裏切られた令嬢は、自分になりすました従者から婚約者を守るため走る

柚木ゆず

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幕間 レイジSideその2(2)

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「アリス? どうしたんだい?」
「……い、いえ、なんでもありません。お気になさらないでください」
「そ、そう? 珍しく、急に固まるからビックリしたよ」

 キョトンとしていたレイジは小さく笑い、心の中では大量の汗を流していた。

(間違いない……。ここにいるのは、アリスじゃない……)

 その話は『お互い隠し事はしないようにしよう』と決めた時に出し合った、隠し事の一つ。本物なら自分から打ち明けてくれたものを聞いて、驚くはずがない。

(…………僕の隣にいる、アリスの姿をしたコイツは何者なんだ……? 本物のアリスは、どこにいるんだ……?)

 殺害――。そんな二文字が脳裏を過るが、それはない。なぜならアリスは最後に会った昨日の昼から一度も外出してはおらず、ワール家では何一つ騒ぎがなかったから。
 上級貴族の邸宅で『事に及ぶ』のは至難とはいえ可能ではあるが、誰にも気づかれずに死体や血痕の隠滅をするのは不可能。自分で動けない死体を運ぶ際は目立つ上に、血液は簡単に拭き取れるものではないのだ。

(そうなると本物は『どこかで拘束中』など何らかの形で生きていて、外出していないなら必然的に何かが起きたのは屋敷内となる。だとしたら、犯人は内部の人間か……)


 アリスの姿をした者に怪しまれないよう、表では今まで通り懐古をしながら内側で頭を働かせる。

(だが内部の人間が、どうやってこんな状態にした……? 『他人の記憶と姿を奪う』、『他者と身体が入れ替わる』、あるいは『姿を自由に変えられる』方法があるとでもいうのか……?)

 そんな噂は、一度も耳にした事がない。そんな事件が、起きた事もない。
 ただ――。『世の中には、オカルティックなものが多数存在している』。そういう噂は、何回か耳にした事がある。
 今の今までレイジは眉唾だと考えていたが、現状を鑑みるとそうとしか思えない。

(……この偽物を捕らえて、吐かせば…………いや。それは賢明ではないな)

 アリスの身を人質にするなど、逆に脅迫されたら完全に身動きが取れなくなってしまう。
 ここまでのことを仕出かすということは、トラブルに対する『保険』も用意しているはず――。レイジはそう結論付けて、力ずくでの行動は止めた。

 ――彼のこの判断は、正解――。

 エルサは万が一問い詰められた場合、『本物のアリスはとある場所で拘束していて、あたしに何かがあれば仲間が即処刑する』『貴方が黙っていれば、アリスは生きていられる』『アリスが大事なら、あたしと人生を共にしなさい』、とする計画があった。
 もしもここで捕えていたらアリスを想うレイジは服従せざるを得ず、アリスの奮闘は無駄となるところだった。

(自白が叶わないのであれば、まずは犯人を特定し…………その者の足取りを調べ、アリスを探し出すしかない。今日城に来ているワール家の関係者――犯人に近しい者に色々尋ね、それをもとに推理するか……)

 同時進行で従者達に手当たり次第にワール家の屋敷や周辺を調べてもらいたいが、今日は日が日なため自由に動ける馬車は一台しか残っていない。そのため今動かしてしまうと手元に『足』がなくなり、犯人が分かってもそれを利用して捜査ができなくなってしまう。
 なので従者に頼むのは、犯人を見つけた後。レイジは『真相に気付いていないフリ』をして、自ら調べることにした。

「ああ。そういえば」
「はい? なんでしょう?」
「予行演習などがあって、君のご家族にご挨拶をできていなかった。打ち合わせに戻る前に、控室に寄ってもいいかな?」
「お父様達はとても喜ばれると思いますが、レイジ様は王太子です。そういうご配慮は不要ですよ」

(……アリスらしくない言葉が、出たな。家族と話をするのは大なり小なり都合が悪い、というわけか)

 だったら、尚更向かうしかない。レイジは相手に不信感を与えないよう、いつも通りの顔で首を左右に振る。

「もうじき、僕の義父になる方だからね。ちょっとだけお話しをしたいんだ」
「……そう、ですよね。差し出口をお許しください」
「ううん、気にしないで。それじゃあ休憩はここまでにして、行こうか」

 レイジはアリスの姿をした者の手を取り、二人揃って向かう。聡明な頭脳を、最大限に活用しながら――。
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