自分のせいで婚約破棄。あたしはそう思い込まされていました。

第４話 反撃その１（２）

「……すー。すー……。すー……。すー……」

　ララはうつ伏せになって眠っていて、眠っているため両目は閉じています。そのためコインを使った催眠術は、どうやってもかけられません。そして仮に両目が開いていたとしても、催眠術の存在を知っているこの子はコインをじっと見つめてはくれません。

　ですから。

　この状況を使って、まずはコインを見つめてもらえるようにします。

「……すー。すー。すー。すー。すー……」
（まず、は……）

　眠っているララの耳元に顔を近づけ、そこでゆっくりと呼吸。ララの寝息に合わせてあたしも吸うと吐くを繰り返し、あたしが出す音を自分の音だと認識させます。
　そうしてじっくり誤認させたら呼吸を止め、出来る限り声の高さをララに合わせて静かにゆっくりと言葉を紡いでゆきます。

「……すー。すー。すー。すー。すー……」
「なぜか今日は、お姉ちゃんが振るコインを見つめたくなる。なぜか今日は、お姉ちゃんが振るコインを見つめたくなる」
「……すー。すー。すー。すー。すー……」
「なぜか今日は、お姉ちゃんが振るコインを見つめたくなる。なぜか今日は、お姉ちゃんが振るコインを見つめたくなる」

　一定のリズムを守り、同じ台詞を繰り返す。
　この行動を合計で10回行い、以上で下準備はお仕舞い。これでララは目覚めた後、無性にあたしが動かすコインを見たくなるのです。

『いいか？　催眠術ってのは、物語にあるような魔術や魔法の類じゃない。深層心理に働きかけて対象を動かす、「技術」の一つなんだ』

　ソールさん曰くコインは深層心理に干渉しやすくするためのもので、それは睡眠時の状態に似ているそうです。なので睡眠時に間近で何度も囁けば、ちょっとした催眠状態にできるのです。
　もちろん正しい手順を踏んでいないため効果は弱く、起きて十分もすれば解けてしまいます。これだけでは到底人を操れませんが、６００秒もあれば正規の手順で催眠術をかけられますよね。

「……すー。すー。すー。すー。すー……」
「この方法で催眠を施した場合は、外からの刺激で起こしてしまうと意味がなくなる。つまり自然に起きないと、台無しになってしまいます」

　なので次のステップに進むのは、少し後。あたしは大きな音を立てないように注意しつつ、ララの目覚めを待つのでした。