才能取扱い店 二好屋

柚木ゆず

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7 その後 〇●●

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「翠。頑張って!」
「ずっと応援してるよっ」
「緊張した時は、ウチらを思い出してっ。会場で見守ってるぜ~っ」

 蜜柑ちゃん。虹花ちゃん。唯ちゃん。ちょっと心配性な友達に送りだされ、私は今ステージに立っています。
 この演奏が終われば、賞を受賞して、音大に進めるようになる。長年思い描いた理想の人生の、幕開けです。

(……さあ。会場の皆さんに、天才の音を聴かせてあげましょう)

 今迄何十回とやった時とは、真逆の感覚。緊張感なんて、一切ない。期待と希望、自信だけを胸に抱き、静寂の中、私は鍵盤に指を降ろします。

(ぁぁ、何度聴いても惚れ惚れする音色。これを私が、出しているんですよね)

 自分が操るピアノが生み出す音と、会場で発生した雰囲気――感嘆を肌で感じ、ブルッと身体が震えます。
 これが、私の腕前。天才・吉祥翠の腕前なんです!

(えへへっ、会場中の人が驚いていますねっ。とってもいい気分ですっ)

 もっと驚いて欲しい――。もっと褒めて欲しい――。もっと聴いて欲しい――。


 私が紡ぎ出すメロディーを耳に入れて、もっとすごいと思って欲しい。


 そんな想いが、全身を駆け巡ります。

(あははっ、分かりますっ。オーディエンスの賛辞が、分かりますよっ)

 最高っ、最高っっ。この時間は、私のための時間っ。私が主役の、皆が私を認めるための時間ですっっ。

(もっと、もっと聴いてくださいっ。吉祥翠の音をっ。生まれ変わった、真の吉祥翠の音楽をっ!)

 いつもとは違い、全身を大きく使って――。ダイナミックに演奏を行い、身体全体で曲を表現します。
 凡人だった頃には到底できなかった、天才だけに許されるアレンジで。お客さん達を魅了します。

(どうですっ? どうですか私の美技はっ? 素敵でしょっ? 素敵ですよねっ?)

 これこそが、本物のピアノの音色っっ。才ある者だけが奏でられる、珠玉のメロディーなんですっっ。

(もっと、もっと! みんなもっと驚いて、感動してくださいっ! 天才の演奏に立ち会える奇跡を、心の底から喜んで――ぁ!?)

 ピアノが突然、的外れな音を発しました。
 これは故障ではなく、ミス。どうやら、違う鍵盤を押してしまったようです。

(以前から苦手なところだったとはいえ、すっかり克服した部分。……弘法も筆の誤りで、落ち着いて進めましょう)

 私は才能を駆使して止まることなく演奏を続け、巧みに軌道を修正します。さっきの失態を払拭するべく、鍵盤の上でしっかりと指を走らせ――

(あっ!?)

 またしても、ミス。今度も難しい箇所とはだったとはいえ、現在の私にとっては容易なポイントでしくじってしまいました。

(けど、まだ挽回は可能ですっ。これからは細心の注意を払って――ああっ!?)

 3度目。ううんっ。こうしてる間にもミスをしたから、4回。昔の私、あの劣っていた凡才時代ですら未経験な回数、ミスを犯してしまった……。

(ど、どうして……っ。どうして――ああまたっ! どうして、こんなに失敗ばかりするのっ!?)

 この私が。天才の私がっ。どうして、こんな恥を掻くの!?
 こっ、このままじゃ、駄目。どうにかしないと、頂点どころか受賞すら危うい。

(大至急取り戻さないとっ。すぐ挽回しないと! もうすぐ演奏がおわ――ぁ……。ぁぁ……)

 もうすぐ演奏が終わってしまう。そう思っていたら、楽譜を完走してしまったことに気がついた。
 ……楽譜の、完走……。それはつまり、


 これで私の番は、お仕舞い。


 もう名誉挽回の機会はなく、審査の対象はこの中盤以降がグダグダな演奏。
 いくら、前半が良くても……。こんな有様じゃ……。

 受賞なんて、無理。
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