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第十話 これからのこと
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ミカ王子はそう言うと、跪き、私の右手をそっと取り、手の甲に優しく口づけをした。
プロデューサーになりたての私は、たくさんのやるべきタスクを前に、無我夢中だった。ロマプリをプレイした方が、プレイしている間だけでも日常の嫌なことを忘れられるように、この作品が少しでも明日を生きる活力になれたら……その一心でキャラクター設定やシナリオ等を考えた。でも、それに完全に共感してくれるひとは社内にはいなかった。
例の女上司は自分のことしか考えていなかったし、本部長もとにかく数字がよければいいという考えなので、作品の中身や私については全く興味がないようだった。会社全体としても、皆自身の担当するプロジェクト以外のことにはあまり関心がなく、未経験のひとにやらせるなんて大丈夫なのかねといった声はたまに聞こえたが、応援の声なんてひとつもなかった。誰も私のことなんて見ていないと思っていた。
私はミカ王子と目線を合わせるべく、左手でスカートの裾を押さえてしゃがんだ。
「ありがとうございます、ミカ王子。話してくださって。まずは謝らないでください。ミカ王子は私を勇気づけたいと思って祈ってくださったんですもの。私をこの世界に閉じ込めたいと願ったのではなく。だったら何も謝ることはないじゃないですか」
「……でも、その願いを口にしたとき、女神と同じ世界で暮らしたいという願いが心の奥になかったとは言い切れません。だから……」
「それに私、今の生活も結構気に入っています! しかも、前の世界での私を気にかけてくださっていた方がここにいる。それだけで私は充分すぎるほどに幸せです」
「女神……」
「むしろ、私のせいでミカ王子の日常を変えてしまいましたよね、外の世界なんて知らない方が幸せだったんじゃないかって……」
「それは絶対にありえません。女神を知る前の僕は僕じゃないとすら思っているんです。あのときまでの僕は、聖ロマネス王国の第一王子であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。自分が今何を思っているのか、本当は何をしたいのか、そんなことを考えることもなく、ただこの学園で過ぎゆく時に身をゆだねていたんです。でも、女神と出会ってからの毎日は、1日1日が違って見えました。それにハリーという友人までできたんです。女神には感謝しかありません」
キラキラと瞳を輝かせて力説するミカ王子。そして躊躇いがちに続ける。
「あの……女神にお願いがありまして……」
「どんなお願いでしょう?」
「元の世界の貴女のことを聞かせていただけませんか?」
ミカ王子にそう言われ、私の本当の名前は鈴城こはくと言い、物語をつくる組織にいたこと、この世界は自分のつくっていた物語にとても似ていて、恐らくその物語の中に入り込んだのだろうということ、そして、その物語の中でリアン・サマエルは悪役令嬢であったこと、彼女はミカ王子に片思いをしていたこと、物語の展開によってはミカ王子はヒロインを好きになり、リアン様を学園から追放してしまうこと、そうでなくともリアン様の最後はどれも幸せとは言えないこと……を話した。ゲームや会社という概念はこの世界にはないので、ミカ王子にも伝わるように嚙み砕いて説明をしたが……理解してくれただろうか。
「なるほど……。ヒロインとやらは僕が処分すればいいので問題ありません。それよりも……」
ミカ王子、案外物騒だな、ルシアスパパにちょっと似てるかも……?
「僕が女神以外を好きになる? そんな残酷な物語を書いていたんですね、女神……」
悲しげな表情をするミカ王子。
「いや! あの、ヒロインはこの物語の主人公なので、男子生徒たちがヒロインのことを好きになるように作らないと、物語として成立しないと言いますか……」
変わらずしょんぼりとしているミカ王子。
「えーと、ほら、リアン様はミカ王子に片思いをしているんですよ? これは物語がどう進んでも変わりません!」
「……女神でないリアン嬢に好意を抱いていただいても何も思いません」
完全にふてくされてしまった。そんなミカ王子に、ずっと黙っていたハリー様が声をかける。
「コハクさん困ってんぞ」
「! ……ひどいよハリー! 女神のお名前を先に呼ぶだなんて」
「苗字だし別にいいだろ」
「あー、すみません、元の世界だと先に苗字を言うんです。なので、鈴城が苗字でこはくが名前です」
「……すまん、ミカ」
「……ハリー、君とはもう絶交だ」
「ミカ王子! さっきはあんなにハリー様と友だちになれたことを大切にしてたのに!」
「ミカも呼べばいいだろ、コハクさんって」
「‼ また呼んだ! 女神のお名前を呼ぶなんて緊張してなかなかできないんだよ!」
顔を赤らめて、ミカ王子はこちらを向く。
「あの……女神、もしよかったら、これからは今みたいに、リアン嬢としてではなく、コハク様……として接していただけませんか? ……できれば本当の友人みたいに。話し方だったり振る舞いだったり、いつもリアン嬢を意識されていたのかなと思ったんです。リアン嬢であることなんて忘れていいんです。その上で、僕のことも、"ミカ王子"ではなく、一人の男として見ていただけると嬉しいです」
「……分かった。じゃあこれからはミカとハリーって呼ぶね! そんでふたりとも敬語ナシね」
「なんで俺まで」
「女神に砕けた物言いをするなんて畏れ多い……善処しますね……!」
「えー、この世界ではミカの方が年上なのに、私だけタメ口なのもおかしいじゃん」
「……本当はずっと年上だけどな」
「ハリー? 何か言った⁇」
「女神がお姉さんであれば年上が好みになるだけなので、何も問題はありませんよ?」
もしかして、この世界では元のシナリオなんてもう存在しない……のか⁈
プロデューサーになりたての私は、たくさんのやるべきタスクを前に、無我夢中だった。ロマプリをプレイした方が、プレイしている間だけでも日常の嫌なことを忘れられるように、この作品が少しでも明日を生きる活力になれたら……その一心でキャラクター設定やシナリオ等を考えた。でも、それに完全に共感してくれるひとは社内にはいなかった。
例の女上司は自分のことしか考えていなかったし、本部長もとにかく数字がよければいいという考えなので、作品の中身や私については全く興味がないようだった。会社全体としても、皆自身の担当するプロジェクト以外のことにはあまり関心がなく、未経験のひとにやらせるなんて大丈夫なのかねといった声はたまに聞こえたが、応援の声なんてひとつもなかった。誰も私のことなんて見ていないと思っていた。
私はミカ王子と目線を合わせるべく、左手でスカートの裾を押さえてしゃがんだ。
「ありがとうございます、ミカ王子。話してくださって。まずは謝らないでください。ミカ王子は私を勇気づけたいと思って祈ってくださったんですもの。私をこの世界に閉じ込めたいと願ったのではなく。だったら何も謝ることはないじゃないですか」
「……でも、その願いを口にしたとき、女神と同じ世界で暮らしたいという願いが心の奥になかったとは言い切れません。だから……」
「それに私、今の生活も結構気に入っています! しかも、前の世界での私を気にかけてくださっていた方がここにいる。それだけで私は充分すぎるほどに幸せです」
「女神……」
「むしろ、私のせいでミカ王子の日常を変えてしまいましたよね、外の世界なんて知らない方が幸せだったんじゃないかって……」
「それは絶対にありえません。女神を知る前の僕は僕じゃないとすら思っているんです。あのときまでの僕は、聖ロマネス王国の第一王子であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。自分が今何を思っているのか、本当は何をしたいのか、そんなことを考えることもなく、ただこの学園で過ぎゆく時に身をゆだねていたんです。でも、女神と出会ってからの毎日は、1日1日が違って見えました。それにハリーという友人までできたんです。女神には感謝しかありません」
キラキラと瞳を輝かせて力説するミカ王子。そして躊躇いがちに続ける。
「あの……女神にお願いがありまして……」
「どんなお願いでしょう?」
「元の世界の貴女のことを聞かせていただけませんか?」
ミカ王子にそう言われ、私の本当の名前は鈴城こはくと言い、物語をつくる組織にいたこと、この世界は自分のつくっていた物語にとても似ていて、恐らくその物語の中に入り込んだのだろうということ、そして、その物語の中でリアン・サマエルは悪役令嬢であったこと、彼女はミカ王子に片思いをしていたこと、物語の展開によってはミカ王子はヒロインを好きになり、リアン様を学園から追放してしまうこと、そうでなくともリアン様の最後はどれも幸せとは言えないこと……を話した。ゲームや会社という概念はこの世界にはないので、ミカ王子にも伝わるように嚙み砕いて説明をしたが……理解してくれただろうか。
「なるほど……。ヒロインとやらは僕が処分すればいいので問題ありません。それよりも……」
ミカ王子、案外物騒だな、ルシアスパパにちょっと似てるかも……?
「僕が女神以外を好きになる? そんな残酷な物語を書いていたんですね、女神……」
悲しげな表情をするミカ王子。
「いや! あの、ヒロインはこの物語の主人公なので、男子生徒たちがヒロインのことを好きになるように作らないと、物語として成立しないと言いますか……」
変わらずしょんぼりとしているミカ王子。
「えーと、ほら、リアン様はミカ王子に片思いをしているんですよ? これは物語がどう進んでも変わりません!」
「……女神でないリアン嬢に好意を抱いていただいても何も思いません」
完全にふてくされてしまった。そんなミカ王子に、ずっと黙っていたハリー様が声をかける。
「コハクさん困ってんぞ」
「! ……ひどいよハリー! 女神のお名前を先に呼ぶだなんて」
「苗字だし別にいいだろ」
「あー、すみません、元の世界だと先に苗字を言うんです。なので、鈴城が苗字でこはくが名前です」
「……すまん、ミカ」
「……ハリー、君とはもう絶交だ」
「ミカ王子! さっきはあんなにハリー様と友だちになれたことを大切にしてたのに!」
「ミカも呼べばいいだろ、コハクさんって」
「‼ また呼んだ! 女神のお名前を呼ぶなんて緊張してなかなかできないんだよ!」
顔を赤らめて、ミカ王子はこちらを向く。
「あの……女神、もしよかったら、これからは今みたいに、リアン嬢としてではなく、コハク様……として接していただけませんか? ……できれば本当の友人みたいに。話し方だったり振る舞いだったり、いつもリアン嬢を意識されていたのかなと思ったんです。リアン嬢であることなんて忘れていいんです。その上で、僕のことも、"ミカ王子"ではなく、一人の男として見ていただけると嬉しいです」
「……分かった。じゃあこれからはミカとハリーって呼ぶね! そんでふたりとも敬語ナシね」
「なんで俺まで」
「女神に砕けた物言いをするなんて畏れ多い……善処しますね……!」
「えー、この世界ではミカの方が年上なのに、私だけタメ口なのもおかしいじゃん」
「……本当はずっと年上だけどな」
「ハリー? 何か言った⁇」
「女神がお姉さんであれば年上が好みになるだけなので、何も問題はありませんよ?」
もしかして、この世界では元のシナリオなんてもう存在しない……のか⁈
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