終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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17.旅行

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 その後も池永と過ごす時間は変わらなかった。小野塚はサッカー部と離れてから周りに親しい人間がいなくなった。講義が一緒になれば挨拶を交わすくらいの人はいるが、休日まで一緒に過ごす相手はいなかった。高校時代の仲間とも会うのが気まずくて疎遠になった。
 自然と、池永とばかり過ごすようになった。

『俺なんかより、好きな相手と過ごした方がいいんじゃないのか』
『いいんです』

 心配して小野塚が声をかけても、池永は首を横に振るばかりだった。
 池永とはいろんなところへ行った。夜はバーや居酒屋に行くことも多くなったが、池永は酒を飲むのが好きな割には弱いのか、飲むとすぐに酔ってしまった。そして酔うと池永は、小野塚に甘えるように身体を寄せてきた。その度に小野塚は、寄りかかってくる池永になんともいえない居心地の悪さを感じていたが、仕方がないかと深くは気にしなかった。だが、その頻度は日増しに増えていった。池永との距離感が友人としては近すぎるように感じ始めていた。
 ある日、学食で小野塚はしょうが焼き定食を、池永は日替わり定食を食べていた。池永がじっと小野塚のしょうが焼きを見ていた。『一口、もらってもいいですか』と聞いてきたので、小野塚は池永の皿に移した。

『先輩も一口どうですか。お返しに』
『ん、じゃあ、もらおうかな』

 小野塚がそう言うと、池永はハンバーグを箸で掴み、小野塚の顔の前に差し出した。直接、小野塚の口に運ぼうとしているかのようだ。その行動に驚いて断った。
『冗談ですよ。すみません』と池永は笑った。
 そのようなことがたびたびあった。小野塚が避けると池永は、『冗談ですよ』と笑った。
 二人で過ごす時間も増えた。スキンシップも過剰になった気がする。夜、二人で飲みに行くことも多くなった。酔うたびに、池永は小野塚の身体に身を寄せた。
 冬休みになってからも、池永と過ごしていた。年末年始も帰省するつもりはなかった。親には無断でサッカー部を辞めている。高校時代に活躍し、将来に期待していた分、両親の失望は大きいだろう。連絡が来ても、忙しいから、と断わった。
 年明け。ファミレスで、実家に帰っていた池永と久しぶりに食事をとることにした。互いに新年の挨拶を済ませると、運ばれてきた定食を食べながら池永は、『旅行に行きませんか』と誘ってきた。

『旅行? 二人でか?』
『いえ、俺の友人も一緒に。男二人と女二人なんですけど、カップルなんです』

 そういうと、池永は盛大にため息をついて、肩を落とした。

『なんか、行きたい旅館が結構分かりにくい所にあるらしくて、俺が行ったことあるって言ったら連れていけって言うんですよ。車で。自分たちは免許持ってないから、運転手にしようと思っているんですよ! ひどくないですかっ?』
『そうだな。ひどいな』

 話しながら熱が入っていく池永に気圧されながらも、小野塚はなだめるように共感してみせる。池永は言ったら落ち着いたのか、申し訳なさそうに頭を下げた。

『すいません、愚痴みたいになっちゃって』
『いや、いいよ。気にすんな』

 小野塚は苦笑しながら手を振った。

『それで、免許持っている俺についてってほしいのか?』

 池永は慌てて首を横に振った。

『そういうつもりで言ったんじゃないんです。先輩が免許持っているって話も今知りましたし……ただ、カップルの中に一人っていうのも、気まずくて』
『ああ、そういうことか。俺でよかったら行くよ。運転手も二人いたほうがいいだろ』
『いえ、それはいいんです。俺、運転するの好きですし』

 池永は嬉しそうに笑顔を見せた。

『ただ、俺がついてきてほしかっただけですから』



 近頃は池永と二人で過ごすことが多かった小野塚は、大人数で、しかも知らない人の中に入るのはどうだろうと不安だったが杞憂だった。面識のない先輩の小野塚とも、四人はすぐに意気投合し、車中は終始にぎやかな雰囲気だった。
 友人の話から、地元の話になると、高校時代の話になった。小野塚は内心、焦った。 
 高校生活自体は思い出深いものだった。サッカー部でも活躍した。優勝はできなかったものの、最後の大会では全国大会まで進むことができた。
 木崎のことも思い出す。高校生活三年間のうちの、ほんの数ヶ月だったものの、色濃く残っている。別れは苦々しい思い出となってしまったが、幸せな経験もあったのだ。しかし、今はどちらにも触れてほしくなかった。サッカーはもう辞めてしまっていたし、木崎は男だ。
 小野塚の不安をよそに、話は進む。そのうちに、男の一人がサッカーの話をし始めた。小野塚は体を強張らせたが、案の定、男は言った。

『池永も高校の時サッカーやってたんだよな。そういえば、小野塚先輩も経験者ですっけ?』
『……ああ、まあね』

 自然と握られた手のひらには、じっとりと汗をかいていた。

(曖昧な返事で濁していいのか? でもそれだと、この雰囲気が悪くなってしまうよな。いっそ全て笑い話にしてしまえば……。いや)

 結局は笑い話になどできなかった。自らサッカーを諦めたとはいえ、人生の大部分を占めていたものを簡単に切り捨てることもできなかった。
 男は感嘆の声を上げる。

『かっこいいっすね。有名だったんでしょ? うちの大学でも――』
『おい! お前ら』

 いきなり池永が声を上げた。あまりにも突然のことで、男も話すことを止めて池永を見た。

『無駄話ばかりしていると景色見逃すぞ。さっきだって鹿見たし』
『えっ! まじか、どこいんだよ』

 四人はすっかり小野塚と話していたことを忘れて、窓に額を貼り付けていた。看板に鹿の絵が描いてあるからといって、ひょいひょい鹿が出るわけでもないと思うのだが、四人はしばらく窓の外に目を凝らしていた。
 助けてくれたのだろうか。運転席のほうに目を向けると、池永がにっと笑った。



 日が暮れる前に旅館に到着した。奥まった田舎町にあり、確かに道中何度か迷ったものの、達成感があった。こぢんまりした旅館だったが、澄んだ空気と落ち着いた雰囲気が心地よい旅館だった。

『先輩は、俺と同じ部屋でいいですか?』

 池永が聞いてきた。あの四人は恋人同士で同じ部屋に泊まるのだろう。わざわざ、確認しなくてもいいだろうに、と小野塚は頷いた。
 部屋にそれぞれ荷物を運び入れたあと、全員で旅館の周りを散策した。その後、温泉につかり、食事をとることにした。宴会用の広間が何室かあるらしい。
 一泊する予定だったので、全員が羽目を外し、酒を飲み、騒いでいた。旅館に迷惑ではと思いながらも、こんな大学生らしいにぎやかな空気は久しぶりだった。池永も強くはないくせに周りにつられて、飲んでいた。そしていつも通り、小野塚に寄りかかってくる。

『なんか、二人って恋人同士みたいだね』

 女子二人が、小野塚と池永を指さし、甲高い声でけらけらと笑っていた。小野塚は居心地の悪さを感じながらも、そうかな、と引きつった笑みを返した。はたから見ればやはり、そう見えるのだ。そして、それは笑える話になるのだ。
 しばらくして宴会はお開きとなり、それぞれ自分たちの部屋へと帰っていった。小野塚も池永を背負うようにして自分の部屋へと向かった。
 従業員が敷いていた布団に寝かせようと、池永を下ろそうとした時だった。突然、小野塚の視界が回った。何が起こったのか分からない。池永の腕を肩から外そうとして、バランスを崩したわけではなかった。

『池永……?』

 池永の顔が目の前にあるのを見て、押し倒されている、ということに気付いた。
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