終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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10.距離感

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 あの日のことは鮮明に覚えている。雲ひとつなく晴れた早朝だった。
 初めて小野塚と会えたときから、木崎は早朝に頑張って起きて、学校までランニングすることがあった。もしかしたらまた、小野塚先輩と話ができる日があるのではないかと期待して。
 結局は起きられなかったり、学校まで行っても、すでに他のサッカー部員が登校してきていて小野塚と話すチャンスがなかったりと、なかなかタイミングが合わなかった。
 この日は自然と目が覚めた。というより、昨日佐伯から聞いた話が頭の隅に残っていて、ずっとモヤモヤ考えていたので眠りが浅かった。
 不思議な予感があって、気持ちが逸った。朝の空気を体いっぱいに取り込みながら、跳ねるように学校へ走っていった。
 小野塚はいつも通り、グラウンドでボールを蹴っていた。ひとりだった。

(小野塚先輩、やっぱり輝いて見える。試合見にいってから、もっと輝いてる気がする。……もう少し近くで見ていいかな。でも練習の邪魔にはならないとこに)

 木崎は裏口からフェンスを乗り越えて、グラウンドの隅で眺めていた。
 小野塚が蹴ったボールがゴールバーに当たった。弾かれたボールが木崎の元まで転がってきた。木崎がボールを拾う。小野塚が木崎に気づいて駆け寄ってきた。

『いつからいた? 全然気づかなかった』
『さっき、来たばっかりで。すみません、勝手に見てて』
『はは、また謝ってる。フリーでゴール外したとこ見られたの、かっこ悪かったなあ』
『そんなことないです。……かっこいいです』

 かっと頬が熱くなる。俯いて、ボールを差し出す。『ありがと』と礼を言ってボールを受け取った小野塚と指先が触れた。びり、と体に電流が走ったみたいに痺れて、ふと、佐伯が昨日言った言葉を思い出した。

 ――小野塚先輩また告白されたんだってよ。やっぱエースは違うよなー。めっちゃ可愛い先輩らしいんだけど、振っちゃったんだって。他に好きな人でもいんのかな?――

『ボール、ありがとな。じゃ、練習に戻るから、』
『あのっ』

 気づけば木崎は小野塚のジャージの裾を掴んでいた。『また告白されたんだってよ』。『他に好きな人でもいんのかな』。佐伯の言っていた言葉がぐるぐると頭の中を回る。木崎の胸に突然ぶわっと気持ちが溢れた。慌てて蓋をして、飲み込もうとしたが遅かった。

『せ、先輩が好きなんです』

 小野塚は目を見開いた。思わず口をついて出た言葉に木崎も驚いた。

(……いま、僕、好きって言った……? 先輩に好きって言った!?)

 告白するつもりなどみじんもなかった。どころか好きだと自覚してのも立った今だ。

(なに言ってんだよっ、こいつ急に距離感おかしくなったなとか思われる。引かれるって。僕だって、遠くから先輩見てるだけで幸せだったのに)

 後悔しても口から出た言葉はもう戻らない。時間が止まったかのような重苦しい空気が耐えられなかった。心臓の音がうるさいぐらい響いているのに、頭上では鳥が高らかに鳴きながら通り過ぎていく。
 そのまま逃げてしまおうかと思った時、ふ、と小野塚が笑った気がした。

『ありがとう。俺も木崎のこと、可愛い後輩だと思ってるよ』

 小野塚の言葉を、頭の中で整理して、解釈してみる。そして、小野塚は自分の言った言葉の意味を勘違いしているのだと気付いた。

『えっと……いえ、その、そういう好きじゃなくて……先輩と、付き合いたいんです。……多分……』

(終わった。もう駄目だ。これで先輩とは話せなくなる。男の後輩に付き合いたいなんて言われてこれまで通りなんて無理だよ。可愛い先輩の告白も断わったらしいし……いや、本当に小野塚先輩のこと好きだけど、好きとかも今自覚したけど、付き合いたいなんて言ったけどそんな恐れ多い……いや断わられるんだけど、僕なんかと先輩が付き合うとかありえないし――)

 処刑宣告を待つ長い時間、顔を青くしながらぐるぐると木崎は考えていたが、ふはっ、と、小野塚は噴き出した。顔を上げてぽかんとする木崎の前で、『多分ってなんだよ』と、小野塚は笑いながら言った。

『ん、いいよ。付き合うか』
『…………え』
 
 木崎は耳を疑った。

(つきあうか……付き合うか? いいよって言った? ほんとに? 夢……?)

 自分が都合のいい解釈をしているのかと、木崎は先ほど小野塚と触れた指先に爪を立てた。もう一度、小野塚の言葉を脳内でリピートしてみたが、信じられなかった。

『……本当に、いいんですか?』
『だからいいって言ってんだろ』

 むすり、として言った後に、小野塚はにっと白い歯を見せた。そんな顔をされてもまだ、小野塚の言葉が信じられなかったが、夢でもいいやと思えた。

『ありがとうございます。……よかった』

 じわじわと心の中に広がっていく暖かな幸福感と高揚感が心地よかった。自分の身体全体に染み渡って、やがて小野塚のように、きらきらと輝きを放ちそうだ。今だったらどこまででも走っていけそうな気がする。高鳴る心臓の音が、走っている時と同じように跳ねて、体を急かす。

(ほんとに、先輩と、恋人になったんだ)

 今までは目の前で話していても遠くの人だと感じていたが、小野塚の瞳の中に自分がいるんだと気づき、ぐっと距離が近くに感じた。
 
 急に緊張がほどけて、じわりと木崎の視界が滲んだ。堪えるまもなく涙が頬を伝って落ちる。慌てて手で押さえようとしたが間に合わなかった。小野塚がぎょっとする。

『え、ちょ、木崎、どうした。大丈夫か?』
『大丈夫です。ありがとうございます。ほっとしたらなんか、すごく嬉しくなって……す、すみません』

 何で謝るんだ、と小野塚は笑った。


 
 昔の告白はシンプルだったなと木崎は思い出す。ごちゃごちゃと理屈を捏ねずに、打算や性欲なんかもなくて、ただ純粋な気持ちのままに伝えていたな、と木崎は遠くを見つめた。
 初デートはどうだったかな、思い出そうとして、かぶりを振る。過去の事はいい。今の小野塚と過ごす一日の方が大事だ。木崎は目の前に集中する。
 デートは近場にできた大型のショッピングモールが主だった。ここならば服や雑貨、書店など様々な店舗が入っているし、映画館や劇場もある。恋人同士になって一ヶ月近くが経とうとしていたが、どこが小野塚の喜ぶ場所か分からない木崎には、選択肢の多いショッピングモールはありがたい場所だった。

「今度、水族館ができるらしいですよ」

 目に入った立て看板には色とりどりの魚や、空中を舞うイルカをバックに、触れ合える水族館、近日オープンと書かれていた。家族や恋人と一緒に、とまで書かれている。

「できたら、一緒に行きましょう」
「……ああ」

 小野塚の返事は素っ気ないものだったが、反応はあった。自分の言葉に耳を傾けてくれている。それだけでも木崎にとっては十分だ。
 店舗を見て回りながら、木崎は、ふと見たガラスケースの中の時計が目に付いた。シンプルなデザインのため、仕事でもプライベートでも使えそうな腕時計は木崎の好みだった。しかし、値札を見て顔をしかめた。簡単に手を出せるような代物ではない。
 同年代の人よりは少し多めに給料を貰っていたが、小野塚と恋人になってから出費は格段に増えた。物欲もあまりなく、給料のほとんどを貯金や投資に回していた木崎だったが、小野塚と過ごす時間のための金なら出し惜しみはしなかった。

「どうかしたか?」

 ガラスケースをのぞき込み、動きを止めた木崎を不思議に思ったのか、小野塚がめずらしく声をかけてきた。木崎の目線をたどり、腕時計の値札を見て、小野塚も眉を寄せた。

「……高いな」
「そうですね。普段使いにいいかなあ、なんて思ったんですけど」

 小野塚が話しかけてくれたことに喜び、木崎はおどけるように肩をすくめた。それから、小野塚の手首に視線を落とした。昔は小野塚も腕時計をしていたことを思い出す。部活でも使える、頑丈でいろいろな機能がついたものだ。その場所にはもう、手首を囲む日焼けの跡すら残っていない。

「先輩は、もう、腕時計しないんですか?」

 木崎の問いに、小野塚は目を逸らし、口を閉ざした。木崎はさっと青ざめた。気分を害してしまったか。過去には触れて欲しくないだろう。

『大学に連絡してみたら、サッカー部を辞めているどころか、勝手に退学までしていて』

 小野塚の母親が言っていた言葉を思い出す。

(そういえば先輩は、何故サッカー部をいきなり辞めてしまったんだろう。もうボールを蹴ることもないのか。生活の中心だったのに)

 木崎もマラソンの大会に出るようなことはしていなかったが、休日、気が向いた時は近場を走ることもあった。小野塚はやらないのだろうか。部屋にサッカー関連の雑誌はあったが、ボールやスパイクは見当たらなかった。

(……先輩のことを何も知らないな。恋人のはずなのに)

 聞いてもいいのだろうかと、木崎は口を開きかけた。恋人なのだから、小野塚のことはなんでも知りたい、知っておきたい。
 だが、恋人として側にいるからこそ、触れてはいけない場所のように感じた。

(恋人同士の距離感が分からない。もっと先輩のことが知りたいのに、核心に触れたら傷付けてしまうかもしれない。だからといって踏み込まなければ、距離は縮まらないままだ。僕は先輩が全てを話してくれるまで、ただ待つことしか出来ないのか……?)

 木崎は何も出来ない自分がひどく無力でもどかしかく思った。秘密も壁も全部取っ払って小野塚と一つになりたかった。

(無理やり暴いてしまえば先輩はまた僕を拒絶し、離れていってしまう。二度も先輩に捨てられてしまったら、僕はどうすればいいんだろう)

 想像しただけで木崎の手は震えた。
 今では、小野塚の存在は木崎の一部になっていた。なくてはならない存在だった。小野塚と別れた後の十年をどう過ごしていたのかさえ、もううまく思い出せない。
 遠くをぼんやりと眺める小野塚を盗み見る。何も知らない恋人のことを。
 いつからかは分からない。身の回りの世話をし、身体を差し出す木崎に、ずっと小野塚が依存していると思っていた。相手がいないと生きられないのは小野塚の方だと。

(依存しているのはきっと、僕の方だ)

 依存していてほしかった。ただの願望だ。
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