貴方は人を愛せなくなっていたはずですよね?

柚木ゆず

文字の大きさ
30 / 39

第16話 ランヴァード・ロックス 俯瞰視点

しおりを挟む
((……こんなにも悪いことばかり続かなくても、いいじゃないか……))

 あの日の僕は、自分の部屋で天を仰いでいた。
 いくら努力をしても、マエリスと結婚できないと思い知らされて。その傷がまだ癒えていないのに、婚約の話が浮上してしまった。
 それだけでも精神的にキツイのに、トドメに『マエリスと関わるな』がやって来た。
 比喩じゃなくって、目の前が真っ暗になった。

((……婚約の時点で酷く落ち込んでいたのに、接触もダメなんて知ったら絶望するに決まっている……。だからせめて、コッソリ手紙のやり取りでもできればいいんだけど……。でき、ないよな……))

 あちらはマエリスをかなり警戒しているものの、四六時中傍で見張っているわけではないからそのくらいはできる。
 ただ……。
 手紙、文字だけでしかやり取りができない。そんな関係を続けていると、『会いたい』という気持ちがマエリスの中で強くなって、悲しみと苦しみが湧いてくるようになってしまうのだ。

((……そうなるくらいなら、文通をしない方がマシだ……))

 長年一緒にいた幼馴染だから分かる。どちらも心にダメージがあるものの、まだその選択の方が少ないのだと。

((……こちらの我が儘を通すわけには、いかないからな。諦めよう))

 文字にだって心を込められて、存在を感じられる。そいつは僕の考えだ。
 大切な人を苦しめてまで我を通すなんてあり得なくて、『婚約によって接触を禁じられ、手紙すら送れなくなってしまった』というメッセージを父上に届けてもらったのだった。

((……これで、いい。マエリス、よい人生を送れますように。これからはここから、君の幸せを願っているよ))

 傍観者となると決め、離れることにした――のだけど……。不安心が、そうさせたのだろうか? その日の夜に、マエリスが散々な人生を送る夢を――辛い出来事があって心が折れ、絶望してしまう夢を見てしまったのだった。

((…………もしそうなってしまったら…………そんなのは、嫌だ……。僕に……なにかできることは、ないのか……?))

 接触できないし手紙も渡せない、そんな自分にできることはないのか?
 すぐにその可能性について考え始め、考えて、考えて、考えて……。頭が割れそうになるほど考えて、その末にひとつの手段を思い付く。

((別人になって贈り物をしよう))

 文字とおんなじで、物にも気持ちを込められる。僕は、そう思っていた。
 そこで『会いたい』とならないように別人を名乗って――存在しない『おじさんの旧友ランヴァード』を名乗って、心身を護ってくれる言い伝えがある装身具に願いを込めて贈り――。以後は何かあった際はおじさんからこっそり連絡を貰い、その問題に合わせた念を込めたものをプレゼントしていったのだった。


 〇〇〇


「……オスカー、連絡が届いた。マエリス君の夫が――ジョルロアが、結婚前からずっと浮気をしていたそうだ……」
「なんですって!? 大変だ……。急いで贈らないと」

 有難いことに、マエリスはランヴァードからの贈り物を励みにしてくれている。だから僕はすぐさま動き出し――いつものところは混んでいてオーダーできなかったため、父の古い友人に無理を言って注文をしたのだった。



しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

透明な貴方

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。  私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。  ククルス公爵家の一人娘。  父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。  複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。 (カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)

私のための戦いから戻ってきた騎士様なら、愛人を持ってもいいとでも?

睡蓮
恋愛
全7話完結になります!

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

【完結】傲慢にも程がある~淑女は愛と誇りを賭けて勘違い夫に復讐する~

Ao
恋愛
由緒ある伯爵家の令嬢エレノアは、愛する夫アルベールと結婚して三年。幸せな日々を送る彼女だったが、ある日、夫に長年の愛人セシルがいることを知ってしまう。 さらに、アルベールは自身が伯爵位を継いだことで傲慢になり、愛人を邸宅に迎え入れ、エレノアの部屋を与える暴挙に出る。 挙句の果てに、エレノアには「お飾り」として伯爵家の実務をこなさせ、愛人のセシルを実質の伯爵夫人として扱おうとする始末。 深い悲しみと激しい屈辱に震えるエレノアだが、淑女としての誇りが彼女を立ち上がらせる。 彼女は社交界での人脈と、持ち前の知略を駆使し、アルベールとセシルを追い詰める貴族らしい復讐を誓うのであった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

処理中です...