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第3章 男性不信
5.
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道仁の顔はよく見えなくても、笑った気配は薄らと感じられる。
「べつに美化してはいない。ただ、おれは琴子のことをわかりたいと思っている」
琴子がわずかに目を見開くと、それをどう解釈したのか、「あー、勘違いしないでくれ」と道仁は慌てたふうに言葉を継いだ。
「わかろうとしてるけど、自分は琴子をわかっているとか、傲慢に勘違いするつもりはこれからもない。おれがそういう気持ちでいるってことを知っていてくれたらいいんだ」
もったいない。琴子は内心でつぶやいた。同時に、思うべきじゃないことを思ってしまう。
「口癖はその気持ちの裏返し?」
またごまかすように琴子は揶揄すると。
「口癖?」
道仁は意表を突かれたような声音で問い返す。
「気づいてないの? 道仁さん、『なるほど』ってよく云ってる」
「なるほど……あー……なるほど、おれはよく云ってるみたいだ」
道仁は自分で自分を笑いながら、まえは口癖じゃなかったはずだけどな、と肩をすくめた。
「わたしが云わせてるの?」
「たぶん、そのとおりだ。琴子がひねくれているぶん、本心を見誤りたくないと思ってるから」
「ひねくれてるって……」
「怒るなよ。その辺りもいまは理解してるつもりだ」
「理解してるって何を?」
「琴子がひねくれてしまうのは大事な人に対してだ。さっき、お母さんのことを話してくれてわかった。つまり?」
琴子に答えを促す道仁の声には笑みが滲んでいる。一瞬、謎かけのように聞こえたけれど、答えを導きだすのは難しくなかった。
「……わたしにとって道仁さんは大事な人、って云いたいの?」
「ご名答」
ためらいがちな琴子と違い、道仁はそうしなければ消えてしまうと思ったのか、うなずきながら飛びつくように云った。
「わたしの気持ちを自分の都合よく解釈するって、やっぱり『一歩間違えばストーカー』じゃない?」
以前、道仁が云った言葉を引用すると、ふっとした笑みがその口から漏れる。
「おれがストーカーかどうか、それは琴子の気持ち次第だ。違う?」
「……違わない」
「どっちが?」
「どっちって?」
「ひねくれてしまう裏側には、隠れた本心がある。その本心について、おれの読みは間違っていないのか。おれは琴子にとってストーカーじゃないのか。どっちが違ってないんだ?」
一見すると選択肢は二つ提供されているけれど、ちゃんと考えれば同等のことが並べられていて、それは選択肢ではない。琴子は軽く睨むようにして道仁を責めた。
「選べない」
「違ってるってこと?」
道仁はしつこく喰いさがってくる。
梓沙と壮輔が付き合うことを、道仁は自分たちにとって運命であることの理由にした。ダブルデートを口実に駆りだされたことから、ずるずると今日まで繋がってきて、ふたりきりで会うことは、道仁から一方的な誘いによるけれど当然になっている。
あたりまえのなかで、はっきりさせていないのはふたりの気持ちだ。もしくは、琴子の気持ちだけがうやむやなのか。
「……その答えって必要?」
琴子が問うと、道仁の口から力尽きたような吐息がこぼれる。
「必要という以上に、欲しい。さきに進めない。琴子はよほどじゃないかぎり、嫌いだと云うことはあっても、好きだとは云わないだろう?」
「パン屋さんのピザは好き」
はっ、と道仁はさして可笑しくもないような笑い声を短く立てた。
「ちゃかして避けるなんて、いまはなしだ。最大の譲歩をして、琴子が本心を晒しやすいようにしてるつもりだ。おれは琴子を見誤ってるか?」
ここで答えなければ、道仁はさきに進めないと見限って終わりにするのだろうか。琴子の根本の意思を尊重して潔く身を退く、と道仁は最初に云った。
終わることを考えると、琴子の思考は止まる。それは――
そもそも始まることさえ望んでいなかったはずが、いまは逆転して、終わることを望んでいないせい?
琴子は自分で自分に問う。いや、問うまでもなく、道仁の強引さが最初から不快ではなかったということがもう琴子の本心を証明していた。
「……見誤ってない」
気づくと琴子は口走っていた。
「べつに美化してはいない。ただ、おれは琴子のことをわかりたいと思っている」
琴子がわずかに目を見開くと、それをどう解釈したのか、「あー、勘違いしないでくれ」と道仁は慌てたふうに言葉を継いだ。
「わかろうとしてるけど、自分は琴子をわかっているとか、傲慢に勘違いするつもりはこれからもない。おれがそういう気持ちでいるってことを知っていてくれたらいいんだ」
もったいない。琴子は内心でつぶやいた。同時に、思うべきじゃないことを思ってしまう。
「口癖はその気持ちの裏返し?」
またごまかすように琴子は揶揄すると。
「口癖?」
道仁は意表を突かれたような声音で問い返す。
「気づいてないの? 道仁さん、『なるほど』ってよく云ってる」
「なるほど……あー……なるほど、おれはよく云ってるみたいだ」
道仁は自分で自分を笑いながら、まえは口癖じゃなかったはずだけどな、と肩をすくめた。
「わたしが云わせてるの?」
「たぶん、そのとおりだ。琴子がひねくれているぶん、本心を見誤りたくないと思ってるから」
「ひねくれてるって……」
「怒るなよ。その辺りもいまは理解してるつもりだ」
「理解してるって何を?」
「琴子がひねくれてしまうのは大事な人に対してだ。さっき、お母さんのことを話してくれてわかった。つまり?」
琴子に答えを促す道仁の声には笑みが滲んでいる。一瞬、謎かけのように聞こえたけれど、答えを導きだすのは難しくなかった。
「……わたしにとって道仁さんは大事な人、って云いたいの?」
「ご名答」
ためらいがちな琴子と違い、道仁はそうしなければ消えてしまうと思ったのか、うなずきながら飛びつくように云った。
「わたしの気持ちを自分の都合よく解釈するって、やっぱり『一歩間違えばストーカー』じゃない?」
以前、道仁が云った言葉を引用すると、ふっとした笑みがその口から漏れる。
「おれがストーカーかどうか、それは琴子の気持ち次第だ。違う?」
「……違わない」
「どっちが?」
「どっちって?」
「ひねくれてしまう裏側には、隠れた本心がある。その本心について、おれの読みは間違っていないのか。おれは琴子にとってストーカーじゃないのか。どっちが違ってないんだ?」
一見すると選択肢は二つ提供されているけれど、ちゃんと考えれば同等のことが並べられていて、それは選択肢ではない。琴子は軽く睨むようにして道仁を責めた。
「選べない」
「違ってるってこと?」
道仁はしつこく喰いさがってくる。
梓沙と壮輔が付き合うことを、道仁は自分たちにとって運命であることの理由にした。ダブルデートを口実に駆りだされたことから、ずるずると今日まで繋がってきて、ふたりきりで会うことは、道仁から一方的な誘いによるけれど当然になっている。
あたりまえのなかで、はっきりさせていないのはふたりの気持ちだ。もしくは、琴子の気持ちだけがうやむやなのか。
「……その答えって必要?」
琴子が問うと、道仁の口から力尽きたような吐息がこぼれる。
「必要という以上に、欲しい。さきに進めない。琴子はよほどじゃないかぎり、嫌いだと云うことはあっても、好きだとは云わないだろう?」
「パン屋さんのピザは好き」
はっ、と道仁はさして可笑しくもないような笑い声を短く立てた。
「ちゃかして避けるなんて、いまはなしだ。最大の譲歩をして、琴子が本心を晒しやすいようにしてるつもりだ。おれは琴子を見誤ってるか?」
ここで答えなければ、道仁はさきに進めないと見限って終わりにするのだろうか。琴子の根本の意思を尊重して潔く身を退く、と道仁は最初に云った。
終わることを考えると、琴子の思考は止まる。それは――
そもそも始まることさえ望んでいなかったはずが、いまは逆転して、終わることを望んでいないせい?
琴子は自分で自分に問う。いや、問うまでもなく、道仁の強引さが最初から不快ではなかったということがもう琴子の本心を証明していた。
「……見誤ってない」
気づくと琴子は口走っていた。
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