クロエ・モーリアの非日常

千川あおい

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第一部:第4章(グーサノイド城内)

20.歓迎パーティー

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 理性が居場所を定めても、気持ちの方はいつでも鈍足だ。そして、いつ追いつくのか、既に追いついているのか、判断する術は知られていない。いざ試されてみるまで、答えが示されることはないのだろう。

 それをまざまざと感じながら、クロエは周囲を観察していた。攻撃が大味、かつ、詠唱時は無防備という、致命的な欠陥を抱える魔術師にとって、状況把握能力は文字通りの生命線だ。常識が当てはまるのかはともかく、クロエもその例にならって訓練されている。

 その鍛え上げた目が見たところ、これは舞踏会である。楽団がいて、着飾った男女がくるくると回っている。確かに、『国王主催』という実態を考えれば、お話にならないくらいに小規模だ。聖サティリス王国の大舞踏会を知るクロエが、この程度で気圧されるはずもない。

 もし第三者として在れたのなら、問題は一つもなかっただろう。しかし、クロエは今日の主役だった。『顔見知で少し豪華な食事会』を望んだ結果、ここに放り込まれたのだ。クロエは素直に認めた。――気持ちは未だ、地平の向こうにいる。

「…ノア君、何人くらい呼んだの?」
「出席してくれたのは五十四名ですね。…やはり少なすぎましたか?」

 警備兵や使用人が立ち働いているので、実際にはもっと大勢の人間がいた。体感ではそれ以上にも感じられる。

 話が通じそうにないので、深く考えないよう努めることにした。ノアにとっては、気軽にポンと差し出せる程度の善意なのだ、と。参加している人々も、さすがに選び抜かれただけあり、心根が良い。不安になるほどに良い。性別も年齢もあげつらわず、おおらかに接してくれる。

「歓迎いたします!」
「陛下と大変に親しいとか!」
「高名な魔術師だと聞きましたぞ!」
「このように愛らしい上にお強いとは!」

 …それどころか、本気で歓迎されている節さえある。

「…気持ち悪いんだけど」
「え! 気分がすぐれないのですか! 今すぐ、今すぐ医者を呼びにやらせます!!」

 無理やり腕を引き戻す。魔術師にとっては、体術も必須技能なのである。知らぬ間に心の声が漏れていたことを知り、気まずく手を振った。

「そういうことじゃなくて。みんな良い人だし、それはありがたいんだけどね。良くされる心当たりがないから、裏でもあるのかと疑っちゃって疲れるというか…。これまで接触してきた特権階級って、腹黒か阿呆か、とにかく魑魅魍魎系だったから、たいへん清らかな方々にお会いしてどうしたもんかと」
「苦労してきたんですね…」すっかり涙ぐんでいる。
「いや、苦労というほどでは…」

 事実、クロエ・モーリアに、あるいはモーリア家に、表だって盾突く人間はいなかった。大方は好意的ですらあった。ただしそれは、茶菓子のようにぼりぼりと消費される、一過性の快を求めてのことだ。良くも悪くも、話題になる家系である。

 どこに行こうと、何をしようと、誰かの視線が、耳が、口があるという状況には、多少の気疲れもした。名声は安寧を保証してはくれない。他から見れば好き勝手な振舞いでも、取り換えしのつかない陥穽にはまらぬよう、注意して生きてきた。苦労とまでは思わないが、それは、間違いなく、めんどくさかった。

 ふと思い至る。「ここの環境って、思ったよりずっと素敵なのかもね」

 おおと歓声が上がった。ぎょっと見回せば、輝く顔と、切実な瞳に取り囲まれている。その迫力に、クロエでさえたじろいだ。いっぱいいっぱいの様子で固く目を閉じるノアは、それらに気が付いていない。ただ、勇気を振り絞り、

「あの、あの、それなら、クロエさんはずっと――」
「気に入らねえな」

 一世一代の台詞は、無残に斬り捨てられた。ノアはがっくりと膝をつく。慰めの雨が降っているので、じきに立ち直るだろう。クロエは声の主を見た。赤毛を振り乱す、大男がいた。30手前というところか。

 彼の引き連れる一団は、当初から目についていた。上品な階級の行き交う中、ホールの端を占拠する集団は、場違いを越えナンセンスだった。服装を見る限りは騎士のようだが、クロエの知る騎士とはかなり毛色が違う。

 その違いは、目の前のリーダーらしき人物に結集している。制服自体は上品なのだが、彼がまとえば粗野と見える。明らかに、下層階級の生まれだろう。きらびやかな後景に、収まりが悪いにもほどがある。特筆すべきは、本人が一切、それと気が付いていないことだ。見ている方が居たたまれなくなるのに、我が物顔で仁王立ちしている。

 どこからともなく現れた宰相閣下――ローレンスが、宥めすかすような声音で問う。「はて。なにが気に入らないのですかな、ジャック団長」
「なにもかもだ!」
「それは興味深い。具体的には?」
「そいつ、強えっていうじゃねえか」
「は?」

 疑問符を浮かべたのは、クロエだけだった。他は皆、生温かい目をあらぬ方へ向け、無関係を決め込んでいる。ジャック団長とやらだけが、堂々と胸を張っていた。この鋼の精神は称賛に価する。身に付ける方法を確立できれば、不発や誤射で怪我をする魔術師が大幅に減るだろう。

 進んであらぬ考え事をしていると、背の高い影が落ちてきた。いつの間にかアランがおり、不快を隠しもせずに口角を釣ってる。

「なんのつもりかしらないけど、アホを煽るのはやめてくレる?」
「おや、お口が悪い。聞き慣れぬ物言いで仰ることがわかりませんなあ」
「…私はぜんぶ分かんないんだけど、どういうことなの?」

 アランはローレンスを追い払いたいらしいが、穏やかな調子でやり返される。急所のような絶妙な間は、腹立たしくも小気味よかった。

「モーリア嬢は、実に優秀な魔術師だとか」
「…そうかもね」
「不躾は承知ながら、そこの男の挑戦を受けてやってはくれませんかな」
「あれ挑戦だったの?」

 今現在も、ジャックは脈絡なく騒ぎ立てている。言葉数の多さのわりに、意思の疎通は図れない。だが、真意の見えないことで言えば、この柔和な物腰の男も負けてはいない。魔術が見たいのだろうか、と思い浮かぶ。余興のような真似を求められるのは、珍しいことではない。しかしどうにも、そんな他愛のない目的とは思えない。アランの目つきも気になる。殺意に達するほどの嫌悪をにじませ、ローレンスを睨みつけている。

「アラン君、これは私に不利な事態なの?」
「知ラない。ただ、あいつにとっテは有益なんだろうね」
「冷たい言い方をなさる割に、私のことをよくご存じですなあ」
「分かってイテも分かり合えないのは、概ねアンタのせいだけどね」
「なるほど、私の力不足ですな。だからこそモーリア嬢と仲良くしたいものです」
「…お口が悪けりゃ分かラないなら、たっぷり浴びセても平気ダろうね。――何が言いたいんだクソジジイ」
「陛下ともアラン様とも仲の良い彼女に、コツでも教わろうかという浅知恵ですよ」

 巻き込まれたくはないが、既に渦中にいる。ふっと虚空に笑う。

「ノア君。これこそ私の知ってる権力者だよ」
「おやおや。権力者とは過分なご評価ですな」

 いらぬ相槌はあったが、呼びかけた相手から反応がない。言い合う二人を無視して、ノアの姿を探す。クロエの視線は、二度、三度、彼を素通りしていた。それがノアだと、気が付かなかったからだ。怯えも、後ろめたさもない。しなやかに伸びた肢体に、全く色のない顔。それだけのことで、ふた月以上も身近にいた人間が、判別できないほどに豹変して見えた。ノアの瞳は、鈍く、深く、黒々と光り、ローレンスへの眼差しには、一片の価値すら認めぬ残酷さがあった。

「今度こそ、死にたいようですね」

 ノアの周囲にいた人々が、青ざめて身を引いた。懇願するように身を伏せ、縮こまる様は、人知の及ばぬ災厄から懸命に身を隠すようだ。一瞬の出来事、ノアのものとは思えない言葉――ぎこちなく反芻し、目を丸くしていたクロエは、殺害予告を受けた老宰相を確かめ怖気立った。

 ローレンスは、はちきれんばりに笑みを浮かべていた。恍惚と言っても良い。天からの慈雨に身をさらすように…とでも言えば体裁が良いが、クロエがとっさに思ったのは、邪教の法悦に身を任せる狂信者だ。

「変態だ…」

 アランが大きくうなずいた。
 クロエのたじろぐ声に、我に返ったらしい。周囲の怯えように気が付いたノアは、誰にも増して蒼白になり、顔を覆ってしゃがみこんでしまった。そうしながらも、か細い声で釘をさすことは忘れない。

「…ローレンス、クロエさんは歓待するべき客人ですよ」
「分かっておりますよ。だからこそ、いらぬ気兼ねをせぬように、肩慣らしでもどうかとご提案をしたのです」
「ハッそれが上品な言い回しっテやつ?」
「御託はいらねえ! さっさと勝負しやがれ!」

 何やら殺伐としてきたが、クロエの手に負える問題ではない。同様に蚊帳の外のジャックに、親しみも沸いてこようというものだ。空気の悪さに気が付きもしない大物ジャックに、敬意を表してうなずく。「良いよ」

 泣きはらした目で訴えてくるノアに、「大丈夫だから。というか、私としてはいつものこと? サティリスでの魔術師としての役割って、ほとんど人の訓練だったし」
「度胸だけはあるようだな!」
「それは良いけど、なんで私に突っかかってくるの?」
「お前が良い気になってるからだ!」と指をさされるが、心当たりがない。「強え強えって褒められて好い気になってんだろう! だが俺は認めねえ。強さは正義だ! お前に正義があるってんなら、今この場で強さを証明しやがれ!」
「これ、もしかしなくても絡まれてるの…?」
「ジャックに悪気はないんですよ…」と弱弱しい弁護があった。

 何はともあれ、クロエに不都合はない。日々ノアの治癒魔術を見、見事な祝詞を聞き、それはそれで満足していたのだが、やはり自分で行使する機会も欲しい。魔術師の存在を想定していないこの国に、穏便に魔術を使う施設などはない。それに――。

「良い機会だよノア君」

 問うような眼差しに向かって、高らかに告げる。

「今から魔術の実演講座をしてあげよう。心して見ているように」
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