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頼もしい人
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肩を並べて夕方の駅を歩くその自然さは何故なのか。楽しそうに夕飯について話している彼を見上げ、私は何ともいえない複雑な心持ちだった。
友人が穂村さんを前に固まっていたのは、何も彼の顔がいいとかそれだけの理由ではないらしい。彼女がしばしの絶句の後に絞り出した感想は一言、「生きてたの?」だったのだ。友人は蓮さんのことを多少なりとも知っていて、何度か顔も合わせている。そんな「見慣れてはいないけれど何となく容姿の記憶がある」という彼女には蓮さん本人に見えたのだそうだ。
そう、彼はやはり蓮さんに似ている。常に口元に浮かんでいる微笑も、そっと細めるその眼差しも、はきはきと話すその声色も……一緒にいればいるほどあの人の面影を見てしまって、似ているというだけで絆されつつある自分がいるのは確かだ。
今後どうなってしまうのだろう、とぼんやり考えているうちに交番に差し掛かり、外にいた篠原さんの同僚に挨拶をする。その時制服姿の篠原さんがひょっこりと現れ、いつもの朗らかさを口元に浮かべた。
「宮坂さん、伊築君、二人ともお疲れ様です。二人揃っているところ申し訳ないのですが……宮坂さん、少しいいですか? いつものお弁当のお礼にと思ってケーキを買ってきたのですが買いすぎてしまって、どのケーキがいいか選んでいただきたいのです」
全部だと流石に重そうなので、と頰をかく篠原さんに、私も自然と口元を緩めた。
「伊築君はここで待っていてもらってもいいかな?」
「———ええ、もちろんですよ。緋鞠、ゆっくり選んでおいで」
当然のように待つ姿勢の穂村さんを横目に、篠原さんの案内で交番内に入る。そして何の迷いもなくカウンターの椅子に座ろうとすると、「こちらへどうぞ」とさらに奥へと通された。そして、奥の部屋への扉が閉められて穂村さんが完全に見えなくなってから、篠原さんは問い質す時の目になって私に向き合った。
「宮坂さん、何かありましたよね?」
「な、何かって?」
「伊築君のことです。最近知り合ったにしては彼が馴れ馴れしいですし、何より宮坂さんの表情が硬いです。無理して笑っていても分かりますから、隠さず話してください」
「篠原さん……」
今そんなことを言われては、堪えられるものも堪えられなくなる。現に私の視界は瞬く間に霞み、口からは自然と嗚咽が漏れた。この人はどうして分かるのだろう。どんなに取り繕い隠そうとしても、いつでもこの人には見抜かれる。この人だけは、気がついてくれる。
「大丈夫、ゆっくりでいいですから。そうだ、ケーキは本当に買ってありますから、食べながらでもいいですよ?」
わざと軽い調子で言った篠原さんに思わず口の端が上がり、小さく頷きを返した。
「とりあえず、伊築君に帰るよう伝えて来ますね。少しだけ待っていてください」
私を部屋の一番奥の椅子に座らせてから、篠原さんだけが部屋を出ていく。それでも宣言通り時間はかけず、すぐに戻って来てくれた。その足で部屋にあった冷蔵庫を開け、大きな箱を取り出した。
「ほらね、買いすぎたのは本当なんです」
どれにしますか、と私に問いながら開けた箱の中には、たしかに色々な種類のケーキが詰まっていた。これを全部食べたいと言ったら、篠原さんはどんな顔をするのだろう。
「モンブランがいいです」
「やっぱりそれですか。モンブランがお好きだということだけは、何となく覚えていましたよ。買っておいてよかったです」
少し得意げに笑い、モンブランを紙皿に載せて差し出してくれた。
「どうぞ、食べてください」
「ありがとうございます、いただきます」
用意してくれたモンブランは程よく甘く、栗の味が際立っていた。私が好きなモンブランの味だ。
「美味しいです」
「それは何よりです」
私の前の席に腰掛けた篠原さんは飲み物すら飲まず、ただじっと私が食べ終わるのを待ってくれた。そしてその一つを私が食べ終わると、一旦紙皿を脇に避けてから、もう一度真剣な目に戻って背筋を伸ばした。
「それでは改めて、伊築君と何があったのか伺いますね。まず、彼とはいつどこで会ったのですか?」
「あの人と初めて会ったのは、昨日、私の家で、です」
「……どういうことですか?」
それはそうだ、こういう反応になるに決まっている。一体誰が「帰ったら部屋の中に知らない人がいた」などという事態を瞬時に理解できるというのだろう。私はなるべく感情を押し殺し、ただ淡々と昨日からの出来事を篠原さんに打ち明けた。私の話を聞いていた篠原さんの顔が段々と険しくなっていったのは言うまでもない。
「———それで、今一緒に帰って来ていたと。なるほど」
今朝方の自身の発言、「度を越して絡むことがある」が現実となったことに篠原さんが頭を抱え、小さくため息をついた。
「絡むとか、そういう次元の話ではありませんね。宮坂さん、貴女のことは俺が何としても護りますから安心してください。今日のところは自宅に戻らず、近くのホテルで部屋を探しましょう。俺も宮坂さんの隣の部屋に泊まって警護します」
「そんな、そこまでしていただくわけにはいきません」
「すみません、俺が側にいるのも嫌かもしれませんが、宮坂さんを一人にするわけにはいきませんから許してください」
「そういう意味ではないのですが」
家までの送迎ならまだしも——それですら申し訳ないけれど——夜通しの護衛など勤務時間外の警官に、個人的に頼んで良いことではない。
「あまりに申し訳なくて、そんなことはお願いできません」
「宮坂さん、度々言っていますが、宮坂さんの安全を護ることは穂村さんから託された使命です。どうかあの人との約束を守らせてください」
その言い方はずるい。蓮さんとの約束などと言われては断れるわけがない。
「……いつもすみません。よろしくお願いします」
「すみませんなどと言わないでください、これは俺のわがままですから。伊築君の方は明日中に対処します」
「篠原さん……ありがとうございます」
蓮さんが自分の代わりにと遺してくれたこの頼もしい存在に私があげられるのは、お礼の言葉とお弁当くらいだ。
「明日は無理ですが、部屋に戻れて料理ができるようになったら、またお弁当を持って来ますね」
「ありがとうございます、楽しみにしています」
昨日から続いた嫌な緊張がほぐれ、心から笑みがこぼれる。今の私には、その瞬間が随分と久しぶりに感じた。
友人が穂村さんを前に固まっていたのは、何も彼の顔がいいとかそれだけの理由ではないらしい。彼女がしばしの絶句の後に絞り出した感想は一言、「生きてたの?」だったのだ。友人は蓮さんのことを多少なりとも知っていて、何度か顔も合わせている。そんな「見慣れてはいないけれど何となく容姿の記憶がある」という彼女には蓮さん本人に見えたのだそうだ。
そう、彼はやはり蓮さんに似ている。常に口元に浮かんでいる微笑も、そっと細めるその眼差しも、はきはきと話すその声色も……一緒にいればいるほどあの人の面影を見てしまって、似ているというだけで絆されつつある自分がいるのは確かだ。
今後どうなってしまうのだろう、とぼんやり考えているうちに交番に差し掛かり、外にいた篠原さんの同僚に挨拶をする。その時制服姿の篠原さんがひょっこりと現れ、いつもの朗らかさを口元に浮かべた。
「宮坂さん、伊築君、二人ともお疲れ様です。二人揃っているところ申し訳ないのですが……宮坂さん、少しいいですか? いつものお弁当のお礼にと思ってケーキを買ってきたのですが買いすぎてしまって、どのケーキがいいか選んでいただきたいのです」
全部だと流石に重そうなので、と頰をかく篠原さんに、私も自然と口元を緩めた。
「伊築君はここで待っていてもらってもいいかな?」
「———ええ、もちろんですよ。緋鞠、ゆっくり選んでおいで」
当然のように待つ姿勢の穂村さんを横目に、篠原さんの案内で交番内に入る。そして何の迷いもなくカウンターの椅子に座ろうとすると、「こちらへどうぞ」とさらに奥へと通された。そして、奥の部屋への扉が閉められて穂村さんが完全に見えなくなってから、篠原さんは問い質す時の目になって私に向き合った。
「宮坂さん、何かありましたよね?」
「な、何かって?」
「伊築君のことです。最近知り合ったにしては彼が馴れ馴れしいですし、何より宮坂さんの表情が硬いです。無理して笑っていても分かりますから、隠さず話してください」
「篠原さん……」
今そんなことを言われては、堪えられるものも堪えられなくなる。現に私の視界は瞬く間に霞み、口からは自然と嗚咽が漏れた。この人はどうして分かるのだろう。どんなに取り繕い隠そうとしても、いつでもこの人には見抜かれる。この人だけは、気がついてくれる。
「大丈夫、ゆっくりでいいですから。そうだ、ケーキは本当に買ってありますから、食べながらでもいいですよ?」
わざと軽い調子で言った篠原さんに思わず口の端が上がり、小さく頷きを返した。
「とりあえず、伊築君に帰るよう伝えて来ますね。少しだけ待っていてください」
私を部屋の一番奥の椅子に座らせてから、篠原さんだけが部屋を出ていく。それでも宣言通り時間はかけず、すぐに戻って来てくれた。その足で部屋にあった冷蔵庫を開け、大きな箱を取り出した。
「ほらね、買いすぎたのは本当なんです」
どれにしますか、と私に問いながら開けた箱の中には、たしかに色々な種類のケーキが詰まっていた。これを全部食べたいと言ったら、篠原さんはどんな顔をするのだろう。
「モンブランがいいです」
「やっぱりそれですか。モンブランがお好きだということだけは、何となく覚えていましたよ。買っておいてよかったです」
少し得意げに笑い、モンブランを紙皿に載せて差し出してくれた。
「どうぞ、食べてください」
「ありがとうございます、いただきます」
用意してくれたモンブランは程よく甘く、栗の味が際立っていた。私が好きなモンブランの味だ。
「美味しいです」
「それは何よりです」
私の前の席に腰掛けた篠原さんは飲み物すら飲まず、ただじっと私が食べ終わるのを待ってくれた。そしてその一つを私が食べ終わると、一旦紙皿を脇に避けてから、もう一度真剣な目に戻って背筋を伸ばした。
「それでは改めて、伊築君と何があったのか伺いますね。まず、彼とはいつどこで会ったのですか?」
「あの人と初めて会ったのは、昨日、私の家で、です」
「……どういうことですか?」
それはそうだ、こういう反応になるに決まっている。一体誰が「帰ったら部屋の中に知らない人がいた」などという事態を瞬時に理解できるというのだろう。私はなるべく感情を押し殺し、ただ淡々と昨日からの出来事を篠原さんに打ち明けた。私の話を聞いていた篠原さんの顔が段々と険しくなっていったのは言うまでもない。
「———それで、今一緒に帰って来ていたと。なるほど」
今朝方の自身の発言、「度を越して絡むことがある」が現実となったことに篠原さんが頭を抱え、小さくため息をついた。
「絡むとか、そういう次元の話ではありませんね。宮坂さん、貴女のことは俺が何としても護りますから安心してください。今日のところは自宅に戻らず、近くのホテルで部屋を探しましょう。俺も宮坂さんの隣の部屋に泊まって警護します」
「そんな、そこまでしていただくわけにはいきません」
「すみません、俺が側にいるのも嫌かもしれませんが、宮坂さんを一人にするわけにはいきませんから許してください」
「そういう意味ではないのですが」
家までの送迎ならまだしも——それですら申し訳ないけれど——夜通しの護衛など勤務時間外の警官に、個人的に頼んで良いことではない。
「あまりに申し訳なくて、そんなことはお願いできません」
「宮坂さん、度々言っていますが、宮坂さんの安全を護ることは穂村さんから託された使命です。どうかあの人との約束を守らせてください」
その言い方はずるい。蓮さんとの約束などと言われては断れるわけがない。
「……いつもすみません。よろしくお願いします」
「すみませんなどと言わないでください、これは俺のわがままですから。伊築君の方は明日中に対処します」
「篠原さん……ありがとうございます」
蓮さんが自分の代わりにと遺してくれたこの頼もしい存在に私があげられるのは、お礼の言葉とお弁当くらいだ。
「明日は無理ですが、部屋に戻れて料理ができるようになったら、またお弁当を持って来ますね」
「ありがとうございます、楽しみにしています」
昨日から続いた嫌な緊張がほぐれ、心から笑みがこぼれる。今の私には、その瞬間が随分と久しぶりに感じた。
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