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5、償い
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翌日も事前に連絡を取り合い、話す場所に選ばれたのは中庭だった。庭は春夏秋冬で名前が付けられており、昨日いたのは冬の庭だ。今日は春の庭だった。
前日と同じようにルイスはエミリアを出迎えて、人払いをする。
「お忙しいのではないですか? すみません、お時間をとらせて……」
新任の魔術師長が暇なはずがない。きっと仕事が立て込んでいるはずなのに、エミリアのお相手役など押しつけられてさぞ迷惑しているだろう。
しかも、彼は間男のような役目なのだ。王太子のふしだらな婚約者の浮気相手。自分の今後についてもさることながら、ルイスもどうなってしまうのだろう。
命令したのはウォーレンだが、責任を感じてしまった。
ルイスは気にしないでと言って笑顔でかぶりを振ると、立ち上がった。
「今日は散歩でもしながら話しましょうか。春の庭の花は美しいですよ」
促され、エミリアはルイスと並んで歩き始めた。
何でもルイスは、国王陛下から庭の様子を見てやってほしいと頼まれているのだそうだ。彼は魔術師だから魔術が扱え、植物に効果のある術も知っている。
国王から頼まれるということは、それなりに信頼されているのだろうか。
「私は平民だったのですが、ありがたいことに魔術の才能を認められて、勉強をさせてもらったのです。早くから王宮に住み、魔術師団で働くことになる予定だったのですが、あのウォーレン……殿下に睨まれましてね。地方に飛ばされました」
ルイスが生け垣にてのひらを向けると、光の粒子が散って萎れていた薔薇の花が生き生きと復活する。彼は話しながら、何でもないようにそんな魔術を使うが、おそらくかなり高度なものだろう。
「そこでもめげずに修行を続けましたから、それなりに力をつけたつもりですよ」
そうしてルイスは、ぽつりぽつりと自分の事情も話し始めた。エミリアと同じように、友人に呪いをかけられたこと。そうして人質をとられてしまったので、ウォーレンの言うことには従わざるをえないこと。
ウォーレンから自分の婚約者と浮気をしろと指示された時には驚いたが、やはりこれも突っぱねるわけにはいかなかったらしい。
「まあ、私のことはさておいて、エミリア様側のことですね。ウォーレンの呪術は強力ですが、効果は永久ではない。もうじき呪いは解けるでしょう」
それについてはエミリアも本人が口を滑らせたので聞いている。だから、妹の呪いが解けるまで辛抱すればいいと考えていた時もあるのだが。
「けれど、再びミレーネに呪いがかけられる恐れはないのでしょうか。ミレーネ以外にも、他のうちの者が……」
ミレーネが回復すれば、ウォーレンから逃げられると思っていたのだ。しかし同じことをされれば、結局はまた言いなりになるしかない。
「ああ、その心配はないですよ。もう彼は以前のように呪う力がないのです。そもそもは借り物の力でしたからね。そこは安心してもいい。ですから、もう少しの我慢であなたは解放されるわけです」
思いも寄らない話に、エミリアは歓喜した。それでは本当に、後少しなのだ。ルイスは魔術の専門家と言ってもいい。彼の話は信用できるだろう。
「ただ、それまではどうしても逆らうわけにはいかないでしょうね。ミレーネ様とウォーレンは呪いによって繋がっている。命令は聞くしかない」
つまり、エミリアとルイスは浮気をしているふりをするしかないということだ。
「その後についてですが、私がどうにか力を尽くして、極力あなたが不利益を被らないようにしましょう。お父上の侯爵閣下には私から説明します。一時的にあなたの世間体が著しく傷つけられるのは避けようがないでしょうが、回復できる方法をさがします。ご希望があれば、外国に行かれてもいいでしょう。ウォーレン王子の評判がすこぶる悪い国もありますから、そこでならあなたの話は信じてもらえるでしょうし、受け入れてもくれるでしょうから」
もちろん、根回しをして、婚約破棄後に侯爵家が嫌がらせを受けないよう努力をするとも約束してくれた。
安堵するのと同時に、エミリアは戸惑いも覚えた。
「けれど、何故ハルステラ様がそこまでしてくださるのですか? 何だか申し訳ないわ……」
ルイスが足を止めてこちらを向いた。エミリアも立ち止まる。自分はルイスと旧知の間柄というわけでもないし、それだけしてもらっても彼に何か返せるあてがなかった。
「償いです、エミリア様」
下を向いていたエミリアは顔を上げる。青空のような澄んだ瞳と視線がぶつかった。
「償い……?」
「ええ。あなたは、ずっとお一人で戦ってこられたのでしょう? それに気づいて差し上げられなくて、私は本当に申し訳なく思っているのです。ウォーレンに婚約者がいるという話は聞いていたのですが、大方ろくでもない女性だろうと決めつけていた。そんな自分が許せない」
それにね、とルイスは続けた。
「私は、あの男にやられっぱなしでいるのが癪だから、力をつけるために向こうで努力してきたつもりです。なので、このまま完全に言いなりにはならない。やり返します。目にもの見せてやりましょう。彼に敗北を味わわせてやらなければ」
ウォーレンのことを語る彼の目は冷たく細められる。心底軽蔑しきった色を浮かべていた。
「ですから、私を信じてください。エミリア様。あいつをぎゃふんと言わせてやりましょう」
ルイスが悪戯っぽく片目をつぶり、エミリアは笑ってしまった。王宮内で王太子を「あいつ」呼ばわりである。あんまり不敬で笑えてくるが、エミリアも心の中ではもっと酷い言葉であの男を罵倒していた。
「……今日も手袋をしていらっしゃるのですね」
ルイスがエミリアの手元に視線を落とし、エミリアは両手の指をすり合わせた。
「え、ええ。昨日は平気でしたけど、ハルステラ様に失礼があっては大変ですから……」
手袋をしていても、火花が散ってしまったことがあるのだ。昨日はたまたま何も起きなかっただけかもしれない。
エミリアは改めて、呪いが始まった時のことを説明した。
「今日も平気だと思いますよ。試してみませんか?」
「けれど、殿下は呪いだと仰ってましたし……」
「私は呪いで手が弾かれるより、あなたの侍女に睨まれるのが怖いですけどね……」
と言ってルイスは、庭のどこかで気を揉みながら待機しているであろうリーナの姿をさがすように視線を遠くへ投げている。
エミリアは苦笑しつつ、どうしようか悩んだ。ルイスがいいというなら試してみてもいいかもしれない。彼は腕の良い魔術師なのだから、何かあっても対処が可能だろう。
そして手袋を外そうとして、ふと動きを止めた。
(何故かしら。何かとても……恥ずかしいのだけれど……?!)
手袋を外すだけだというのに、殿方の前であると意識すると、猛烈に羞恥心が刺激される。こんなことで赤面していてはおかしな女に思われてしまうだろう。
エミリアはルイスに背を向けると、そっと手袋を外した。
それから、意を決してルイスに手を差し出す。
「ど、ど……どうぞ……?」
いや、どうぞというのもおかしいか。困り果てて眉をひそめながら、目をつぶった。
触ってくださいという意味で手を差し出すのは、どこかはしたない気がして恥ずかしい。
そっと、ルイスが手に触れる感触がした。
やはり何も起こらなかった。
「ね? 大丈夫でしょう?」
エミリアは彼を傷つけなかったことに胸をなで下ろす。
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