轟町ヒルサイト ―― On Her Majesty 's Private Service ――

甘野正雪

文字の大きさ
43 / 46
第七章 汚れつちまつた包帯に、いたいたしくも怖気づき…

第七章―04

しおりを挟む
「小春井巻さん、家のことで色々大変だったらしいから……」
「涼包、お前、なにか知ってんのか?」
 思わずその言葉が口から零れてしまう。昨日、背を向けて涙を隠し、僅か震えていた小春井巻の細い肩が脳裡に蘇る。
「凸凹坂くんが、そんな風に他人のことを聞きたがるなんて、初めてだね」
「あ…ごめん」
 他人のことを色々と詮索したがる……それは涼包に限らず彼においても忌避する部類の行為だった。
「そんなに気になる? 小春井巻さんのこと?」
「そんなに、かどうかはわからないけど。でも、知り合ってみて……、小春井巻が、どっか苦しみを抱えてるな…ってことぐらいは俺にもわかった」
「その苦しみから解放する王子様に、凸凹坂くんが、なろう……て?」
 茶化すわけでもなく、真摯に見つめてくる涼包であり、また、そんな眼差しを真剣に受けとめる彼だった。
「いや。そんな烏滸がましいこと思っちゃいないよ。でも涼包。同じ苦しみを抱えるにしても、一人より二人の方がずっと楽になることだってあるんじゃないのか」
 いささか卑怯な言葉だと思った。なぜなら涼包もまた、彼にその苦しみの一端を担わしているからだ。孤独――人と接すれば接するほど心の内に増殖してしまう孤独ってヤツがあることを、彼は図書館補助・返却整理委員になってから思い知らされている。それを『涼包によって担わされた』とは彼自身、決してそうは思ってないけれど、少なくとも涼包自身はそう思っているに違いない。
 だからこそ、涼包は痛いところをつかれた…とばかりにそのツヤリとした唇を歪めて見せる。そして、
「ほんとに、凸凹坂くんだよね」
 微笑みながら斜向くと、少し俯いて「お人好しなんだから…」と自分を諭すように涼包は呟いた。
「小春井巻さんね、人と接することができないんだよ」
 えッ!?
「人に触れることができないの」
「触《ふ》れるって、触《さわ》ることか?」
「うん。手や、たぶん指先すら人の体に触れることができないみたい」
「嘘だろっ!?」
 信じられないっ。
 信じられるわけがないっ。
 ――だって、アイツ、小春井巻は充分俺に接してたじゃないかっ!
 接するどころか、アソコを平気で握りしめてまでいた。
 ――あの小春井巻が、人と触れ合うことができないなんて……。
 涼包がいなければ、即座にズボンのファスナーを下ろしてアソコに巻かれている包帯の白々しさを確かめているところだっ!?
「そうだよね。信じられないよね」
 と涼包は、彼と小春井巻の事情は露知らず、一般論としてその言葉を導き出したようだ。そして続ける。
「それじゃあ、凸凹坂くん。小春井巻さんの体操着姿、イメージできる?」
「…………あれ?」
「でしょ。小春井巻さん、高1の終わりころから、体育の授業や、人と体が触れてしまいそうな行事なんかも、ずっと欠席してるもの」
 ――確かにそうだ。体育祭も、いや、文化祭にすら小春井巻のイメージは皆無だ。
 え? じゃ、やっぱり、ヤツは本当に人と触れ合うことができないのか?
 そういった精神的障害があるってことは、確かに聞いたことがある。
「それって、確か……何とか性障害っていうやつか?」
「回避性人格障害のこと? 確かにその範疇には当てはまることなのかも知れないけど、わたしはそんな言葉で人の苦しみを片付けるのは嫌い」
「そうだよな。もともと心理学なんて、それで苦しんでる人間を助けるもんじゃなくて、それと接する人、つまり医者なんかが自分の立場を擁護するために生み出したようなものだしな」
「そうかも知れないけど、わたしわね、それも否定しないの。医者はそうやって自分を鎧ってないと、自分自身もその地獄を垣間見ることになるんだから」
「なるほどな……」
「凸凹坂くんは、そんな地獄にあえて飛び込む癖があるものね」
「どういう意味だよ。それって、俺がマゾみたいじゃないか」
 そう。決してマゾではないっ。
 と、自分に言い聞かす彼だった。
「で、涼包。なんで小春井巻がそうなっちまったのか、お前、知ってるのか?」
「………………」
 その問いに涼包は沈黙した。しかし、彼を見つめてくる眼は明らかにその理由を知っている光を宿していて、いかにも、彼の、カゲロウの、その決意の程を計ろうとしているようだった。
「涼包。お前には話したくないことかも知れないけれど、頼む、知っていたら教えてくれないか」
 ほどなく涼包はコクリと頷く。
「二年くらい前、お父さんが亡くなったんだよ」
 それは知っている。
 しかし、それで……?
「自殺だったんだって……」
「自殺っ!?」
 涼包は本当に言いたくなさそうに顔を顰めてみせる。
「……心中……だったんだって」
「心中……」
「ごめん……。これ以上は話したくないよ……」
「あ、涼包、こっちこそゴメン……。嫌なこと話させちまったな……」
 そこで、彼は今にも泣き出しそうな涼包のそんな姿に絆されて、つい彼女を抱き締めてしまっていた。
 結局、話が聞けたのはそこまでで、涼包が落ち着くまでの二〇分……二人は抱き合ったまま沈黙を噛み締めたのだった。
 ▼そして、その日の夜のこと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...