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再会の章
溺愛者の帰還
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太陽が空を紅く染め切った頃、真静達は動物園の退場門をくぐった。可愛らしい動物をたっぷり見られたとあって、真静は随分上機嫌だ。
「今日はありがとうございました。私が観たいものばかり見せてもらったばかりか、こんな可愛いものまで……」
真静の腕の中でつぶらな瞳を輝かせているのは、要真から贈られたパンダのぬいぐるみだ。最初は袋に入っていたのだが、幼児くらいは大きさがあり、しかもふわふわだったため、駅までは抱き抱えて行くことにした。
美女が満面の笑みでぬいぐるみを抱き抱えている光景に道行く人の目がたまに向けられるのだが、その視線も気にならないほど真静の気分は高揚している。
では彼はどうかというと、彼もまた、真静の姿に釘付けだった。
ぬいぐるみを抱える美女の絵、これは今日にでもデッサンを仕上げねば。
そんなことを隣人が考えているとは真静は露ほども思っていない。
「佐成さんが楽しんでくれてよかった」
そう言って微笑まれ、真静の目が少し不安げな色を浮かべる。
「私ばかり楽しんでしまって、倉瀬さんは、楽しめましたか……?」
「もちろんだよ。久々に大満足の外出ができた」
真静の絵になる姿ばかりを見られたのに、要真が楽しくなかったわけがない。
「そう、ですか。それなら大満足です」
そんなやりとりをしているうちに、二人は駅に入った。相変わらず駅の中には人が溢れている。他人の肩とぶつかって危うくパンダを落としそうになり、真静は両腕でしっかりとそれを抱え直した。これでパンダは安全だろう。
しかし、そのせいで要真は真静と手を繋ぐことができなくなった。
「……恨めしい」
ぼそりと呟いた言葉は真静には伝わらず、キョトンとした顔で見つめられる。
「佐成さん、パンダは俺が持つよ。佐成さんははぐれないようにして」
有無を言わせずにパンダを引き取り、片腕に抱き込む。空いた片手は真静のそれとしっかり繋いだ。恥ずかしいと言われても、はぐれるよりはずっとマシだから我慢してもらいたい。
「こっちから行こう」
比較的人通りの少ない方へ歩みを進めれば、彼女は繋がれた手を真っ赤な顔で見つめながら付いてきた。抗議するのは諦めているらしい。
真静を家まで送る気充分にホームに向かう。まさかそれが叶わなくなるとは夢にも思わずに。
それは突然だった。エスカレーターでホームに降り、二人で電車を待っているとき、大きな呼び声がホームに響き渡った。
「真静ー!」
興奮で裏返った男声。それが聞こえた瞬間に真静が勢いよく振り向き、かと思えば何者かに抱きしめられた。細身の黒スーツに身を包んだ、いかにもサラリーマンといった風の男だ。怪しい。
「真静、やっぱりお前だったか! 久しぶりだなあまったくこんなところで会うなんて神様のお恵みか!」
「え、あの……」
困惑気味の真静だが、特に恐怖心などがある様子はない。
真静を唐突に抱きしめた男は興奮しながら腕の拘束を緩め、真静と向き合ったかと思うとまた抱きしめた。
「なんだなんだ益々美人になっているじゃないか! さすがは俺の真静だ!」
「……俺の?」
それは聞き捨てならない、と静観していた要真が声を上げる。と、彼の声に反応した真静が男を強引に引き離した。
「も、もう放して、お兄ちゃん!」
「……お兄、ちゃん?」
まさかの真静の血縁の登場に、要真はらしくなく目を点にしてしまった。まさかあの姉以外にも強固な壁が存在したとは。
「なんだ、久々の再会じゃないか。もっと抱きしめさせてくれても、」
「たしかに久々だけれど、場所を考えて! 今は倉瀬さんだっているのに!」
「倉瀬?」
一瞬前までの興奮はどこへやら、一気に冷え切った声と顔が要真に向く。
中性的な美形に、真静と揃いの黒檀の短い髪。どこから見ても、誰が見ても美男と思うに違いない。きっと要真の兄より人気がある。
変態じみた行動のくせに無駄に顔がいいけど冷めているんですね……と口からでかかり、なんとか呑み込んだ。
「……あなたが、倉瀬さんですか?」
先程とは打って変わり冷静かつ冷徹な雰囲気の彼に問われ、要真は真顔で彼を見据えた。
「はい、倉瀬要真と申します。よろしくお願い致します」
軽く一礼をしたものの、初対面の際の姉のように表情を和らげることはなさそうだ。
「倉瀬要真さん、ですか。私は佐成巧(たくみ)と申します。……して、あなたは妹とどういった関係で?」
真静の兄、巧の目がチラリとパンダに向く。もしやと思ってるに違いない。
「真静さんとはお友達付き合いをさせてもらっています。僕の絵を気に入ってくれたのが縁でして」
「ほう、それはそれは」
「……」
なんだろう。大企業の社長を前に就職面接でもしている気分だ。とても冷ややかな雰囲気が漂いまくっている。
「あのう、お兄ちゃん。それより、イギリス帰りの荷物はどうしたの?」
張り詰めた空気を紛らわそうとするように二人の間に真静が顔を出す。
巧は一瞬キョトンとしたあと、目に見えて顔を青くした。
「ホームに置いてきた。と、取ってくるから待っていてくれ。一緒に帰ろう!」
「ホーム……」
駆け出した兄を見送り、はてと二人で向かいのホームに目をやる。と、そこには持ち主を失い寂しげに佇む、黒いスーツケースがあった。絶対あれだ。
少し待っているとそのホームに巧が現れ、スーツケースを何事もなかったかのように回収した。そしてまた少し。平然として兄が戻ってきた。
「お待たせ!」
「え、えと……」
真静は要真が家まで送ってくれる気満々であると承知していたが故に、とても気まずかった。
どうしたものか、と彼を見れば、要真はにこやかに真静を見つめていた。
「僕はここで失礼するよ。今日は特別展に付き合ってくれてありがとう」
「そんな、こちらこそありがとうございました」
「また一緒に出かけようね。それじゃ」
失礼します、と巧に一礼して立ち去る要真を、真静は姿が見えなくなるまで見送った。少し一緒に帰れないのは残念だったが、そんなことを兄の前では言えない。現に兄は、見送りをする妹の横で早く構ってくれと言わんばかりの目をしていたのだった。
「今日はありがとうございました。私が観たいものばかり見せてもらったばかりか、こんな可愛いものまで……」
真静の腕の中でつぶらな瞳を輝かせているのは、要真から贈られたパンダのぬいぐるみだ。最初は袋に入っていたのだが、幼児くらいは大きさがあり、しかもふわふわだったため、駅までは抱き抱えて行くことにした。
美女が満面の笑みでぬいぐるみを抱き抱えている光景に道行く人の目がたまに向けられるのだが、その視線も気にならないほど真静の気分は高揚している。
では彼はどうかというと、彼もまた、真静の姿に釘付けだった。
ぬいぐるみを抱える美女の絵、これは今日にでもデッサンを仕上げねば。
そんなことを隣人が考えているとは真静は露ほども思っていない。
「佐成さんが楽しんでくれてよかった」
そう言って微笑まれ、真静の目が少し不安げな色を浮かべる。
「私ばかり楽しんでしまって、倉瀬さんは、楽しめましたか……?」
「もちろんだよ。久々に大満足の外出ができた」
真静の絵になる姿ばかりを見られたのに、要真が楽しくなかったわけがない。
「そう、ですか。それなら大満足です」
そんなやりとりをしているうちに、二人は駅に入った。相変わらず駅の中には人が溢れている。他人の肩とぶつかって危うくパンダを落としそうになり、真静は両腕でしっかりとそれを抱え直した。これでパンダは安全だろう。
しかし、そのせいで要真は真静と手を繋ぐことができなくなった。
「……恨めしい」
ぼそりと呟いた言葉は真静には伝わらず、キョトンとした顔で見つめられる。
「佐成さん、パンダは俺が持つよ。佐成さんははぐれないようにして」
有無を言わせずにパンダを引き取り、片腕に抱き込む。空いた片手は真静のそれとしっかり繋いだ。恥ずかしいと言われても、はぐれるよりはずっとマシだから我慢してもらいたい。
「こっちから行こう」
比較的人通りの少ない方へ歩みを進めれば、彼女は繋がれた手を真っ赤な顔で見つめながら付いてきた。抗議するのは諦めているらしい。
真静を家まで送る気充分にホームに向かう。まさかそれが叶わなくなるとは夢にも思わずに。
それは突然だった。エスカレーターでホームに降り、二人で電車を待っているとき、大きな呼び声がホームに響き渡った。
「真静ー!」
興奮で裏返った男声。それが聞こえた瞬間に真静が勢いよく振り向き、かと思えば何者かに抱きしめられた。細身の黒スーツに身を包んだ、いかにもサラリーマンといった風の男だ。怪しい。
「真静、やっぱりお前だったか! 久しぶりだなあまったくこんなところで会うなんて神様のお恵みか!」
「え、あの……」
困惑気味の真静だが、特に恐怖心などがある様子はない。
真静を唐突に抱きしめた男は興奮しながら腕の拘束を緩め、真静と向き合ったかと思うとまた抱きしめた。
「なんだなんだ益々美人になっているじゃないか! さすがは俺の真静だ!」
「……俺の?」
それは聞き捨てならない、と静観していた要真が声を上げる。と、彼の声に反応した真静が男を強引に引き離した。
「も、もう放して、お兄ちゃん!」
「……お兄、ちゃん?」
まさかの真静の血縁の登場に、要真はらしくなく目を点にしてしまった。まさかあの姉以外にも強固な壁が存在したとは。
「なんだ、久々の再会じゃないか。もっと抱きしめさせてくれても、」
「たしかに久々だけれど、場所を考えて! 今は倉瀬さんだっているのに!」
「倉瀬?」
一瞬前までの興奮はどこへやら、一気に冷え切った声と顔が要真に向く。
中性的な美形に、真静と揃いの黒檀の短い髪。どこから見ても、誰が見ても美男と思うに違いない。きっと要真の兄より人気がある。
変態じみた行動のくせに無駄に顔がいいけど冷めているんですね……と口からでかかり、なんとか呑み込んだ。
「……あなたが、倉瀬さんですか?」
先程とは打って変わり冷静かつ冷徹な雰囲気の彼に問われ、要真は真顔で彼を見据えた。
「はい、倉瀬要真と申します。よろしくお願い致します」
軽く一礼をしたものの、初対面の際の姉のように表情を和らげることはなさそうだ。
「倉瀬要真さん、ですか。私は佐成巧(たくみ)と申します。……して、あなたは妹とどういった関係で?」
真静の兄、巧の目がチラリとパンダに向く。もしやと思ってるに違いない。
「真静さんとはお友達付き合いをさせてもらっています。僕の絵を気に入ってくれたのが縁でして」
「ほう、それはそれは」
「……」
なんだろう。大企業の社長を前に就職面接でもしている気分だ。とても冷ややかな雰囲気が漂いまくっている。
「あのう、お兄ちゃん。それより、イギリス帰りの荷物はどうしたの?」
張り詰めた空気を紛らわそうとするように二人の間に真静が顔を出す。
巧は一瞬キョトンとしたあと、目に見えて顔を青くした。
「ホームに置いてきた。と、取ってくるから待っていてくれ。一緒に帰ろう!」
「ホーム……」
駆け出した兄を見送り、はてと二人で向かいのホームに目をやる。と、そこには持ち主を失い寂しげに佇む、黒いスーツケースがあった。絶対あれだ。
少し待っているとそのホームに巧が現れ、スーツケースを何事もなかったかのように回収した。そしてまた少し。平然として兄が戻ってきた。
「お待たせ!」
「え、えと……」
真静は要真が家まで送ってくれる気満々であると承知していたが故に、とても気まずかった。
どうしたものか、と彼を見れば、要真はにこやかに真静を見つめていた。
「僕はここで失礼するよ。今日は特別展に付き合ってくれてありがとう」
「そんな、こちらこそありがとうございました」
「また一緒に出かけようね。それじゃ」
失礼します、と巧に一礼して立ち去る要真を、真静は姿が見えなくなるまで見送った。少し一緒に帰れないのは残念だったが、そんなことを兄の前では言えない。現に兄は、見送りをする妹の横で早く構ってくれと言わんばかりの目をしていたのだった。
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