。

 セシルは安宿を思い出す。
 元婚約者が最後に背に放った言葉はセシルを突き刺した。心が脆くなり、あろうことか、眼帯をした妙な男と一夜をともにするきっかけを、自ら作った。切り捨てるつもりでいた。あれで終わろうとも後悔はなかった。

 あの時となにもかもが今は違う。
 職場で会い、上司の弟で、今では同居し、今後もともに働く。
 状況や立場だけでなく、セシルの心が変わっていた。

 悲しんでいるなら、辛いなら、それが少しでも和らぐらなら、なにかしてあげたいと思うようになっていた。
 
 ローテーブルにタオルを置いたデュレクの頭部にセシルは手を伸ばした。彼の顔を胸に押し付け、頬を頭頂部に寄せて、片手で肩を抱き、もう片方の手で後頭部を撫でた。

「大丈夫か、つらくないか。デュレク……」

 今までずっと一歩引いていたセシルは、やっと慮る言葉を告げることができた。




 デュレクはセシルの言葉に脱力する。泣きそうになり、両目を瞑った。柔らかい胸に抱かれていると、乳児に戻ったかのような気分にかられる。
 セシルの背に腕を回し、縋るように胸の谷間に顔をすり寄せた。

 ぬくもりに包まれて、癒される。
 
 安宿の偶然は、この瞬間のために用意されたのかと思うほどだった。

 セシルが両肩に手をのせて、押す。頭部を包んでいた温かみが離れて、ひんやりとする。肩に置かれた片手が、今度はデュレクの額を撫でた。

 真面目な表情が多いセシルが微笑んでいる。ただすべてを赦すとだけ、デュレクに告げているようであった。

 逃げたことも。
 受け止めなかったことも。
 生まれてきたことも。

 生きていても良い、と伝ってくるようであった。

 額を二度撫でた手が、前髪を後ろへ押しやると、セシルの顔が近づいてくる。

 単純なキスだった。
 ただあたたかな唇が触れるだけの、静かなキス。

 すでに潤んでいた目を閉じたデュレクの目じりから、雫が零れた。


 

 唇が離れる。
 デュレクは背に回した腕で、セシルを引き寄せ、太ももの上に座らせた。セシルは変わらず、片手を肩に置き、もう片方の手で頭部を撫でる。

「色々あっただろう。明後日からはいつも通りとなるはずだ。今のうちに気持ちを整理し、休んだ方がいい」

 暗に一人で寝れるかと問われていると、デュレクも分かる。まるで、もう大きくなったのだから、一人で寝れるわよね、と母に諭されているかのようだ。

 母も知らないくせにと苦笑するデュレクが再びセシルを抱きしめ、肩口に額をこすりつける。
 ちょっとだけ目を剥き、セシルは安堵する。いつもの調子に戻りつつあると感じたのだ。 

「一緒に、寝たい」

 子どもが母にねだるように、デュレクはセシルに甘える。

 結局、セシルはどこか流されやすい。セシルもまた、一人でいるより、デュレクと寝る方が好きなのだ。人のぬくもりに抱かれて休むことを覚えると、離れがたくなる。

 デュレクの寝室に入る。寝間着を着ていなかったので、シャツもズボンも脱ぎすて、下着姿になった二人は、同じ掛布を分け合って、並んで横になった。
 デュレクが天井を向き、セシルはうつぶせになる。

 二人とも無言だった。
 セシルにいたっては、このまま寝てしまうつもりでいた。肩に触れる程度でも、女は十分満足する。

 デュレクは、迷っていた。二度、三度と、抱いておきながら、初めて女を抱くような気分にかられていた。
 今さら嫌われることもないだろうに、ここにきて躊躇する臆病さが頭をもたげる。

 好きとか、愛しているとか。無性にそんな言葉が似あう感情が突き上げてくると、易々と手が出せなくなる。十代の時は、そんな気持ちにかられることはなかった。
 いつ死ぬと知れない前線で、特定の気持ちを預ける女より、娼婦の方がずっと楽であり、娼婦もまた若いデュレクを喜んだ。片目が紅というのも、女たちの前では明かしていた。誰もデュレクの過去を詮索しなかったし、貴族の落とし胤と吹聴するほらふきはいても本物は珍しいと言い、風聞を流すような真似もしなかった。金は楽でいい。
 そこで培われた軽薄さをもって、セシルに同居を持ち掛けることができたと思えば、無意味な経験でもなかったわけである。

 どこからセシルが特別になったのか、デュレクは記憶をたどっても、よく思い出せない。気になって、傍に置いておきたくなり、離したくなくなっていた。

 セシルの手を握る。握り返してくる柔らかな感触に心音が早くなる。

 単純なことこの上ない。

 デュレクは、セシルにはしてもらってばかりいるような気がしてきた。安宿を借りる時から、ずっと彼女は親切だった。食事も分けてくれて、寝床も与えてくれた。あの場でセシルが断れば、また宿探しを始めるか、望まない値段で宿を借りるしかなかった。
 廊下で迷っていれば案内してくれ、閣下や殿下の前では手本を見せてくれた。色々な場で、なんとか体面を保っていられたのはセシルのおかげだ。

 家や食事を提供しても、まだ何か足りないと気持ちがせりあがってくる。

 侯爵家(いえ)と縁遠いデュレクは体一つしか持たない。日銭を稼ぐ身体だけ。

 デュレクは体をセシル側へ向ける。繋いでいた手が離れた。セシルが肘を曲げ、その手で拳をつくり、顔に寄せた。目を瞑ったまま、シーツに半面を埋めるようにくつろいでいる。

 デュレクは手を伸ばし、背に触れた。衣類越しに撫でる。
 セシルが目を開けた。彼女も体を横にし、向き合う形になる。

 撫でていた手から背が遠くなり、デュレクはセシルの方に体を寄せた。
 
 セシルは、仕方ない、とばかりに嘆息する。寝る気がない子を呆れているようにも見えた。
 
 デュレクの手が下着をたくしあげ、セシルの肌に触れた。セシルは身体を起こし、ためらいなく下着を脱いだ。座るセシルのショーツに手をかけ、デュレクは引き下ろした。

 セシルは胸を片腕で隠す。たわむ乳房が押されて盛り上がる。
 急に恥ずかしくなってきたのは、さっきデュレクの射精する様を見たからだろう。その姿は反転し、セシルの醜態をも想像させる。自らのあり様にセシルはいたたまれなくなっていた。

 二人は、一糸まとわず、向かい合う。

 今まで見せたことのない恥じらいを露にするセシルに、デュレクも緊張してきた。握った拳に汗がにじむ。
 心臓は互いに飛び出そうなほど、鳴り響いていた。
 本来なら安宿で向き合った時に味わうはずの緊張が遅れて押し寄せてきたかのようだった。

 恐る恐るデュレクが手を伸ばす。セシルの頬を薄氷を滑るように撫でる。くすぐったさに傾いだ頬に手を添えて、顎に親指をかけ上向かせた。
 唇を触れ合わすまで、心音がバクバクと鳴りづつけ、触れ合えば、互いの緊張が伝って交わった。
 擦りつけ合い、少し離すと、セシルから舌を出してきた。
 胸を押えていた片腕も伸びて、デュレクの肩を抱く。

 デュレクの舌がセシルの舌と絡み合い、唾液を混ぜ合わせる音だけが響きだす。
 そのまま、セシルはベッドに体を沈めてゆく。デュレクものしかかりながら、空いた両手で、セシルの胸に手を添えた。
 デュレクの手を待っていたかのように、乳頭はすでに立っている。つぶすと、セシルの喉が動く。唇がふさがれたままであり、声は漏れない。

 デュレクの手が触れるごとに、セシルの身体にぴりりとした刺激が流れる。その刺激は皮膚の上で幾重にも波紋を呼ぶ。触れられるごとに、(この人は私を好きだ)と思い知らされた。

 口内を舌が動き、胸を揉みしだく両手の動きが、セシルを淫猥な境地へと導いていく。数回受け入れている腰が小刻みな上下運動をしようとするのを羞恥心により我慢する。腰を留めていると、デュレクの太ももが足の間に割って入ってきた。両足はあっという間に開かれる。
 
 硬い異物感が股間に触れてくる。
 さっき見せられた硬い陰茎が触れている想像がよぎる。見ていなかった時と、見てしまったあとでは、脳裏に浮かぶ像が変わった。

(あれが入ってくる)

 こらえきれなくなり、腰が揺れた。陰茎と陰核がこすれ合い、互いに震える。セシルとデュレクは同時にふいの快感を得て、声をもらしながら、口を離した。
 胸を揉みしだいていた男の手がぎゅっと乳房を掴み止まった。

「いつ……」

 痛みが走り、目を剥くセシル。
 デュレクは大きく鼻から息を出す。 

「……セシル。気持ちいいな」
「うん……」

 デュレクは肩に鎖骨に、胸にとキスを落し始める。
 首元に頭部がきて、髪が揺れるたびに、セシルはくすぐったくなる。持て余した手をデュレクの頭部に添えて撫でまわす。

 デュレクの方は、指と口で、セシルの身体を触れまわる。
 吐息を漏らしていたセシルも徐々に息が荒くなり、嬌声へと変容していく。

「あっ、ああ……、あっ、やあっ……」

 デュレクは夢中でセシルの肌を這いまわる。言葉もなく、肌に唇が這う音と、鼻息だけが荒く繰り返される。
 
 いやいやとよじり始めるセシル。胸をもんでいた手で腰を押えたデュレクは体に落とす口づけの頻度を早める。時に吸い、ちょっと噛む。なおさら身をよじるものの、押えこまれているセシルは動けない。

「あっ、ああ……、あん……。デュレク、デュレク……、なんで」

 なんで入れてくれないの、という言葉が出かかり、飲み込んだ。

 デュレクの顔が上がり、首をもたげたセシルと目が合う。しっとりと唇が濡れている。

 体を後方にデュレクがずらす。ひと時の解放に、セシルはベッドに体を沈めて、胸に手を寄せて、深呼吸を繰り返した。

 デュレクはさらに下がると、セシルの股間を覗き込む。あふれんばかりの蜜が垂れている。縮れた陰毛が湿っている。その毛を指で押し広げると、守られるように隠れていた花芯があらわれた。

 デュレクは体を屈めた。

 広げられた足の間で何かしているデュレクの感触に驚いたセシルが肘をついて半身を上げる。

 デュレクの頭頂部が股間に落ちていく様をセシルは呆然と見送った。

 指で押し広げ、露になった花芯をデュレクは食んだ。

「いやあぁ!」

 脳天に刺激が突き上げてきたセシルは、悲鳴をあげ身を反り返した。

 その声を聴きながら、デュレクはセシルの花芯を舌先でいじり倒す。

「やだ、やっ、それは、いやあぁ……」

 セシルが逃れようとしても、太ももを掴んだ手をデュレクは決して離さなかった。息を吸う時だけ、花芯から離すものの、あとは舐めて、食んで、ちょっと噛む。
 逃げようとしてもセシルを離す気は無い。

 たった一点から全身に響く痺れるような快感に体をよじり、泣きながら、たまらなくなる。
 奥が寂しくて、溜まらなくて、押さえつけられていなければ腰は動きたくてならなかった。

「デュレク、デュレク、どうして、どうして、入れてくれないの!」

 たまらず叫んだセシル。言った内容に後悔する余裕なく、体をよじる。デュレクは一瞬、硬直したが、動きは緩めなかった。

 デュレクの答えは決まっていた。

 今でこそ、地位も職も金もそこそこついてきているものの、平民に押しやられたデュレクは体以外なにも持ってはいなかった。今でも、その何も持たない意識が消えずに残っている。

 体一つで与えられるもの、デュレクはただそれをセシルに与えているだけだった。

 セシルはデュレクの与えるすべてを、嫌がる素振りを見せながらも、受け入れる。

 じらされて、もっと入れてとせがむまでになった。数日前、何も知らない生娘がどれほどの変わり様か。そのすべてを与えたことにデュレクは満悦する。

 陰核から離れる。同時に、零れる愛液をすくいあげた指をセシルのなかへとねじ込んだ。
 入れてとねだったセシルに応えるように、今までで一番素早く、刺すように突き入れた。

 セシルの全身から汗が吹き出し、デュレクの額にも汗が浮かぶ。
 膣に入れた指を絶え間なく動かせば、嬌声もまた止めどなく響き渡る。

 もう何をされているのか、なにが身体に起こっているのか、叫んだ言葉を自ら耳で聞いたセシルは、羞恥も重なり、いつものように訳が分からない境地へと押しやられていた。

 指を引き抜いたデュレクは、セシルの両足を均等に開きながら、蜜口に亀頭を押し当て、ぐいと中に押し入れた。数度飲み込んだことのある蜜口は、すぐにデュレクの陰茎をくわえ込む。
 膣がぎゅっと収縮し、すぐさま射精しそうになったところをデュレクは我慢した。

 膣の収縮は陰茎を刺激する。
 歯を食いしばって、デュレクは出し入れを開始する。肌が打ちつけ合う音が響き合う。
 甲高い嬌声は消え、セシルは低くくぐもった声を発する。

 もうセシルは前後上下すら分からなくなっていた。肌感覚から伝わるデュレクの愛だけがすべてだった。荒波のなかで、必死にもがきながら、与えられる快感のすべてを受け止める。



 眉間に皺を寄せながら、デュレクは囁く。

「セシル、セシル……」

 その声は、混乱するセシルには届かない。
 ただ、こすりあう性器と打ちつけ合う肌の音だけが耳奥にこびりつく。

 デュレクも程なく陥落する。
 体を屈曲させ、片手を前につく。
 なかでは、先走り汁が混ざった愛液のなかに精子が放たれた。
 飲み込む快楽のなかでデュレクは乞う。

「どうか、どうか、傍にいて……」

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