終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

文字の大きさ
7 / 33

7.寝ぐせ

しおりを挟む
 高校に入学して一番初めにできた友人は、隣の席の佐伯だった。
 幼い頃からずっとサッカーが好きだという佐伯が、部活動見学でサッカー部を見に行きたいと言ったので、木崎もついて行った。
 サッカーの試合を観戦するのは好きだが、体育の授業や遊びでしかやったことはなかった。だから佐伯については行ったが、木崎は中学生の時からやっている陸上を続けるつもりだったので、サッカー部に入部する気はなかった。
 この高校のサッカー部は強豪で有名らしい。他県から進学する人もいるらしく、佐伯がこの学校を選んだ理由もそれだった。サッカー部の強さは木崎の素人目でも分かった。普段の練習だけでも気合が違った。あふれ出る闘争心や緊張感は外から見ているだけで圧倒された。
 ぽかんと口を開け、あっけに取られたまま見学しているうちに、木崎は一人の選手に自然と目を奪われた。他の部員と同じ練習をしているのにもかかわらず、その人のプレーは、一際きらきらと輝いて見えた。すらりとしてバランスの取れた身体や、整った顔立ち、流れるような動きだけではない。彼には何か惹き付けられるような魅力があった。
 一目惚れだった。
 ただ、好きだとか、付き合いたいだとか、そういう恋愛感情ではなかった。木崎が抱いた気持ちを表すなら、自分とは住む世界が違う相手に、憧れる、と言う言葉が一番近いかもしれない。

『小野塚先輩だよ』

 一緒にグラウンドを見つめ、目を輝かせていた佐伯が教えてくれた。三年の小野塚は、強豪といわれるこのチームの中でもエースと呼ばれる存在だと、佐伯は自分のことのように胸を張った。『俺、小野塚先輩に憧れてこの高校を選んだんだよね』とも言った。
 普段なら、そんなことで、と驚いたかもしれないが、佐伯の言っていることは分かるような気がした。自分もサッカーをやっていて、小野塚のプレーを見ていたのなら、迷わずこの高校を選んだかもしれない。
 そして佐伯はサッカー部に入り、木崎は陸上部に入った。
 強豪といっても、そう呼ばれるようになったのはここ最近で、近隣の学校と比べて生徒数もそこまで多くなかった高校には、少し広めの第一グラウンドと、学校から少し離れたところに第二グラウンドがあるだけだった。広めのグラウンドは必然的にサッカー部の使用が優先され、第二グラウンドは部員数の多い野球部が使っていた。弱小で部員も少なかった陸上部は、市営の陸上競技場を借りるか、サッカー部が練習しているのを横目に、グラウンドの僅かに空いたスペースを使って練習するしかなかった。
 それでも木崎に不満はなかった。陸上部は弱小だから、という気持ちもあったが、疲れている時にふと、小野塚の姿が見えると、もっと頑張ろうと思えたからだ。



 ある土曜日、木崎は早朝に目が覚めた。学校は休みで今日は朝練もないので、アラームを切っていたのだが、いつもより早く目が覚めるのは珍しいことだった。
 窓を開けると日はまだ昇り始めたばかりで、少しひんやりとした朝の空気が気持ち良かった。雲ひとつない、いい天気だ。体がむずむずとして、力が溢れて零れてしまいそうだった。
 このまま部屋にじっとしてもいられず、走ろう、と思い立った。木崎の家から学校まで三キロ弱。学校の周りを回って帰ってくるルートでちょうどいいだろうと、軽く朝食を食べて学校のジャージに着替えて外に出た。
 気持ち良かった。リズムを刻む足音が、まだ半分寝静まる街に軽やかに響いた。少し冷たい空気が肌に刺さり、眠気を吹き飛ばしてくれる。肺いっぱいに空気を取り込むと、自分の体が綺麗になり、やがて輝きを放ち、そのままどこまでも走り続けられそうな気分になった。
 学校の近くを通りかかったとき、何か音がするのに気づいた。ぼっ、という小さな爆発音は、聞き慣れた音だった。
 緑色のフェンスに囲まれたグラウンドの方に回り、目をこらすと、グラウンドで黙々とボールを蹴る人物がひとり。遠くからでも誰だかわかった。

(小野塚先輩だ。他には誰もいないし、独り占めしてるみたいだな。……もうちょっと、近くで見ててもいいかな……?)

 木崎は裏口のほうにあるフェンスの低い部分をひょいと乗り越えた。弱小の陸上部はグラウンドの鍵を渡し忘れられることが多いので、ここから侵入できると先輩から聞いていた。
 陸上部の定位置、グラウンドの端で、しばらく小野塚の練習を眺めていた。

(すごいな……かっこいい……)

 ぼうっと見つめていると、はたと小野塚が振り返った。木崎に気付き、こちらに近づいてくる。

(えっ、お、小野塚先輩こっち来てる、まずい、どうしよう、どうしよう!)

 今さら逃げるわけにもいかない。慌てて手汗を拭っているうちに、小野塚がやってきた。

『おはよ』

 小野塚の流れる汗が、朝日を受けて輝いている。憧れの先輩を前に木崎は体を強張らせた。

(直接先輩と話すのって、初めてじゃないか……!)

 意識するとさらに緊張してきた。さっきまで、どこまででも走れそうだと思っていたのが嘘のように、体ががちがちに固まってしまった。

『おっ、おはようございます……』

 裏返った声でぎこちなく木崎が返すと、小野塚は軽やかに笑った。

『早いな。朝練? 一人?』
『ひ、一人です。朝練ないんですけど、いつもより早く起きたので……。えっと、先輩は……』
『ああ、俺はまだ朝練の時間には早いんだけど。練習には一番に来たいし』

 その言葉に木崎は驚いた。朝練の前にも練習するのか。

 小野塚は自慢するでもなく、『これでもエースなんでね』と肩をすくめた。

『期待に応えるには、これだけでも足りねえくらいだよ』

 木崎は改めて尊敬の眼差しを小野塚に向けた。以前、佐伯から聞いた話では、小野塚は他校の生徒でも、中学生でも知っているような有名な選手らしい。それを驕るわけでもなく、自分はまだまだだと努力を続ける。本当にすごい選手とはこういう人をいうのだろう、と木崎は感動した。

『あっ、あの……いつも練習見ています。サッカーはあまり詳しくないんですけど、小野塚先輩のプレーはすごいなと思っていて……輝いているというか、魅力がある、というか……』
(なに言ってんだよ、絶対変に思われてるっ)

 敬意を何とか伝えたかったがうまく言葉が出てこず、木崎は恥ずかしくなった。顔がじわじわと熱くなる。走っていたからだけではないだろう。慌てふためく木崎を見ながら、小野塚はああ、と声を上げた。

『そっか、陸上部か。悪いな、いつもサッカー部がグラウンド占領しちまって。えっと……』

 小野塚がじっと木崎を見る。名乗っていないことに気付き、『木崎です』と名乗った。すぐに関わりのない下級生の名前はどうでもいいかと思い、『すみません』と付け加えた。

『何で謝んだよ』
と、小野塚は愉快そうに笑った。その笑顔がきらきらと輝いて見えた。

(朝、みたいだな。先輩の笑った顔。早朝の澄んだ空気みたい)

『あ、』

 見惚れていると、いきなり小野塚の手が伸びてきた。
 小野塚が白い歯を見せ、木崎の頭に手を置いた。

『寝ぐせ』

 微笑みながら、小野塚はぽんぽんと木崎の頭を軽く叩いた。木崎は全身がかっと熱くなった。どうしたらいいのか分からず、慌てて『すみません』と言った。『また謝ってる』と小野塚は笑った。
 木崎は動けなくなった。そして目の前の小野塚から目を離せなくなった。二人きりの時間は、まさに夢のようなひとときだった。
 どれくらいそうしていたかは分からない。しばらくして、遠くで物音がした。他のサッカー部員がやってきたのだ。『じゃ、もう行くわ』と小野塚に言われ、木崎ははっと気付くと、青ざめた。

『すみません! せっかく練習されてたのに、邪魔してしまって』
『気にすんなって。練習は今からやるんだし』

 頭を下げようとする木崎を押し留め、小野塚は顔の前で手を振りながら言った。
 じゃ、と片手を上げ、小野塚は駆けていく。その後ろ姿をぼうっと眺めていると、いきなり小野塚は立ち止まり、振り向いた。

『今度、よかったら試合、見に来てくれよ』

 小野塚はそう言い残し、再び駆けていった。走っていた時からすでに時間が経ち、いつもなら木崎の身体は冷えているはずなのに、まだ熱が引いていなかった。今日は体調がいいから、と木崎は自分に言い聞かせた。
 帰り道の記憶はない。ただ身体は固まっていたのに、走るリズムはいつもより速かったのだけは覚えている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

幼馴染が結婚すると聞いて祝いに行ったら、なぜか俺が抱かれていた。

夏八木アオ
BL
金髪碧眼の優男魔法使いx気が強くてお人好しな元騎士の幼馴染の二人です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...