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第4章 二十三番めの呪縛
22.
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「おまえを堕落させている女だ。いなくなれば、私の役に立つ気も起きるだろう」
「はっ、『いなくなれば』とはどういうことです?」
女がいなくなって役に立つことがあるのなら、やはり凪乃羽を二十三番めと結びつけているわけではない。その安堵がヴァンフリーの失笑を誘い、ローエンの不快を買った。
「ただでさえ短い命を奪ってもしかたがない。おまえが私の役に立つ間、預かろうと云っている。さすれば精も出るだろう」
「ですから、ハングを探しだすほかに何をしろと云うんです?」
「地球に行け。水が満ちて再生が始まった」
「行くのはかまいませんが、女は差しだすまでもない。そもそもここにはもういませんから」
「いない?」
「はい。もう一度訊きますが、女に真剣になれとおっしゃるんですか? 私の飽きが早いことはご存知では?」
ローエンが睨めつけるように目を細める。ヴァンフリーの言葉を信用していないことが目に見えてわかる。それとも、ヴァンフリー自体を信用していないのか。
もっとも、信用に応えていないことはヴァンフリー自身がやっていることであり、弁明の余地も、ローエンを難詰することもできない。
「フィリルには長らく付き纏っていたようだが」
出し抜けにフィリルの名が発せられ、ヴァンフリーは目を細めた。ローエンを見据えれば疑り深い双眸に見返される。その脇を陣取るマジェスとデヴィンを見やれば、驚きと、そしてやはり疑いをもった眼差しが迎えた。
なるほど。
確かにフィリルに会うために森のなかに通うことは多かった。ただし、それは城にいることにうんざりしていたせいでありつつ、最大の理由はフィリルの様子を知りたいというエムの希望に沿ったものだった。
それが察せないほどローエンは鈍感ではないはずだ。箝口令が敷かれたようにあることをだれも口にはしないが――もしくは、知っているのはごく限られた上人のみか。フィリル自身でさえ、おそらくはその事実を知らない。
マジェスとデヴィンの様子を目の当たりにするかぎり、このふたりも知らないのだろう。それをどうローエンは利用するのか。
つまり、フィリルを傷つけ、延いてはロード・タロの怒りを買う原因をつくったという、ヴァンフリーにその濡れ衣を着せる気だろう。
ヴァンフリーはもったいぶって口を開く。
「フィリルと会っていたことを付き纏うというのなら、私にとってはラヴィもエロファンもそうです」
「そうなのか?」
信ずるに値しないとばかりの声音で、答えを求めるふうでもなく云い、ローエンはちらりとマジェスを見やった。マジェスは暗黙の命令にうなずき、ヴァンフリーを見やるとかすかに申し訳なさそうな気配を漂わせて口を開いた。
「ヴァンフリー皇子、失礼しますよ」
そう云って数歩前へと踏みこむと、マジェスはウラヌス邸に向かって手を振りかざした。すーっと空を撫でるように手が移ろい、するとその向こうにあったウラヌス邸は一瞬にして無になった。
人間はマジェスが操れる範囲ではない。ロード・タロの産物だ。そこに人間が炙りだされなければ、即ちヴァンフリーの言葉に嘘はないという証しにはなる。ただし、それがもとに戻ろうが、自分が築いたものに手を掛けられるなど以ての外だ。
「ご覧のとおりです。だれもいませんが」
ヴァンフリーは不愉快さをあらわにして云い、マジェスは俄に焦ったようでさっきとは逆方向に手を移すと邸宅をもとに戻した。
「使用人はどこに行った」
こんなことになるかと念のために隠れさせたセギーたちは、絡繰りを施した部屋から地中へと潜った。断崖の下へと続く階段と貨車がそこにはある。アルカヌム城と違い、この地はロード・タロの領域だ。いくらマジェスでもヴァンフリーが建造した異物は操れようと地中までは手を出せない。
「彼らは食しないと生きていけないんです。買いだしに城下町におりていたり、森のなかで猟をしているでしょう」
ローエンはふっと吐息をこぼしてあしらう。
「ヴァンフリー、フィリルはだれが傷つけた」
「見てもいないことを知るはずがありません」
「本当か?」
「証明は不可能です。答えようもありません」
「それなら、身の潔白を証すべく、地球に行っていますぐ私の役に立て」
「仰せのままに」
ヴァンフリーは招かれざる客を追い払うべく頭を垂れて従順に答えた。
「知らせを待つぞ」
ローエンは云い残してマントをひるがえすと引き返していった。
ロード・タロが怒りを向けているのはローエンだ。即ち、最も疑わしいのはローエンであるにもかかわらず、上人の長としての責任を問われているとだれしもに思わせた。いま、原因をヴァンフリーに押しつけることで、より強固に体面を保とうとしている。
ひとまず、地球に行っても意味がないことはわかりきっている。いずれにしろ、地球への入り口はレーツェルの泉であり、疑われずに行ける。
ヴァンフリーが一歩踏みだせば目の前に泉が現れた。
そうして感じたのは――
「凪乃羽」
呼びかけて耳を澄ます。存在したのは、何もないと感じたとおり、水のせせらぎすらも掻き消すような沈黙だけだった。
「はっ、『いなくなれば』とはどういうことです?」
女がいなくなって役に立つことがあるのなら、やはり凪乃羽を二十三番めと結びつけているわけではない。その安堵がヴァンフリーの失笑を誘い、ローエンの不快を買った。
「ただでさえ短い命を奪ってもしかたがない。おまえが私の役に立つ間、預かろうと云っている。さすれば精も出るだろう」
「ですから、ハングを探しだすほかに何をしろと云うんです?」
「地球に行け。水が満ちて再生が始まった」
「行くのはかまいませんが、女は差しだすまでもない。そもそもここにはもういませんから」
「いない?」
「はい。もう一度訊きますが、女に真剣になれとおっしゃるんですか? 私の飽きが早いことはご存知では?」
ローエンが睨めつけるように目を細める。ヴァンフリーの言葉を信用していないことが目に見えてわかる。それとも、ヴァンフリー自体を信用していないのか。
もっとも、信用に応えていないことはヴァンフリー自身がやっていることであり、弁明の余地も、ローエンを難詰することもできない。
「フィリルには長らく付き纏っていたようだが」
出し抜けにフィリルの名が発せられ、ヴァンフリーは目を細めた。ローエンを見据えれば疑り深い双眸に見返される。その脇を陣取るマジェスとデヴィンを見やれば、驚きと、そしてやはり疑いをもった眼差しが迎えた。
なるほど。
確かにフィリルに会うために森のなかに通うことは多かった。ただし、それは城にいることにうんざりしていたせいでありつつ、最大の理由はフィリルの様子を知りたいというエムの希望に沿ったものだった。
それが察せないほどローエンは鈍感ではないはずだ。箝口令が敷かれたようにあることをだれも口にはしないが――もしくは、知っているのはごく限られた上人のみか。フィリル自身でさえ、おそらくはその事実を知らない。
マジェスとデヴィンの様子を目の当たりにするかぎり、このふたりも知らないのだろう。それをどうローエンは利用するのか。
つまり、フィリルを傷つけ、延いてはロード・タロの怒りを買う原因をつくったという、ヴァンフリーにその濡れ衣を着せる気だろう。
ヴァンフリーはもったいぶって口を開く。
「フィリルと会っていたことを付き纏うというのなら、私にとってはラヴィもエロファンもそうです」
「そうなのか?」
信ずるに値しないとばかりの声音で、答えを求めるふうでもなく云い、ローエンはちらりとマジェスを見やった。マジェスは暗黙の命令にうなずき、ヴァンフリーを見やるとかすかに申し訳なさそうな気配を漂わせて口を開いた。
「ヴァンフリー皇子、失礼しますよ」
そう云って数歩前へと踏みこむと、マジェスはウラヌス邸に向かって手を振りかざした。すーっと空を撫でるように手が移ろい、するとその向こうにあったウラヌス邸は一瞬にして無になった。
人間はマジェスが操れる範囲ではない。ロード・タロの産物だ。そこに人間が炙りだされなければ、即ちヴァンフリーの言葉に嘘はないという証しにはなる。ただし、それがもとに戻ろうが、自分が築いたものに手を掛けられるなど以ての外だ。
「ご覧のとおりです。だれもいませんが」
ヴァンフリーは不愉快さをあらわにして云い、マジェスは俄に焦ったようでさっきとは逆方向に手を移すと邸宅をもとに戻した。
「使用人はどこに行った」
こんなことになるかと念のために隠れさせたセギーたちは、絡繰りを施した部屋から地中へと潜った。断崖の下へと続く階段と貨車がそこにはある。アルカヌム城と違い、この地はロード・タロの領域だ。いくらマジェスでもヴァンフリーが建造した異物は操れようと地中までは手を出せない。
「彼らは食しないと生きていけないんです。買いだしに城下町におりていたり、森のなかで猟をしているでしょう」
ローエンはふっと吐息をこぼしてあしらう。
「ヴァンフリー、フィリルはだれが傷つけた」
「見てもいないことを知るはずがありません」
「本当か?」
「証明は不可能です。答えようもありません」
「それなら、身の潔白を証すべく、地球に行っていますぐ私の役に立て」
「仰せのままに」
ヴァンフリーは招かれざる客を追い払うべく頭を垂れて従順に答えた。
「知らせを待つぞ」
ローエンは云い残してマントをひるがえすと引き返していった。
ロード・タロが怒りを向けているのはローエンだ。即ち、最も疑わしいのはローエンであるにもかかわらず、上人の長としての責任を問われているとだれしもに思わせた。いま、原因をヴァンフリーに押しつけることで、より強固に体面を保とうとしている。
ひとまず、地球に行っても意味がないことはわかりきっている。いずれにしろ、地球への入り口はレーツェルの泉であり、疑われずに行ける。
ヴァンフリーが一歩踏みだせば目の前に泉が現れた。
そうして感じたのは――
「凪乃羽」
呼びかけて耳を澄ます。存在したのは、何もないと感じたとおり、水のせせらぎすらも掻き消すような沈黙だけだった。
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