皇子は愛を秘匿できない~抱き溺れる愚者~

奏井れゆな

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第4章 二十三番めの呪縛

23.

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 わずかに歪んだ空間がくっきりと別の風景に変わると、凪乃羽の目の前には、岩壁にぽっかりと大きな穴の開いた洞窟があった。かといって、奥が真っ暗かというとそうではなく、そこだけ天井部分に穴が開いているのか、光の降り注ぐ場所があった。
 後ろを振り向くと、あと数歩でも進めばすとんと落ちてしまうのだろう、足もとから続く地は途切れ、切り貼りをしたみたいに距離感のまったく違う景色が広がっていた。
 常緑草の床にぽつぽつと小さな白い花が咲き、そこからあらためて洞窟へと伝っていき、周囲を見渡す。凪乃羽たちがいるのは、切り立った岩壁の出っ張りの上だった。
 なんの支えもない、本当に出っ張りなのか、それとも、なんらかの作用によってたまたまこの場所が削られているだけなのか、出っ張りの突端に行って確認するには勇気がない。高所は見晴らしがよくて好きだけれど、ウラヌス邸の庭園の途切れた先にある断崖同様に、下を覗きこむには足がすくむ。
 凪乃羽が戸惑っている間に、永遠の子供たちが洞穴のなかに向かって駆けていった。
「来い」
 と、ハングが凪乃羽を促した刹那、子供たちの歓声が大きく響いてきた。
「ワール!」
 続いた声は聞いたことのある言葉を叫んだ。
 いや、言葉ではなくて名前だ。
 ヴァンフリーがいない不安は拭えず、加えて驚きつつ、凪乃羽は一歩遅れて先を行くハングを追った。
 光の注ぐ場所に近づくと、白い姿が闇の中から浮かびあがるように現れた。凪乃羽は無意識に立ち止まった。
 二十一番の上人、秩序のワールはロード・タロによって抹殺されたと聞いている。同じ精霊であるランスもタワーもそう云って嘆いていた。それなのに生きているとはどういうことだろう。程なく光の下に立ったワールは、長い髪も真っ白であれば身に纏う長衣も真っ白だった。その躰に纏わりつく光の筋が上人らしく神々しい。
「こちらへ」
 ワールはうなずいて凪乃羽を導く。
「……はい」
 凪乃羽はおずおずと歩み寄り、ワールの招きはただ近づくだけではなく顔を見せるようにということだろうと解釈して光の下に入った。
 ひょろりと背の高いワールは凪乃羽を見下ろし、まるでそうすれば心底まで覗けるかのように見入った。実際に、合わせた目から奥へ奥へと侵略されている感覚がする。怖くはなくとも、試しの場に晒されているような気がして落ち着かない。
 呪縛に遭ったかのような時間は、それをもたらしたワールの口もとが緩むことでほどかれた。
「似ているな」
 それは、目に焼きつけるように凪乃羽を見ていた感想に違いない。ひと言のあとに続いたため息はどんな感情が込められているのか、凪乃羽には寥々りょうりょうとした気配に感じた。
「ワール、ずっとここにいたの?」
 ワールの傍に立ち、それまで凪乃羽との対面を静かに見守っていたサンが不思議そうに首をかしげた。
 ゆったりとサンに目を向けたワールの首がかすかにかしぐ。
「ワールに見えるか」
 薄らと微笑んだワールを見上げ、サンは目を丸くした。サンだけではなく、ムーンもスターもそうだ。
「あああ――っ」
 スターが驚愕した雄叫びを上げ、場所が洞窟という特性ゆえに反響は多大だ。
「スター、うるさいって!」
 サンの声もまたうるさく響き渡り、耳をふさいだムーンはうんざりした顔で首を横に振った。
「わかったようだな」
 反響音がおさまるとハングが答えを促した。
 凪乃羽にはさっぱりだが、永遠の子供たちは大きくうなずいている。
「ワール……じゃなくて、タロ様?」
「そうだ」
 うなずき返したワールはおもむろに凪乃羽へと目を戻した。
「凪乃羽、おまえを待っていた。永遠という時間のなかで、高々二十年余り、これほど時が過ぎるということに意識を向け、焦燥を抱いたことはない」
 ワールがロード・タロであったこと。その驚きに増して、しみじみとして紡がれた言葉は凪乃羽の定めを確定し、ヴァンフリーから聞かされていたことなのに衝撃は避けられなかった。
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