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第七章 汚れつちまつた包帯に、いたいたしくも怖気づき…
第七章―04
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「小春井巻さん、家のことで色々大変だったらしいから……」
「涼包、お前、なにか知ってんのか?」
思わずその言葉が口から零れてしまう。昨日、背を向けて涙を隠し、僅か震えていた小春井巻の細い肩が脳裡に蘇る。
「凸凹坂くんが、そんな風に他人のことを聞きたがるなんて、初めてだね」
「あ…ごめん」
他人のことを色々と詮索したがる……それは涼包に限らず彼においても忌避する部類の行為だった。
「そんなに気になる? 小春井巻さんのこと?」
「そんなに、かどうかはわからないけど。でも、知り合ってみて……、小春井巻が、どっか苦しみを抱えてるな…ってことぐらいは俺にもわかった」
「その苦しみから解放する王子様に、凸凹坂くんが、なろう……て?」
茶化すわけでもなく、真摯に見つめてくる涼包であり、また、そんな眼差しを真剣に受けとめる彼だった。
「いや。そんな烏滸がましいこと思っちゃいないよ。でも涼包。同じ苦しみを抱えるにしても、一人より二人の方がずっと楽になることだってあるんじゃないのか」
いささか卑怯な言葉だと思った。なぜなら涼包もまた、彼にその苦しみの一端を担わしているからだ。孤独――人と接すれば接するほど心の内に増殖してしまう孤独ってヤツがあることを、彼は図書館補助・返却整理委員になってから思い知らされている。それを『涼包によって担わされた』とは彼自身、決してそうは思ってないけれど、少なくとも涼包自身はそう思っているに違いない。
だからこそ、涼包は痛いところをつかれた…とばかりにそのツヤリとした唇を歪めて見せる。そして、
「ほんとに、凸凹坂くんだよね」
微笑みながら斜向くと、少し俯いて「お人好しなんだから…」と自分を諭すように涼包は呟いた。
「小春井巻さんね、人と接することができないんだよ」
えッ!?
「人に触れることができないの」
「触《ふ》れるって、触《さわ》ることか?」
「うん。手や、たぶん指先すら人の体に触れることができないみたい」
「嘘だろっ!?」
信じられないっ。
信じられるわけがないっ。
――だって、アイツ、小春井巻は充分俺に接してたじゃないかっ!
接するどころか、アソコを平気で握りしめてまでいた。
――あの小春井巻が、人と触れ合うことができないなんて……。
涼包がいなければ、即座にズボンのファスナーを下ろしてアソコに巻かれている包帯の白々しさを確かめているところだっ!?
「そうだよね。信じられないよね」
と涼包は、彼と小春井巻の事情は露知らず、一般論としてその言葉を導き出したようだ。そして続ける。
「それじゃあ、凸凹坂くん。小春井巻さんの体操着姿、イメージできる?」
「…………あれ?」
「でしょ。小春井巻さん、高1の終わりころから、体育の授業や、人と体が触れてしまいそうな行事なんかも、ずっと欠席してるもの」
――確かにそうだ。体育祭も、いや、文化祭にすら小春井巻のイメージは皆無だ。
え? じゃ、やっぱり、ヤツは本当に人と触れ合うことができないのか?
そういった精神的障害があるってことは、確かに聞いたことがある。
「それって、確か……何とか性障害っていうやつか?」
「回避性人格障害のこと? 確かにその範疇には当てはまることなのかも知れないけど、わたしはそんな言葉で人の苦しみを片付けるのは嫌い」
「そうだよな。もともと心理学なんて、それで苦しんでる人間を助けるもんじゃなくて、それと接する人、つまり医者なんかが自分の立場を擁護するために生み出したようなものだしな」
「そうかも知れないけど、わたしわね、それも否定しないの。医者はそうやって自分を鎧ってないと、自分自身もその地獄を垣間見ることになるんだから」
「なるほどな……」
「凸凹坂くんは、そんな地獄にあえて飛び込む癖があるものね」
「どういう意味だよ。それって、俺がマゾみたいじゃないか」
そう。決してマゾではないっ。
と、自分に言い聞かす彼だった。
「で、涼包。なんで小春井巻がそうなっちまったのか、お前、知ってるのか?」
「………………」
その問いに涼包は沈黙した。しかし、彼を見つめてくる眼は明らかにその理由を知っている光を宿していて、いかにも、彼の、カゲロウの、その決意の程を計ろうとしているようだった。
「涼包。お前には話したくないことかも知れないけれど、頼む、知っていたら教えてくれないか」
ほどなく涼包はコクリと頷く。
「二年くらい前、お父さんが亡くなったんだよ」
それは知っている。
しかし、それで……?
「自殺だったんだって……」
「自殺っ!?」
涼包は本当に言いたくなさそうに顔を顰めてみせる。
「……心中……だったんだって」
「心中……」
「ごめん……。これ以上は話したくないよ……」
「あ、涼包、こっちこそゴメン……。嫌なこと話させちまったな……」
そこで、彼は今にも泣き出しそうな涼包のそんな姿に絆されて、つい彼女を抱き締めてしまっていた。
結局、話が聞けたのはそこまでで、涼包が落ち着くまでの二〇分……二人は抱き合ったまま沈黙を噛み締めたのだった。
▼そして、その日の夜のこと。
「涼包、お前、なにか知ってんのか?」
思わずその言葉が口から零れてしまう。昨日、背を向けて涙を隠し、僅か震えていた小春井巻の細い肩が脳裡に蘇る。
「凸凹坂くんが、そんな風に他人のことを聞きたがるなんて、初めてだね」
「あ…ごめん」
他人のことを色々と詮索したがる……それは涼包に限らず彼においても忌避する部類の行為だった。
「そんなに気になる? 小春井巻さんのこと?」
「そんなに、かどうかはわからないけど。でも、知り合ってみて……、小春井巻が、どっか苦しみを抱えてるな…ってことぐらいは俺にもわかった」
「その苦しみから解放する王子様に、凸凹坂くんが、なろう……て?」
茶化すわけでもなく、真摯に見つめてくる涼包であり、また、そんな眼差しを真剣に受けとめる彼だった。
「いや。そんな烏滸がましいこと思っちゃいないよ。でも涼包。同じ苦しみを抱えるにしても、一人より二人の方がずっと楽になることだってあるんじゃないのか」
いささか卑怯な言葉だと思った。なぜなら涼包もまた、彼にその苦しみの一端を担わしているからだ。孤独――人と接すれば接するほど心の内に増殖してしまう孤独ってヤツがあることを、彼は図書館補助・返却整理委員になってから思い知らされている。それを『涼包によって担わされた』とは彼自身、決してそうは思ってないけれど、少なくとも涼包自身はそう思っているに違いない。
だからこそ、涼包は痛いところをつかれた…とばかりにそのツヤリとした唇を歪めて見せる。そして、
「ほんとに、凸凹坂くんだよね」
微笑みながら斜向くと、少し俯いて「お人好しなんだから…」と自分を諭すように涼包は呟いた。
「小春井巻さんね、人と接することができないんだよ」
えッ!?
「人に触れることができないの」
「触《ふ》れるって、触《さわ》ることか?」
「うん。手や、たぶん指先すら人の体に触れることができないみたい」
「嘘だろっ!?」
信じられないっ。
信じられるわけがないっ。
――だって、アイツ、小春井巻は充分俺に接してたじゃないかっ!
接するどころか、アソコを平気で握りしめてまでいた。
――あの小春井巻が、人と触れ合うことができないなんて……。
涼包がいなければ、即座にズボンのファスナーを下ろしてアソコに巻かれている包帯の白々しさを確かめているところだっ!?
「そうだよね。信じられないよね」
と涼包は、彼と小春井巻の事情は露知らず、一般論としてその言葉を導き出したようだ。そして続ける。
「それじゃあ、凸凹坂くん。小春井巻さんの体操着姿、イメージできる?」
「…………あれ?」
「でしょ。小春井巻さん、高1の終わりころから、体育の授業や、人と体が触れてしまいそうな行事なんかも、ずっと欠席してるもの」
――確かにそうだ。体育祭も、いや、文化祭にすら小春井巻のイメージは皆無だ。
え? じゃ、やっぱり、ヤツは本当に人と触れ合うことができないのか?
そういった精神的障害があるってことは、確かに聞いたことがある。
「それって、確か……何とか性障害っていうやつか?」
「回避性人格障害のこと? 確かにその範疇には当てはまることなのかも知れないけど、わたしはそんな言葉で人の苦しみを片付けるのは嫌い」
「そうだよな。もともと心理学なんて、それで苦しんでる人間を助けるもんじゃなくて、それと接する人、つまり医者なんかが自分の立場を擁護するために生み出したようなものだしな」
「そうかも知れないけど、わたしわね、それも否定しないの。医者はそうやって自分を鎧ってないと、自分自身もその地獄を垣間見ることになるんだから」
「なるほどな……」
「凸凹坂くんは、そんな地獄にあえて飛び込む癖があるものね」
「どういう意味だよ。それって、俺がマゾみたいじゃないか」
そう。決してマゾではないっ。
と、自分に言い聞かす彼だった。
「で、涼包。なんで小春井巻がそうなっちまったのか、お前、知ってるのか?」
「………………」
その問いに涼包は沈黙した。しかし、彼を見つめてくる眼は明らかにその理由を知っている光を宿していて、いかにも、彼の、カゲロウの、その決意の程を計ろうとしているようだった。
「涼包。お前には話したくないことかも知れないけれど、頼む、知っていたら教えてくれないか」
ほどなく涼包はコクリと頷く。
「二年くらい前、お父さんが亡くなったんだよ」
それは知っている。
しかし、それで……?
「自殺だったんだって……」
「自殺っ!?」
涼包は本当に言いたくなさそうに顔を顰めてみせる。
「……心中……だったんだって」
「心中……」
「ごめん……。これ以上は話したくないよ……」
「あ、涼包、こっちこそゴメン……。嫌なこと話させちまったな……」
そこで、彼は今にも泣き出しそうな涼包のそんな姿に絆されて、つい彼女を抱き締めてしまっていた。
結局、話が聞けたのはそこまでで、涼包が落ち着くまでの二〇分……二人は抱き合ったまま沈黙を噛み締めたのだった。
▼そして、その日の夜のこと。
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