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第九話 ミカ王子と生徒会室
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「……少し長くなりますが、聞いていただけますか?」
ミカ王子はそう言うと、真っ直ぐ私を見る。頷く私の顔を見て微笑むと、窓枠に手を置き、外を眺めながら少しずつ話し始めた。
「僕はずっと、世界というものは一つしか存在しないと思っていたんです。今僕たちが存在しているこの世界だけ。けれど、聖ロマネス学園の3年生になって、生徒会長に就任した日の放課後、僕はこの窓からぼんやり中庭を眺めていました。そして、ふっと視線を上げたとき、空に人が映っていたんです。その御方は、僕個人ではなく、学園全体を見守っているように見えました。そのときに僕は、僕たちの世界の外側にも、世界はあるのだということを知ったんです。
その御方はこちらを見ながら、笑みを浮かべたり、目を細めたり、首を傾げたり。稀に分厚い本のようなものを持っては『この花言葉は……』と呟く声が聞こえたり、唸ったかと思えばぱっと明るい表情になったり……目まぐるしく変わるその表情に、僕もくすっと笑ってしまいました。
僕たちよりも大きい人間が空に映っているというのに、怖いとか恐ろしいとか、そんな感情は全く浮かばなかったんです。不思議ですよね? 僕はその日から、空を見上げるという楽しみができました。
僕はその御方を心の中で女神と呼び、気にかけるようになりました。
周囲の人間は、女神の存在に気づいてはいないようでした。そもそも、空を見上げるような人がいないんです。皆、特別入試を首席で突破した女生徒に夢中で、それ以外のことに関心を持つ者はほとんどいないように見えました。
3年生の冬頃になると、女神のご様子が以前と変わったように見えました。はつらつとした表情を見せることがほとんどなくなってしまったのです。目に涙を浮かべたかと思うとふっといなくなり、しばらくして、目を赤くしてまた戻ってきたりということも、何度もありました。
学園ではサマエル公爵家のご令嬢と、件の新入生が揉めているらしく、令嬢が男子生徒と言い争っている場に出くわしたこともありましたが、そんなことはどうでもよかった。僕にしか見えていない女神を癒すにはどうすればよいのか、それだけを考えていました。
そして卒業式の日、僕はこの学園を去り……また3年生になりました。
以前聞いたことのあるような話しかしない学友たち。僕だけがまた最終学年を繰り返しているのかと困惑しました。……でも違った。空を見上げると、僕が出会ったときの女神ではなく、昨日と同じ曇った表情をした女神がいたのです。
3年生を繰り返しているのは初めてのことなのか、
僕の持っている3年生になるまでの断片的な記憶は、僕自身が17年間生きて残った記憶なんだろうか、
この世界は本当は、この1年間しか存在していないのではないか……。
そんなことを考えるようになりました。
そして思ったんです。二度目の卒業式を終えた次の瞬間、記憶がなくなったらどうしよう、女神のことを忘れてしまったらどうしようと。
それからというもの、昨年とは違う動きをしようと試みながら、女神の辛そうな顔を見ては胸を痛めていました。ある日の朝方、寮を抜け出して丘に登り、女神に向けて、思いっきり大声で叫んだこともあったんですよ? 大きく息を吸って喉がかれるほどの大声で呼んでも、女神はこちらには気づいてくれなかった。そもそもお名前も分かりませんしね。見てくれているのに、見てはもらえないというのも辛くはありましたが、でもそれ以上に、日に日に表情がなくなっていく女神が、心配でなりませんでした。
そして迎えた卒業式当日。明日が来るのが怖かった。卒業式が終わり自宅に戻り、寝支度を済ませても眠れず、0時を過ぎてもベッドの上に座り、ぼんやりと部屋を眺めていました。すると、窓の外から白い光が差し込んできたんです。急いで窓に近寄ると、僕と女神を繋ぐように光の筋が伸びていました。煌々と輝くその光を見て、僕はぎゅっと目をつむり跪いて祈りました。
どうか女神に僕の声が届きますように――
次の瞬間、目をつぶっていても分かるほどの光量が降り注ぎ、気づいたときには、僕は聖ロマネス学園の1年生の秋に飛んでいました。学園生活については、3年生以外のことはあまり記憶になかったので戸惑いましたが、ハリーという友人ができました。……ただ、女神の姿は見えなかった。
空を見るのが習慣になっていた僕は、空を見上げては、女神はもういないのだという事実を突きつけられ、ため息をついていました。そんな僕を見かねて、ハリーが『何見てんの』なんて言いながら、一緒に空を見上げてくれるようになったんです。その時、僕は初めて女神のことをひとに話しました。ハリーは黙って最後まで聞いてくれ『どっかにいるよ……絶対』と言ってくれました。
そして1年生の春休み最終日、食卓で父上が、突然サマエル公爵家の話をしだしたんです。何でも、それまでワガママ三昧だった一人娘がどういうわけか改心し、とても優しい令嬢になったというのです。今年聖ロマネス学園に入学するから少し心配だったが、この噂が本当であれば何よりだと。
その話を聞いて思ったんです。もしかして、女神がサマエル公爵家の娘としてこの世界にやってきたくれたのではないか、と。そして翌日の早朝、在校生代表の挨拶を自分にやらせてもらえないかと現生徒会長に直談判し、はやる気持ちを抑え、講堂に向かいました。そこまでは半信半疑でした。でも……ステンドグラスのクレマチスの花々を真剣に眺める貴女様の姿が見え、そして僕の方を振り返ったその表情を見て、確信しました。……女神に違いないと。
リアン嬢……いえ、今だけは女神と呼ばせてください。
女神、僕のせいで……僕が祈ったばっかりにこちらの世界に来させてしまって申し訳ありません。
きっとあちらの世界でやり残されこともありますよね? ……本当に申し訳ありませんでした。
でも……これだけは約束させてください。
僕は、女神……貴女様の笑顔のために全力を尽くします。
向こうの世界にいらしたときよりも幸せに過ごされるよう、生涯をかけて貴女様を守り抜くと誓います」
ミカ王子はそう言うと、真っ直ぐ私を見る。頷く私の顔を見て微笑むと、窓枠に手を置き、外を眺めながら少しずつ話し始めた。
「僕はずっと、世界というものは一つしか存在しないと思っていたんです。今僕たちが存在しているこの世界だけ。けれど、聖ロマネス学園の3年生になって、生徒会長に就任した日の放課後、僕はこの窓からぼんやり中庭を眺めていました。そして、ふっと視線を上げたとき、空に人が映っていたんです。その御方は、僕個人ではなく、学園全体を見守っているように見えました。そのときに僕は、僕たちの世界の外側にも、世界はあるのだということを知ったんです。
その御方はこちらを見ながら、笑みを浮かべたり、目を細めたり、首を傾げたり。稀に分厚い本のようなものを持っては『この花言葉は……』と呟く声が聞こえたり、唸ったかと思えばぱっと明るい表情になったり……目まぐるしく変わるその表情に、僕もくすっと笑ってしまいました。
僕たちよりも大きい人間が空に映っているというのに、怖いとか恐ろしいとか、そんな感情は全く浮かばなかったんです。不思議ですよね? 僕はその日から、空を見上げるという楽しみができました。
僕はその御方を心の中で女神と呼び、気にかけるようになりました。
周囲の人間は、女神の存在に気づいてはいないようでした。そもそも、空を見上げるような人がいないんです。皆、特別入試を首席で突破した女生徒に夢中で、それ以外のことに関心を持つ者はほとんどいないように見えました。
3年生の冬頃になると、女神のご様子が以前と変わったように見えました。はつらつとした表情を見せることがほとんどなくなってしまったのです。目に涙を浮かべたかと思うとふっといなくなり、しばらくして、目を赤くしてまた戻ってきたりということも、何度もありました。
学園ではサマエル公爵家のご令嬢と、件の新入生が揉めているらしく、令嬢が男子生徒と言い争っている場に出くわしたこともありましたが、そんなことはどうでもよかった。僕にしか見えていない女神を癒すにはどうすればよいのか、それだけを考えていました。
そして卒業式の日、僕はこの学園を去り……また3年生になりました。
以前聞いたことのあるような話しかしない学友たち。僕だけがまた最終学年を繰り返しているのかと困惑しました。……でも違った。空を見上げると、僕が出会ったときの女神ではなく、昨日と同じ曇った表情をした女神がいたのです。
3年生を繰り返しているのは初めてのことなのか、
僕の持っている3年生になるまでの断片的な記憶は、僕自身が17年間生きて残った記憶なんだろうか、
この世界は本当は、この1年間しか存在していないのではないか……。
そんなことを考えるようになりました。
そして思ったんです。二度目の卒業式を終えた次の瞬間、記憶がなくなったらどうしよう、女神のことを忘れてしまったらどうしようと。
それからというもの、昨年とは違う動きをしようと試みながら、女神の辛そうな顔を見ては胸を痛めていました。ある日の朝方、寮を抜け出して丘に登り、女神に向けて、思いっきり大声で叫んだこともあったんですよ? 大きく息を吸って喉がかれるほどの大声で呼んでも、女神はこちらには気づいてくれなかった。そもそもお名前も分かりませんしね。見てくれているのに、見てはもらえないというのも辛くはありましたが、でもそれ以上に、日に日に表情がなくなっていく女神が、心配でなりませんでした。
そして迎えた卒業式当日。明日が来るのが怖かった。卒業式が終わり自宅に戻り、寝支度を済ませても眠れず、0時を過ぎてもベッドの上に座り、ぼんやりと部屋を眺めていました。すると、窓の外から白い光が差し込んできたんです。急いで窓に近寄ると、僕と女神を繋ぐように光の筋が伸びていました。煌々と輝くその光を見て、僕はぎゅっと目をつむり跪いて祈りました。
どうか女神に僕の声が届きますように――
次の瞬間、目をつぶっていても分かるほどの光量が降り注ぎ、気づいたときには、僕は聖ロマネス学園の1年生の秋に飛んでいました。学園生活については、3年生以外のことはあまり記憶になかったので戸惑いましたが、ハリーという友人ができました。……ただ、女神の姿は見えなかった。
空を見るのが習慣になっていた僕は、空を見上げては、女神はもういないのだという事実を突きつけられ、ため息をついていました。そんな僕を見かねて、ハリーが『何見てんの』なんて言いながら、一緒に空を見上げてくれるようになったんです。その時、僕は初めて女神のことをひとに話しました。ハリーは黙って最後まで聞いてくれ『どっかにいるよ……絶対』と言ってくれました。
そして1年生の春休み最終日、食卓で父上が、突然サマエル公爵家の話をしだしたんです。何でも、それまでワガママ三昧だった一人娘がどういうわけか改心し、とても優しい令嬢になったというのです。今年聖ロマネス学園に入学するから少し心配だったが、この噂が本当であれば何よりだと。
その話を聞いて思ったんです。もしかして、女神がサマエル公爵家の娘としてこの世界にやってきたくれたのではないか、と。そして翌日の早朝、在校生代表の挨拶を自分にやらせてもらえないかと現生徒会長に直談判し、はやる気持ちを抑え、講堂に向かいました。そこまでは半信半疑でした。でも……ステンドグラスのクレマチスの花々を真剣に眺める貴女様の姿が見え、そして僕の方を振り返ったその表情を見て、確信しました。……女神に違いないと。
リアン嬢……いえ、今だけは女神と呼ばせてください。
女神、僕のせいで……僕が祈ったばっかりにこちらの世界に来させてしまって申し訳ありません。
きっとあちらの世界でやり残されこともありますよね? ……本当に申し訳ありませんでした。
でも……これだけは約束させてください。
僕は、女神……貴女様の笑顔のために全力を尽くします。
向こうの世界にいらしたときよりも幸せに過ごされるよう、生涯をかけて貴女様を守り抜くと誓います」
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