終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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11.初デート

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 見慣れない私服姿の小野塚がバス停で待っているのを見ても、木崎はまだ、小野塚が自分の恋人だという現実が夢なのではないかと疑ってしまう。ただ時刻表を見ながら立っているだけなのに見惚れてしまった。
 しばらくその場に立ちすくんでいると、小野塚が木崎に気付き、軽く手を上げた。木崎はハッとして、急いで小野塚のもとへ駆け寄った。

『す、すみませんっ。お待たせてしまって』
『いや、俺も今来たところだから』

 そう言いながら優しく微笑む小野塚を見て、木崎は頬を真っ赤に染めた。きっと耳まで赤くなっていると思い、耳たぶを両手で軽く揉んだ。

(このやり取り……本当に恋人同士みたいだ)

 昨日の早朝、木崎は小野塚に告白した。思わず零してしまった気持ちに、木崎はやってしまったと後悔したが、小野塚の答えは信じられないことにオーケーだった。
 恋人同士になれた余韻を噛みしめていると、小野塚が、
『木崎は、明日予定ある?』
 と、聞いてきた。

『えっ? いや、なにもないです』
『じゃあ、どっか一緒に出かけるか。部活休みだしさ』

 待ち合わせ場所を決めると、『初デートだな』と小野塚ははにかんだ。
 木崎はその顔が頭から離れず、昨日はろくに眠れなかった。今も思い出すだけで自然とにやけてしまう。
 夢心地とはこのことだ。憧れの小野塚を今だけは独り占めしているのだと思うと、幸福感と満足感で満たされ、風船みたいにふわふわと空に飛んでいきそうだった。
 ふたりは小野塚の希望で映画館に入った。上映されているのは、今話題の映画で、木崎も佐伯から話を聞いて気になっていた作品だった。
 並んで座ると、小野塚の気配をものすごく近く感じた。香水か整髪料か、小野塚から爽やかな香りが届く。小野塚が話しかけてくれるが、緊張して、しどろもどろに答えることしかできない。

(思ったより席が近い。さっきからうまく喋れないし、心臓の音、先輩に聞こえるかも……。顔もすごく熱いし、真っ赤になってるの絶対気づかれる。早く、映画早く始まって!)

 焦っていたが、すぐに館内は薄暗くなった。映画が始まると、だんだんと緊張感が緩んで、映画の方に意識を集中することが出来た。美しい自然の風景と壮大な音楽が広がり――。
 そして、木崎の記憶はここで途切れた。

『……――き、木崎』

 気付いた時には、名前を呼ばれながら揺さぶられていた。目を開けると、そこには顔を覗き込む小野塚の姿があった。自分の犯した失態に、木崎はさっと血の気が引くのが分かった。

『すっ、すみません!』
『気持ちよさそうだったな』

 責めるようではなく、小野塚はのんびりと笑っていた。申し訳なさに木崎はこの場から消えたくなった。縮こまりながら、何度も頭を下げることしかできない。

『派手なアクションとかはなかったしな。退屈だったか?』
『い、いえ、そんなことはないです。……ただ昨日、眠れなくて』
『眠れなかった?』
『早く寝ようと思ったんですけど……今日が楽しみで、緊張もしてて……』
(こんなの、遠足前の子どもじゃん)

 じわりと、恥ずかしさに涙がにじんだ。

『そっか、具合悪いとかじゃなくてよかった。そんなに楽しみにしててくれてたんなら嬉しいよ』
『でも……』

 木崎はうなだれた。初めてのデートで、寝てしまうなんてありえない。小野塚も優しい言葉をかけてくれているが、内心呆れていることだろう。

(嫌われたかもしれない。いや、絶対嫌われた……。やっぱ別れるって言われたらどうしよう……)

 ず、と、木崎は鼻をすする。
 落ち込んで、地面に埋まっていきそうなほど肩を落とす木崎の横で、小野塚はしばらく腕を組んで、手を叩いた。

『じゃあ、次はあそこに行こう』

 小野塚が指さした先は、アイスクリーム店だった。

『アイス、おごってくれたらそれでチャラな』
 
 にっ、と小野塚は白い歯を見せた。
 木崎は甘いものはあまり好きではなかった。しかし、小野塚に迷惑をかけた上に、あんなきらきらとした笑顔を見せられたら、断るわけにはいかない。小野塚が自分に気を遣ってくれているのも分かった。
 リクエストされたイチゴ味のアイスを買い、小野塚に渡した。礼を言って受け取るやいなや、小野塚は心底嬉しそうにアイスを口に運んだので、よほど甘い物が好きなのだろう。じっと見ていると、『うまいよ』と眩しい微笑みを向けられた。自分にだけ向けられたものだと考えるだけで舞い上がってしまう。同時に、心の片隅に疑問符が浮かんだ。

(そもそも、先輩はどうして僕の告白をオーケーしてくれたんだろ?)

 容姿も成績も運動神経も至って普通。飛び抜けた才能もなければ、前世からの善行や徳を積んできたわけではない。部活も委員会も違うし、幼なじみでもない。数回話しただけの、後輩だ。
 考えるほど不安になって、木崎はチョコミントの味が分からなくなった。小野塚から『溶けるぞ』と指摘されるまでカップの中をかき混ぜ続けた。
 その後、いろんな店を冷やかして回ったが、木崎は上の空だった。小野塚に話しかけられても、先ほどの疑問が頭によぎって言葉を詰まらせた。
 自分がいかに愚かだったか気づいたのは、店を出てからだ。
『楽しかったなー』と、伸びをする小野塚の背中を見て、木崎は冷や汗をかいた。
 アイスを食べてからの記憶がほとんどない。

(せっかく先輩と一緒に過ごせる時間だったのに、ずっと考えこんじゃってた……! 先輩、たくさん話しかけてくれてたのに、僕、すごく態度も悪かったし、最悪だ……)

『木崎、疲れた? ちょっと休もうか』

 小野塚に誘われ、近くの公園に入った。後悔が木崎の両肩にのしかかり、ベンチに座った瞬間、体が一気に重くなる。小野塚は自動販売機でスポーツドリンクを買って、木崎に差し出した。

『いや、そんな、受け取れませんっ』
『んなこと言うなよ。これは木崎の分。俺も買ったし、二本は飲めないって』
『じゃ、じゃあジュース代を……』
『おいおい、ちょっと先輩を立ててくれ。後輩からは貰えない。かっこ悪いって』
『そう……ですか、なら、いただきます。ありがとうございます……』

 小野塚が隣に座って、自分の分のスポーツドリンクを一気に呷った。上下する喉仏を見ていたが、そんな資格も自分にないような気がする。

『あちこち連れ回して疲れたよな。気づかなくて悪かったな』
『違いますっ、先輩は全然悪くないです。ちょっと、考えごとを……』
『なんかあるなら話してくれよ。無理にとは言わねえけど』
『…………』
『俺はあるよ、木崎と話したいこと。木崎が話さないなら俺の話聞いて』

 そう言って、小野塚は話し始めた。話したいこと、と言われて木崎は身構えたが、小野塚の話はどれも他愛のないものばかりだった。気を遣ってくれたのか、木崎が話しやすいようにしてくれたのかわからないが、小野塚は話し続けた。学校でのエピソード、サッカー部での活躍、中学時代の思い出、休みの日の過ごし方。木崎はもともと話すことが苦手だったし、相手は憧れの小野塚だ。緊張と後悔で戸惑っていた木崎だった、小野塚がうまく話を繋いでくれたので、気まずい沈黙もなかった。次第に木崎の沈んでいた気持ちも軽くなっていった。

(先輩、学校も部活もすごく楽しそう。想像通りのところも、意外なところもいっぱい聞けて今、すごい幸せだな。先輩の話もっと聞きたい。先輩のこと、もっと知りたいな)

 中学の体育祭では応援団長をやったこと、一年のとき文化祭のお化け屋敷で子供を泣かせてしまったこと、この前のテストで回答欄がずれていたのに途中で気づいて焦ったこと、小野塚のどんな些細な出来事も、木崎は覚えた。

『……――んで、結局その後、合宿じゃリフティング早食い競争は中止になって――おっ』

 声を上げた小野塚の視線の先を追う。植え込みの影に、誰かの忘れ物らしいボールが転がっているのに気づいた。小野塚がボールを取りに行く。左足で器用にボールを浮かせてキャッチした。

『木崎、ちょっと蹴らねえ?』
『え、でも、僕球技とか全然できないですし』
『へーきへーき、俺教えるし。やろ?』

 と、小野塚は木崎に向かってボールを蹴った。木崎は慌てて立ち上がり、バタバタしながらもなんとか右足でボールを止めた。
 それからふたりでボールを蹴り合った。木崎がどんなに横に大きく逸らしても、小野塚は笑いながら受け止めた。蹴り方を教えてもらい、リフティングを見せてもらった。遊具が長い影を伸ばすまで二人で過ごした。

(この時間がずっと続けばいいのに。先輩がずっと、恋人でいてくれたら……)

 楽しい時間の分だけ、喉に引っかかっている問いが息苦しくなった。 

『木崎?』

 急に俯いてしまった木崎に、小野塚が気遣わしげに声をかける。
こんな気持ちのまま過ごすのは、小野塚にも失礼だ。木崎は意を決して口を開いた。

『……あの、先輩はどうして、その……僕と、付き合ってくれたんですか?』

 ずっと聞きたかった。理由がわからなくて不安だった。木崎はこぶしをにぎり、ごくりと喉を鳴らす。
 小野塚は、んー、としばらく宙を見つめて答えた。

『特別な感じがしたから』
『とくべつ?』
『そうだな……うまく説明できないな。木崎が告白してきたときは正直、木崎のことそんな目で見たことなかったけど、嬉しかったのはほんと。木崎と話す機会も多かったわけじゃないけど楽しかったし。いっしょにいたらもっと楽しいだろうなって思えた。実際、今日もすごく楽しかったし。……っていう答えでいいか? なんかうまくまとまんなかったけど』
『そんなっ、十分です。ありがとうございます』

 ぐだぐだ悩んでいたことなんか簡単に消し飛んでしまった。小野塚が考えて言葉にしてくれただけでも満足だ。体中が熱くなって、指先が痺れるほどの幸福を覚えた。

『また予定合わせてどっか行こうぜ』
『また、いっしょに出かけてもらえるんですか?』
『当たり前だろ。付き合ってんじゃん俺たち。デートしよ。ほら、木崎、パス』
『えっ、わわっ』

 躓きながら取り損ねたボールを追いかける。木崎、と名前を呼ぶ小野塚の声が、ずっと頭から離れなかった。

(特別……。先輩の特別になれたなんて幸せすぎる。それにまたデートしよって言ってくれた。すごい、本当に先輩と付き合ってるんだ。こんなに幸せだなんて夢みたいだけど、やっぱ夢じゃ嫌だ)

 この日の夜、木崎は、いつも学校で見るのとは違う小野塚の姿が瞼の裏に焼き付いて、まともに眠れなかった。このまま不眠症になるかもしれない。が、一晩中ベッドの上を転がりながら、小野塚のことを考えていられる不眠症なら大歓迎だった。
 高校生活が、がらりと変わった気がした。今までもそれなりに楽しかったが、小野塚と付き合っていると考えると、苦手な世界史も長い校長先生の話も掃除当番も、すべてが鮮やかに華やいで見えた。
 初めてサッカー部の試合を見に行った日に小野塚と撮った写真は佐伯にもらっていた。百均で買ってきた写真立てに入れて、机の上に飾ってみた。しばらく眺めていたが、恥ずかしくて結局、引き出しの中にそっとしまった。
 小野塚は木崎を見つけるたび、片手を挙げ、微笑んだ。それだけで心拍数が跳ね上がった。部活中、目が合うことも増えた。陸上部の仲間に、『最近小野塚先輩と仲いいよね』と言われるたび、木崎はにやける口元を隠すのに苦労した。
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