恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

文字の大きさ
27 / 64
第3章 男性不信

5.

しおりを挟む
 道仁の顔はよく見えなくても、笑った気配は薄らと感じられる。
「べつに美化してはいない。ただ、おれは琴子のことをわかりたいと思っている」
 琴子がわずかに目を見開くと、それをどう解釈したのか、「あー、勘違いしないでくれ」と道仁は慌てたふうに言葉を継いだ。
「わかろうとしてるけど、自分は琴子をわかっているとか、傲慢に勘違いするつもりはこれからもない。おれがそういう気持ちでいるってことを知っていてくれたらいいんだ」
 もったいない。琴子は内心でつぶやいた。同時に、思うべきじゃないことを思ってしまう。
「口癖はその気持ちの裏返し?」
 またごまかすように琴子は揶揄すると。
「口癖?」
 道仁は意表を突かれたような声音で問い返す。
「気づいてないの? 道仁さん、『なるほど』ってよく云ってる」
「なるほど……あー……なるほど、おれはよく云ってるみたいだ」
 道仁は自分で自分を笑いながら、まえは口癖じゃなかったはずだけどな、と肩をすくめた。
「わたしが云わせてるの?」
「たぶん、そのとおりだ。琴子がひねくれているぶん、本心を見誤りたくないと思ってるから」
「ひねくれてるって……」
「怒るなよ。その辺りもいまは理解してるつもりだ」
「理解してるって何を?」
「琴子がひねくれてしまうのは大事な人に対してだ。さっき、お母さんのことを話してくれてわかった。つまり?」
 琴子に答えを促す道仁の声には笑みが滲んでいる。一瞬、謎かけのように聞こえたけれど、答えを導きだすのは難しくなかった。
「……わたしにとって道仁さんは大事な人、って云いたいの?」
「ご名答」
 ためらいがちな琴子と違い、道仁はそうしなければ消えてしまうと思ったのか、うなずきながら飛びつくように云った。
「わたしの気持ちを自分の都合よく解釈するって、やっぱり『一歩間違えばストーカー』じゃない?」
 以前、道仁が云った言葉を引用すると、ふっとした笑みがその口から漏れる。
「おれがストーカーかどうか、それは琴子の気持ち次第だ。違う?」
「……違わない」
「どっちが?」
「どっちって?」
「ひねくれてしまう裏側には、隠れた本心がある。その本心について、おれの読みは間違っていないのか。おれは琴子にとってストーカーじゃないのか。どっちが違ってないんだ?」
 一見すると選択肢は二つ提供されているけれど、ちゃんと考えれば同等のことが並べられていて、それは選択肢ではない。琴子は軽く睨むようにして道仁を責めた。
「選べない」
「違ってるってこと?」
 道仁はしつこく喰いさがってくる。
 梓沙と壮輔が付き合うことを、道仁は自分たちにとって運命であることの理由にした。ダブルデートを口実に駆りだされたことから、ずるずると今日まで繋がってきて、ふたりきりで会うことは、道仁から一方的な誘いによるけれど当然になっている。
 あたりまえのなかで、はっきりさせていないのはふたりの気持ちだ。もしくは、琴子の気持ちだけがうやむやなのか。
「……その答えって必要?」
 琴子が問うと、道仁の口から力尽きたような吐息がこぼれる。
「必要という以上に、欲しい。さきに進めない。琴子はよほどじゃないかぎり、嫌いだと云うことはあっても、好きだとは云わないだろう?」
「パン屋さんのピザは好き」
 はっ、と道仁はさして可笑しくもないような笑い声を短く立てた。
「ちゃかして避けるなんて、いまはなしだ。最大の譲歩をして、琴子が本心を晒しやすいようにしてるつもりだ。おれは琴子を見誤ってるか?」
 ここで答えなければ、道仁はさきに進めないと見限って終わりにするのだろうか。琴子の根本の意思を尊重して潔く身を退く、と道仁は最初に云った。
 終わることを考えると、琴子の思考は止まる。それは――
 そもそも始まることさえ望んでいなかったはずが、いまは逆転して、終わることを望んでいないせい?
 琴子は自分で自分に問う。いや、問うまでもなく、道仁の強引さが最初から不快ではなかったということがもう琴子の本心を証明していた。
「……見誤ってない」
 気づくと琴子は口走っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...