画家と天使の溺愛生活

秋草

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出逢いの章

天使を知った

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 彩愛との約束の日。真静は彩愛達美術部員の美術展参加を補助するべく、美術部よりも早く会場入りした。後続の入場、作品の搬入、そして展示に必要な手続きは早々に済ませた。これで後の作業が円滑に進むだろう。
 与えられた展示スペース内で人数分の通行証を確認しているところに彩愛から美術部到着の報せが入り、真静は通行証の束片手に急いだ。
出入口ですれ違った他校の美術部が運び込んだ作品に気になるものがあったが、そのときはそれきりだった。


 真静の抜かりない準備のおかげで、彩愛達は搬入及び展示を早めに済ませられた。
「本当にありがとう、真静! 遅刻気味だったから、すごく助かったよ!」
 そう言って彩愛に抱きつかれたのは、他校の作品を見て回っているときだ。予定より早く作業が終わったため、顧問の先生から見学許可が下りたのである。
 真静に抱きついた彩愛は、すぐに顧問からの呼び出しがあって走り去った。
 彩愛と回りたかったのに、と肩を落とす真静だったが、何気なく巡らした視線が一枚の絵を捉えた瞬間、彼女の意識はその一点に集中した。
 自然と足がそちらに向き絵の前に陣取る。
 快活で、目映いばかりの輝きを放つ絵だ。森を駆け回る二頭の狐はまるでワルツを踊っているようである。
 名札には、二年倉瀬要真とあった。真静の一つ上の学年ということだ。
「倉瀬さん……どんな人なんだろう」
 絵があるのだから、この会場に来ていてもおかしくない。
 この中の誰が倉瀬なのか、と首を巡らすと、すぐ一人に目がとまった。
 ちょうど会場入りした様子の彼は眠そうな目で辺りを見回し、口許を片手で覆ってから小さく欠伸をした。制服姿で欠伸をすると、以前とは異なり年相応の印象を受ける。
 通りすがりの係員を呼び止め、何かを尋ねる。それに対し、係員の女性は笑顔でこちらを手で示した。
 係員の指し示した通りに、彼の顔がこちらを向く。そして真静と目が会うや否や、目をキラリと輝かせた。
 係員に軽く挨拶をしてから、真静めがけて駆け出す。
 彼の足は真静の目の前で止まり、向き合った真静が見上げれば彼と視線が重なった。
「奇遇だね。こんなところで君に会えるなんて、夢みたいだ」
 夢みたい、とは大袈裟な気もしたが、真静も驚いたことには変わりない。
「本当に。この前はありがとうございました」
 真静の言葉に彼は緩く首を振り、真静のそばの絵に目をやるなり微かに表情を固くした。
「よりによって、これ?」
 不満げな呟きの意を判りかね、真静が小首を傾げる。
 彼は苦笑を浮かべて真静を一瞥した。
「これ、何枚も描いたうちの一枚なんだ。この絵は気に入らなくて、別にしておいたんだけどな」
 今回は選考落ちか、などとぼやく彼に、真静の目は釘付けになった。
「それではあなたが、倉瀬要真さん……?」
「……ああ、そうか。まだ名乗ってもいなかったね」
 真静に視線を戻し、彼は貴族のように一礼した。
「君の言う通り、俺の名前は倉瀬要真(くらせいるま)。よろしくね」
「あっ、佐成(さなり)真静です。佐藤の佐に成る、で、真に静と書きます。よろしくお願いします」
 自分の名札は会場内のどこにもない。そう思うと自分だけ倉瀬の名の全てを知っているのは不平等な気がして、つい名前の詳細を付け足した。
「佐成真静さん、か」
 知りたい秘密を知ったときのような、ささやかな喜色を目に映し、要真は口許の弧を深めた。
「佐成さんは、この絵を見てくれていたの?」
 要真に視線で示され、真静は絵に目を向けた。途端に意識を拐われそうになり思わず顔を背ける。
「……はい。素敵な絵で、つい見惚れてしまいました」
「そう。嬉しいことを言ってくれるね。でも……」
 描き手は相変わらず不満げだ。よほど気に入らない作品だったのだろう。
 暫しの沈黙があり、互いに目を逸らしていると、不意に要真が「そうだ」と声を上げた。
 声に反応して上げた真静の視線が要真のそれとかち合う。
「佐成さん、このあと空いてないかな?」
「このあと、ですか?」
 予定といえば、彩愛と一緒にカフェにでも寄って帰るくらいだ。それすらも、まだ確定した予定ではない。
「友達と帰るくらいしか、予定はありませんが……」
 真静に大した予定はないと分かるなり、彼の表情が明るさを増す。
「それなら、俺の高校に来てもらえないかな? こんなのよりも出来がまともな絵を、ぜひ君に見てもらいたいんだ」
「えっ、よろしいのですか?」
 これほど惹かれる絵を“こんなの”呼ばわりするくらいだ。他の絵もさぞ素晴らしいに違いない。
「ぜひ拝見させてください!」
 真静が興奮気味に言えば、要真は以前にも見せた満足げな笑みで頷いた。
「それじゃあ、今から行こう」
「えっ、高校の方々に会わないのですか?」
 同校の仲間達は、彼の到着を待っているはずだ。来たばかりで挨拶なしに出てしまうのはどうも真静の気が引ける。
「せめて挨拶だけでも……」
「大丈夫大丈夫」
 要真には挨拶をするつもりすらないらしい。
「元々今日は、俺は参加する予定ではなかったんだ。確実に賞を獲れそうなものを描けなくて、作品を出品する気もない展覧会だったから。でも、来てよかった」
 さ、行こう。
 上機嫌に歩き始めてしまった彼に、真静は慌てて歩調を合わせる。
 会場を出るときに彩愛とすれ違い、事情を話せて安心した。
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