終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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8.写真

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 小野塚に、『今度、よかったら試合、見に来てくれよ』と言われたが、木崎は迷っていた。
 サッカー部は強豪だし、その中でも小野塚は人気があったので、試合があるたびに応援にいく生徒は多かった。そんなに深く考える必要もないのだろうが、小野塚を目当てに見に行く女子生徒たちの中に混じって観戦することで、自分の中にある小野塚に対する気持ちが、彼女たちと同じような気がしてもやもやした。
 うだうだと悩んでいるうちに、例年より早く、木崎と同じぐらいじめじめした梅雨の時期になった。どの部活もインターハイの予選に向け、練習に余念がない。
 ある日の朝、教室に入るなり、佐伯が嬉しそうに木崎の元に駆け寄ってきた。

『木崎、聞いてくれよ。俺さ今度の試合、スタメンに選ばれた!』

 今日の朝練で発表されたばかりらしく、佐伯は興奮が収まらない様子でまくしたてた。

『練習試合ではあるんだけどさ、俺、試合に出んの初めてで! 一年で出るのはまあ、俺だけじゃないんだけど、それでも結構すごいことなんだぞ』

 自分で言うことじゃないけど、と言いつつも、佐伯は心底嬉しそうに何度も木崎に説明した。いつになく弾む声に、木崎は自分のことのように嬉しくなった。

『小野塚先輩と同じピッチに立つの、憧れていたんだよね』

 佐伯は小野塚と共にピッチを駆け回る姿を想像しているのか、うっとりとしているような声を出した。

『……小野塚先輩も、出るんだ』
『当たり前だろ? 練習試合っていっても、エースだぞ、エース』

 小野塚先輩も出るのか、と木崎もその姿を想像し、しばらく二人とも無言で宙を見た。
 やがて佐伯の方から口を開いた。

『な、木崎も応援に来てくれるよな?』
『もちろん』
『じゃあさ、頼みがあるんだけど』
『頼み? なに?』
『俺の雄姿をばっちり撮っててほしいんだ。親が見たがると思うんだけど、その日はどっちも仕事だったからさ、撮影係やってくれると嬉しいんだけど』
『いいよ。むしろ僕で大丈夫? 技術もなんにもないけど』
『全然オッケー。将来活躍する選手の記念すべき日になるし、頼むぞ』

 佐伯が笑っているうちにチャイムが鳴った。木崎は友人の応援のためだからと、自分に言い聞かせ、サッカー部の試合を見に行くことにした。



 試合当日、前日に佐伯に借りていたデジタルカメラを持って会場へ向かう。事前に佐伯から撮影のレクチャーを受けたので撮影係もこなせるだろう。そういえばサッカーの試合を生で見たことなど今までなかったな、と木崎は思った。
 天候に恵まれたことにもわくわくしながら会場に到着する。まず会場に入ってからの応援の数の多さに驚いた。練習試合だと聞いていたのにこんなにも応援が多いものなのか。周りを見ると父兄に混じり、木崎の高校と同じ制服が多く見られた。その中のほとんどが、小野塚目当てで来たのだろう。人垣に揉まれながら、なんとか応援席の隅に場所を確保すると、木崎はカメラを構えた。
 試合開始を知らせるホイッスルが鳴り響いた。佐伯はスタメンで出場していた。小野塚の姿はない。ふう、とため息をついているのに気づき、慌てて気を引き締める。

(ふう、ってなんだよ。佐伯の撮影係で来たんだろ。しっかりしなきゃ)

 言われた通り、佐伯の姿をシャッターに納める。事前に練習していたとはいえ、そのときとはスピード感が違う。ボールを持ったところを撮ろうと思ったが、なかなか難しい。木崎は友人の雄姿を納めようとカメラと格闘し続けた。
 周りの歓声がひときわ大きくなり、木崎はカメラから視線を外した。選手が交代したらしい。応援席から、小野塚、と歓声が上がった。小野塚が入ったようだ。周りの声援に驚きながらも、木崎はレンズ越しに佐伯の姿を追った。

(佐伯惜しい、もうちょっとでボールとれそうだったのに……。あっ、小野塚先輩がボールとっ……わ、もうあんなとこまで走ってる)

 始めのうちは佐伯の姿を撮影していた木崎だったが、応援席から声が上がるたびに小野塚に目線を移した。画角には次第に佐伯よりも小野塚の姿が入ることが多くなる。小野塚がボールを持つと応援スタンドが震えるほどの歓声が上がった。シュートを決めると、声の衝撃で体がびりびりと痺れるほどだった。それに促されるように、木崎はシャッターを押した。
 試合は小野塚の活躍により快勝だった。試合終了後、選手たちが応援席へと挨拶に来た。整列し、ありがとうございました、と小野塚は笑顔で応援席に向けてお辞儀をしていた。汗と泥にまみれた小野塚が、いつにも増して輝いて見えた。
 次々と帰り支度をする観客の中、木崎はしばらく夢見心地のまま呆けていた。

(すごかった……。初めて話したときの優しい先輩とは別人みたいだった……)

 ようやく腰を挙げ、会場を出たとき、人ごみの中で佐伯の姿を見つけた。佐伯も木崎に気付き、軽く手を上げ、駆け寄ってきた。

『佐伯、お疲れ様。あと、おめでとう。その……すごかったね』

 語彙をなくした木崎の感想に、佐伯は『シンプルだな』と苦笑を浮かべた。

『俺は全然活躍できなかったけどな。ま、次はハットトリック決めてみせるぜ。それより、撮ってくれたか?』
『うん、ちょっと待って。僕もまだ確認してなくて』

 佐伯に急かされ、木崎はカメラを操作し、撮影した写真を画面に表示した。ほとんどの写真が、タイミング悪く画面から切れているか、距離が遠すぎたため小さくしか写っていないものばかりだった。それに。

『木崎、お前、小野塚先輩ばっか撮ってんじゃん』
『えっ? うわ、ほんとだ』
『無意識かよー。確かに先輩めっちゃ活躍してたけどさあ』

 もう写真の後半部分は殆ど小野塚が写っていた。木崎は自分でも驚き、頬が赤くなった。
 下手な写真を見ながら話をしていると、佐伯が突然姿勢を正し、『お疲れ様です』と頭を下げた。つられて木崎も振り返ると、そこには小野塚がいた。

『お疲れ』

 小野塚は挨拶を返すと、木崎に気付き、『あ、』と声を上げた。

『来てくれたんだな』
『はい、……すみません』
『何で謝んだよ』

 小野塚はおかしそうに声を立てて笑った。佐伯に、『知り合いだったんですか?』と聞かれ、小野塚は『ちょっとな』と短く答えた。

『なに、写真?』

 小野塚は木崎が持っていたカメラに気付き、手元を覗き込んだ。ちょうど、小野塚がシュートを打つところだった。

『俺を撮ってたのか?』
『あ、いえ』

 木崎は目線を落とす。次の写真にも相手選手と競り合う小野塚が写っている。

『と……撮ってました』
『こいつ、小野塚先輩ばっかり撮ってるんですよ』

 俺を撮ってくれって頼んだのに、と佐伯は唇を尖らせながら言った。
『すげー小野塚先輩のファンみたいで』

(なっ……! なに勝手なこと言ってんだよ佐伯っ)

 木崎はぎょっとしたが、実際、カメラの中には佐伯より小野塚の写っている写真の方が多い。
 小野塚は微笑んだ。

『そうなの? ありがと』
『先輩。良かったら、こいつと一緒に写真撮ってやってくれませんか。俺、撮るんで』
『えっ、ちょっと佐伯――』
『お、いいぞ。かっこよく撮れよ佐伯』
 
 後に写真を見ると、小野塚は爽やかな笑みを浮かべていたが、木崎は緊張のあまり顔を引きつらせていた。
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