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第4章 二十三番めの呪縛
21.
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瞬時にしてウラヌス邸に戻ったヴァンフリーは、一つため息をこぼすと招かれざる客を出迎えに玄関から出ていく。ローエンはすぐそこまで来ていた。森の門において声で察していたとおり、従者はマジェスとデヴィンであり、なるほど、とヴァンフリーは内心でつぶやいた。
「ようこそ」
階段をおりてヴァンフリーは両膝を折り、そして片方の膝を地に着けて頭を垂れた。
「立て」
「仰せのままに」
と、ヴァンフリーは顔を上げることから始め、ゆったりと起ちあがった。
「父上が見えるのははじめてですね。お訪ねにならずともこちらのほうから出向くところを……」
言葉尻を濁しつつヴァンフリーが首をかしげると、ローエンは薄く笑みを浮かべる。
「それどころではないようだ」
「どういうことでしょう」
「下界の女と遊戯に耽っているらしいが。気楽なものだ」
デヴィンをちらりと見やると、ヴァンフリーが口を歪めたのを見てわずかに気まずい気配を漂わせた。
城下町に降りたとき、ならず者との小競り合いがデヴィンの眼に留まったのだろう。あるいは、ただふたりがデヴィンの眼を引いて映ったのなら堕落の烙印を押されたも同じだが。そうあっても弁解する気はさらさらなく、むしろ清々する。少なくとも、ヴァンフリーが凪乃羽に堕落して見えようと、それは望むところだ。
「まさか、真剣になれ、とおっしゃってるんですか」
ヴァンフリーが焦点をずらし、惚けて応じたところでローエンから失笑が漏れだすこともない。
ふと、笑ったことがあるのだろうかという疑問を持ち――いや、ヴァンフリーが生まれて以後これまでそんな疑問を持たなかったほど、ローエンの無機質な姿勢は当然としてまかり通ってきた。
「ヴァンフリー皇子」
ふざけたことはだれの目にも明らかで、デヴィンが眉をひそめて咎める。
ヴァンフリーは肩をそびやかして往なした。
「では、気楽ではいられないような、いったい何をしろと? 二十三番めはご存知のとおり見いだせませんでした。ハングの行方は私なりに追っていますが、森を抜けた様子はありません。デスティが城下町に現れたところを見ると、ふたりは行動を共にしているかと」
十三番めの死神の名を出すと、無機質な面持ちに険しさがよぎった。
「デスティが!」
マジェスが叫び、デヴィンはたじろぐ。動揺はこのふたりに限っては露骨に現れた。
ハングが覇者としてシュプリムグッドの統治に向かっていた頃、ローエンが指揮官であれば、デスティは痛みも死をも怖れない無双の戦士だった。だれよりも早く敵陣に忍びこみ偵察を担う、あるいは暗殺者として余りある貢献をした。そうして、ハングが囚われたのち唯一ローエンの支配下に入ることを拒み、城から消えた。
ローエンがデスティを追うこともせず、永遠を奪うこともしなかったのはなぜか。おそらく自尊心がそうさせたのだろう。痛めつけることは即ち、デスティに怖れを抱いたことをあからさまにするだけだ。加えて、放っておいたすえ万が一にデスティがローエンを襲うようなことがあっても永遠は奪えない。つまり、デスティは無視しておくことが最善策なのだ。
デスティが城を去ったあとに誕生したヴァンフリーは面識がない。だが、あれがそうだったのだと、かつて思い当たる節はあった。
人間のふりをして傭兵と渡り合っていた頃、傷を負わせる以上にためらいなくヴァンフリーの急所を――人間でいえば心臓を狙い撃ちした奴がいた。
『私と渡り合うなど千年早い』
シュプリムグッドの人間の寿命は長くとも百年だ。永遠に無理だという比喩的な言葉の綾があるが、そうした意にすぎないのか。そのときはそう思ったが、時を置かずして再会した際、急所を突いたはずのヴァンフリーを目の前にしても彼は驚かなかった。それだけ人に手を掛け慣れているのかと考え、二度めに殺られたあと付け回してみた。すると、剣をかまえることはあれど、むやみに人の命に終止符を打つような場面には遭遇しなかった。
彼は上人かとも問わず、回復しては現れるヴァンフリーが自分に敵うようになるまで剣術の相手を担った。ようやく彼の剣をその手から振り落とせるときが来て、それからぱたりと姿を見せなくなった。
そうして城下町で、遙かな時を経ても変わらない彼を見いだし、ヴァンフリーは答えを得た。傭兵でいるときはヴァンフリーと同様に黒く染めていただろう髪は、黒と見まがう闇の色――深い藍色だった。
そのデスティを見かけたのは、ハングが脱走したあとだ。
「ハングの“忠実な下部”であったことを考えれば、解放されたことを知ってデスティがついてもおかしくはありませんよ」
強調して云った皮肉は通じたようで、最後まで忠実になれなかったローエンはいびつに口を曲げた。
「おまえはだれに忠実なんだ?」
「そんな存在が父上のほかにいると?」
質問を質問で返すという手段は相手を不快にさせる。ヴァンフリーはあえてそうした。
ローエンは不穏な様でおもむろに首をひねった。
「女を差しだせ」
「女、ですか?」
ヴァンフリーは身構え、なお且つそんな素振りを覗かせることなくローエンと相対して首をひねった。
瞬時にしてウラヌス邸に戻ったヴァンフリーは、一つため息をこぼすと招かれざる客を出迎えに玄関から出ていく。ローエンはすぐそこまで来ていた。森の門において声で察していたとおり、従者はマジェスとデヴィンであり、なるほど、とヴァンフリーは内心でつぶやいた。
「ようこそ」
階段をおりてヴァンフリーは両膝を折り、そして片方の膝を地に着けて頭を垂れた。
「立て」
「仰せのままに」
と、ヴァンフリーは顔を上げることから始め、ゆったりと起ちあがった。
「父上が見えるのははじめてですね。お訪ねにならずともこちらのほうから出向くところを……」
言葉尻を濁しつつヴァンフリーが首をかしげると、ローエンは薄く笑みを浮かべる。
「それどころではないようだ」
「どういうことでしょう」
「下界の女と遊戯に耽っているらしいが。気楽なものだ」
デヴィンをちらりと見やると、ヴァンフリーが口を歪めたのを見てわずかに気まずい気配を漂わせた。
城下町に降りたとき、ならず者との小競り合いがデヴィンの眼に留まったのだろう。あるいは、ただふたりがデヴィンの眼を引いて映ったのなら堕落の烙印を押されたも同じだが。そうあっても弁解する気はさらさらなく、むしろ清々する。少なくとも、ヴァンフリーが凪乃羽に堕落して見えようと、それは望むところだ。
「まさか、真剣になれ、とおっしゃってるんですか」
ヴァンフリーが焦点をずらし、惚けて応じたところでローエンから失笑が漏れだすこともない。
ふと、笑ったことがあるのだろうかという疑問を持ち――いや、ヴァンフリーが生まれて以後これまでそんな疑問を持たなかったほど、ローエンの無機質な姿勢は当然としてまかり通ってきた。
「ヴァンフリー皇子」
ふざけたことはだれの目にも明らかで、デヴィンが眉をひそめて咎める。
ヴァンフリーは肩をそびやかして往なした。
「では、気楽ではいられないような、いったい何をしろと? 二十三番めはご存知のとおり見いだせませんでした。ハングの行方は私なりに追っていますが、森を抜けた様子はありません。デスティが城下町に現れたところを見ると、ふたりは行動を共にしているかと」
十三番めの死神の名を出すと、無機質な面持ちに険しさがよぎった。
「デスティが!」
マジェスが叫び、デヴィンはたじろぐ。動揺はこのふたりに限っては露骨に現れた。
ハングが覇者としてシュプリムグッドの統治に向かっていた頃、ローエンが指揮官であれば、デスティは痛みも死をも怖れない無双の戦士だった。だれよりも早く敵陣に忍びこみ偵察を担う、あるいは暗殺者として余りある貢献をした。そうして、ハングが囚われたのち唯一ローエンの支配下に入ることを拒み、城から消えた。
ローエンがデスティを追うこともせず、永遠を奪うこともしなかったのはなぜか。おそらく自尊心がそうさせたのだろう。痛めつけることは即ち、デスティに怖れを抱いたことをあからさまにするだけだ。加えて、放っておいたすえ万が一にデスティがローエンを襲うようなことがあっても永遠は奪えない。つまり、デスティは無視しておくことが最善策なのだ。
デスティが城を去ったあとに誕生したヴァンフリーは面識がない。だが、あれがそうだったのだと、かつて思い当たる節はあった。
人間のふりをして傭兵と渡り合っていた頃、傷を負わせる以上にためらいなくヴァンフリーの急所を――人間でいえば心臓を狙い撃ちした奴がいた。
『私と渡り合うなど千年早い』
シュプリムグッドの人間の寿命は長くとも百年だ。永遠に無理だという比喩的な言葉の綾があるが、そうした意にすぎないのか。そのときはそう思ったが、時を置かずして再会した際、急所を突いたはずのヴァンフリーを目の前にしても彼は驚かなかった。それだけ人に手を掛け慣れているのかと考え、二度めに殺られたあと付け回してみた。すると、剣をかまえることはあれど、むやみに人の命に終止符を打つような場面には遭遇しなかった。
彼は上人かとも問わず、回復しては現れるヴァンフリーが自分に敵うようになるまで剣術の相手を担った。ようやく彼の剣をその手から振り落とせるときが来て、それからぱたりと姿を見せなくなった。
そうして城下町で、遙かな時を経ても変わらない彼を見いだし、ヴァンフリーは答えを得た。傭兵でいるときはヴァンフリーと同様に黒く染めていただろう髪は、黒と見まがう闇の色――深い藍色だった。
そのデスティを見かけたのは、ハングが脱走したあとだ。
「ハングの“忠実な下部”であったことを考えれば、解放されたことを知ってデスティがついてもおかしくはありませんよ」
強調して云った皮肉は通じたようで、最後まで忠実になれなかったローエンはいびつに口を曲げた。
「おまえはだれに忠実なんだ?」
「そんな存在が父上のほかにいると?」
質問を質問で返すという手段は相手を不快にさせる。ヴァンフリーはあえてそうした。
ローエンは不穏な様でおもむろに首をひねった。
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