婚約者に浮気をしろと命令されましたが、浮気相手の魔術師様に溺愛されました

ハルアキ

文字の大きさ
7 / 12

7、何故触れる?

しおりを挟む

 * * *

 リーナに説明するのは苦心した。
 とりあえずエミリアは、ルイスが良い人であることを力説した。これから彼が力になってくれると約束していることなどを説明する。

「これは内緒の話なのだけど、私、そのうち、殿下に捨てられることになるの」
「えっ?! やった! エミリア様、王太子殿下を捨てるのですか?!」
「違うわリーナ、うん、違うというか、実際私から捨てたいのだけど、形として捨てられるのは私なの」

 そうではないかと思っていたが、リーナはウォーレン王子を嫌っているらしい。近くで見ても遠くで見ても、嫌なところばかりが目につく男なので仕方がないだろうが。今まではどうにか口にするのをこらえていたらしいが、ぽろっと本音が飛び出したようだ。さすがにまずいと自覚してか、口を引き結んでいる。

「それでその……魔術師長のルイス・ハルステラ様ととある契約をしているの。私達はこれから、仲良くしているようなふりをするのよ。だからそのことで周りからあれこれ言われるかもしれないけど、じっとこらえてほしいのよ」

 しばし口を尖らせて黙っていたリーナだったが、首を傾げる。

「それって、ハルステラ様が責任を取ってくださるという意味ですか?」

 責任というのが何を指すのかわからないが、その後について面倒を見るとは言ってくれているからエミリアは頷いた。

「魔術師長様か……。平民の出だけれど優秀で、変なしがらみがないからお相手としてはいいかもしれないわ。敵が王太子ってところが不安だけど、人脈や後ろ盾も多いとは聞いているし……」

 リーナは何やらぶつぶつと独り言を言っている。それから納得したように頷いた。

「わかりました。エミリア様。リーナは応援します!」

 わかってくれたようでありがたい。リーナは元々、エミリアがウォーレンと結ばれるのは大反対だったようだ。
 あんな王子はまともに人を愛せないだろうし、エミリアは間違いなく不幸になると心配していたらしい。どうにか破談になってくれと、毎日神に祈りを捧げていたというから笑ってしまう。

 というわけで、エミリアはルイスと落ち合い、王宮の中を歩くことにした。ウォーレンの望み通り、二人が親しいという印象を周囲に見せつけるのである。
 今日のエミリアは手袋をしていなかった。ルイスの隣を歩き、他愛ないお喋りをする。

 ルイスは今までいた遠い街などの話を聞かせてくれた。王宮にこもって退屈していたエミリアには興味深い内容で、聞いているのは楽しかった。
 時折、ちらちらと向けられる周りからの視線が痛かったが、これはもう開き直るしかない。そもそも見せつけるためにこうしているのだ。

 外廊下を歩いていると、ルイスが奥の方へ目をやった。

「こちらへ」

 ルイスはエミリアを誘導して右に曲がる。そこはひと気のない通路で、ルイスが階段の踊り場で立ち止まった。
 誰かが追いかけてくる。

「ルイス」

 聞き覚えのある、嫌な声だった。この声を聞くだけで気が塞ぐ。
 振り返ると、王太子ウォーレンが眉をしかめて近づいてきた。

「お前、何をしている?」

 と言いながら、ウォーレンはとがめるような視線をエミリアに向けてきた。

「殿下に命じられた通りのことをしております」

 エミリアに続けてルイスも口を開いた。

「エミリア様と浮気をしているように見せろと殿下が仰られたので」

 これでよろしいのですよね? と尋ねると、ウォーレンはいいとも悪いとも言わなかった。何故か面白くなさそうな顔をしているが、浮気をしろと言ったのはそっちである。
 ウォーレンは気を取り直したようにせせら笑った。

「そうだな。お前達はそのようなふしだらなことをするのがお似合いだ。そんなものじゃまだ足りない。もう少しくっついたらどうだ?」

 エミリアは彼の言うことにいちいち腹を立てるのをとうにやめているから無表情だ。睨みつけてやりたいところだが、エミリアがそういう顔をすると彼は喜ぶのだ。
 ウォーレンの言葉を受けて、ルイスは肘を軽く曲げてエミリアの方へと寄せた。

「こうですか?」

 意図を汲んだエミリアが、ルイスの腕にそっと触れる。そして、思い切って体を寄せた。ぎりぎりくっついてはいないが、くっついて見えるような距離である。
 すると、ウォーレンが唖然としてこちらを凝視していた。

「何故……触れる……?」

 どうやらウォーレンは、エミリアの呪いを知らないルイスが、無様に弾かれる様子が見たかったようだ。だが予想に反して何も起こらなかったので仰天しているらしい。

「ルイス! どういうことだ!」
「と申されましても。ああ、エミリア様から事情はお聞きしていますが、現在調べている最中です」

 ウォーレンは目をつり上げると、大股でこちらに近づいてきた。

「離れろ!」

 近づけと言ったのはそちらではないかと、エミリアは内心呆れた。ウォーレンが手をのばしてくるのが目に入り、恐怖で身を強ばらせる。そして彼の手が自分に触れそうになった瞬間。

 ――バチンッ!!

 目映い特大の火花が散った。今までの中でもかなり大きいもので、ウォーレンは弾き飛ばされてしまった。
 衝撃でのけぞり、ウォーレンは何歩か後退する。手にかなりの痛みを感じたのか、反対の手で押さえていた。
 驚愕に口を開けていたが、すぐにエミリアへ鋭い視線を投げる。

「エミリア! 貴様……!」
「私、何もしておりません」

 そうですよ、とルイスがエミリアをかばう。

「殿下。これはあなたがかけた呪いの一部ではないですか。仕方がありません」

 困ったように眉を下げて言うルイスだが、エミリアから見るとどこかわざとらしい。

「何故お前には影響がなく、私だけに反応するのだ?」
「それは調べている最中なのではっきりとしたことは申せませんが……、やはり殿下がかけた呪いなので、特に殿下に強く反応するのかもしれません。私は魔術師ですから、効かないのかもしれませんし」

 ふむ、とルイスは首をひねっている。ウォーレンは忌々しげにルイスとエミリアを睨んでいたが、舌打ちをしてルイスに顔を近づけた。

「せいぜいそうして、下品な間男を演じて評判を落としてくれ、魔術師長」
「仰せのままに」

 口辺にうっすら笑みをたたえるルイスの顔も気に食わないとばかりに渋面し、ウォーレンはその場から立ち去って行った。
 十分遠ざかったのを確認して、エミリアは深いため息をつく。
 ウォーレンが怖くないと言えば嘘になる。彼はいつもエミリアを虐げてきていた。不機嫌そうにしているか、小馬鹿にしたように笑うか。大抵、そのどちらかの表情しか見せない。

「少し、胸がすっとしましたわ。だって殿下がああして慌てたり、悔しそうにしているところは滅多に見ませんもの」
「そうでしょう。傑作でしたね」

 二人で顔を見合わせて笑う。
 と、まだルイスの腕に馴れ馴れしく触れていたことに気づき、エミリアは慌てて身を引いた。

「ごめんなさい!」
「謝らないで。いいんですよ。我々は好き合っていることになっていますから」

 それでもそれはやはり「ふり」であるのだから、距離感を間違えてはいけない。誰かに見せる時はいいが、二人きりでいる時は近づきすぎないよう気をつけなければとエミリアは自戒した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

王子よ、貴方が責任取りなさい

天冨 七緒
恋愛
「聖女の補佐をしてくれないか?」  王子自ら辺境まで訪れ、頭を下げる。  それほど国は、切羽詰まった状況なのだろう。  だけど、私の答えは……  皆さんに知ってほしい。  今代の聖女がどんな人物なのか。  それを知った上で、私の決断は間違いだったのか判断してほしい。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、どうぞお好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...