才能取扱い店 二好屋

柚木ゆず

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「お帰りなさい。貴方にとってはお久しぶりになるわね、吉祥さん」
「ぇ? ぁれ? ここは、あのお店……? それに、ぇえ……? ドレスを着てたのに制服で……。おまけに、二週間前の日付になってる……?」

 翠は洋服を撫で、傍にある日付つきの置時計を見やり、少しも濡れていない瞳を何度も開閉させます。

「な、なに……。これって、時間が撒き戻ってる……?」
「いいえ、ハズレ。『才玉を呑んで本番大失敗までが夢だった』、が正解よ」

 店の主は翠の額を人差し指でトンと突っつき、片目を瞑ってみせました。

「全ては、貴方が本心に基づいた行動を起こすとどうなるか? を見せた夢なの。実際は才玉を出してから、1分も経っていないのよ」
「そ、そうなんですか……。全部、夢……。まだ、終わりじゃないんだ……」

 ようやく理解した翠は、一気に脱力。へなへなと座り込み、現実世界でも涙を零しました。

「よかっ、た……っ。よかった……っっ。よかったよぉ……っっっ」
「ええ、一安心ね。と返して慰めてあげたいところだけど、そうする訳にはいかないわ」

 主はカウンターに両肘をつき、目を細めて。客の少女を見下ろします。

「吉祥翠さん、貴方はものの見事に溺れてしまったわね。あの立派な決意は、どこへ行ったのかしら?」
「…………仰る通りで、情けないとしか言いようがありません……。私の気持ちは脆く、人間的にも未熟でした……」

 ――段々と実力に自惚れ、自分に甘くなった。
 ――実力を持った自分が誇らしくなり、別の気持ち、自分を認めて欲しいという欲求が芽生えてしまった。

 翠はあの悪夢を振り返り、深く深く項垂れる。

「途中から完全に、『皆に音を届けて幸せにしたい』という初心を忘れ……。更には、油断して練習を怠り最低の演奏を披露してしまいました……。才に溺れると、こんな風になってしまうんですね……」
「ええ、そうなの。才だけでは、成功はできない。天才は努力をして初めて、天才となるのだからね」

 店の主は嫋やかに腕組みをして、淡々と肯定。数秒空白を設けてから、彼女は再び口を開きます。

「才能を持っていると確かに、『一定の領域』までは、大した努力をしなくても届くわ。呑み込みや上達が速いなどの理由で、あっという間に辿り着ける場合が多い。けれど、それより上――一流と呼ばれる域には、絶対に辿り着けないの。今回のように、どこかでボロが出てしまう」
「……はい……」
「正しく向き合えば後押しをしてくれるけど、付き合い方を誤れば悲劇への道しるべとなってしまう。才能は、毒にも薬にもなるものなのよ」
「……はい……。その通り、です……」
「だからあたしは訪れた者に夢を見せ、試すの。夢の応援をしていい人間か否かを、見極める為にね」

 そう言うと店主は木皿にある才玉を棚へと戻し、掌を上にした左手を出入口へと伸ばします。
 これは言わずもがな、資格なし。お帰りください、という仕草です。

「…………はい。あなたの言葉通り、私は才能を持っちゃいけない人間です……。ご迷惑をおかけしました……」

 吉祥翠は力なく立ち上がり、落とした鞄を拾って身体は静かに回れ右。深く深く肩を落とし、今来た道を引き返します。

「お騒がせして、すみませんでした。それと、気付かせてくださりありがとうございました」
「この店は趣味でやっているものだから、来店は大歓迎よ。気にしないでいいわ」
「……繰り返しになってしまいますが、ありがとうございます。それでは、失礼します――」
「最後に、もう一つ。店の主からお知らせよ」

 厳しかった表情が、一転。思い遣り溢れた、優しい優しい表情が咲く。

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