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04. おいしい食事の時間
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04. おいしい食事の時間
フレアがパスタを食べ始めるのを見てから、ガシュウはスプーンを手に取った。グーの形で上から掴んでスプーンの柄を握った。そのおかしな持ち方をフレアは一瞥したが、指摘はしないで自分の食事に戻った。
フレアの一瞬の視線に気がついて、ガシュウはまた眉を困らせた。スプーンを持っていない方の手で耳までかかる白い髪を指に絡ませながら言った。
「持ち方が変ですよね。あの。あたしは、その。食事の時はあまり食器を使わない方でしてね。この持ち方しか出来ないのです。あの。礼儀やマナーが分かっていなくて申し訳ありません。その。騎士さまの前でご無礼と思いますがどうかお許しください」
「俺は何も言ってないだろう」
「いや。はい」
「そんなマナーなんぞ気にする洒落た店じゃないだろう。はやく食べろ」
「はい」
食事が運ばれた時には嬉しそうだったガシュウの表情が、こんなことで曇ってしまうのは喜ばしくなかった。フレアはガシュウにも食べろと薦めるように自分の食事を続けた。ガシュウはそれに倣って、おかしな持ち方のスプーンを器用に動かしてオムライスのてっぺんをすくった。
「あっ!騎士さま!大きな卵焼きかと思っていたら、中からお米が出てきましたよ。それに、色が赤いんです!」
「そういう料理だからな」
「へえ!へえ!」
ガシュウは感慨すると、横から下からとオムライスを観察し出した。
「オムライスは初めてか?」
「おむらいすは初めてです」
スプーンですくった分のオムライスを口に含むと、ガシュウの痩けた頬はふんわりと膨らんだ。ほっぺたに手を添えてもぐもぐと噛みしめる。
ガシュウの小さな黒い瞳が心なしか大きく見える。その瞳にはキラキラとした輝きが映っていた。
「ほいひいえふ!」
「飲み込んでから喋ろ」
ガシュウはこくこくと頷いて、急いで飲み込もうとしていた。
「焦らなくていい」
ガシュウは口に手を当てて、またこくこくと頷きながら頬をもぐもぐさせている。焦らなくていいと言っているのに慌ただしい。
口がふさがって呼吸が苦しいのか、それとも食事を堪能して高揚しているのか、頬がうっすらと染まったガシュウは血色が良く健康的に見えた。
飲み込むとガシュウは満面の笑みで声を発した。
「おいしいです!」
「そうか」
「本当ですよ!」
フレアはそっけなく返事をしてしまった。普段から他人に対して距離のある会話をしていたため、急に向けられた好意的な感情を受け止めきれなかった。それにガシュウに対しては遠慮のない会話に慣れていたため、照れ隠しで突き放してしまったのもある。
それをガシュウは、フレアがお世辞にとったと勘違いをしてやっきになった。
「本当の本当ですよ!こんなおいしいもの、ガシュウは今まで食べたことがありません。おいしいものを食べるって、こんなに幸せなことなんですね。今ガシュウは実感しています。幸せなんです。騎士さまのおかげです!」
テーブルをバンッと叩き、身を乗り出す。
「あ、ああ。分かった。喜んでもらえて何よりだ」
ガシュウの勢いに、フレアは珍しく動揺した。が、すぐに冷静を取り戻す。
「そんなに喜んでもらえたなら、連れてきた甲斐がある」
フレアは目を伏せて微笑んだ。
ガシュウは意外に思った。
フレアの目は鋭い。表情の変化も乏しいので冷淡な印象を受ける。それなのに、笑った顔はこんなにも優しいのかと、その表情が見れてガシュウは満足感を覚えた。うんうんと頷き、座り直して食事を再開した。
「この黄色い液体はなんですか?」
「オレンジのジュースだ」
「オレンジ。ガシュウ知ってますよ。丸いやつですよね。それがこんな風になるんですか?」
「その丸いやつを潰すとこんな風になるんだろう」
「へえ、不思議ですね」
皮をむいて搾るとかあるんだろうが、オレンジジュースの作り方に興味がなかったフレアは説明がめんどくさくなり「そうだな」とだけ返した。
ガシュウは用意されたストローに気づかずに、いや、使い方を知らないのだろうか、グラスに口をつけて飲んだ。
「甘い!すっぱい!わあ、不思議ですね。おいしい!」
オレンジジュースひとつでころころ表情の変えるガシュウを見て、子供のようだと思えた。見ていて飽きない。おかしくて笑いそうになり、フレアは「そうだな」とだけ返した。
食事中は、食べることに集中して会話はあまりなかった。会話はなかったが居心地は良かった。それはどちらともなく感じていることだと思えた。
ガシュウは半分ほど食べ終えた頃に、少し迷った仕草を見せてから、スプーンをテーブルに置いた。視線を少し彷徨わせてから、上目遣いでフレアを見た。
「騎士さま。これって、持ち帰ることはできますかね?」
「腹がいっぱいか?残せばいい」
「それは、もったいないですよ」
「そう言うと思った。持ち帰りは出来ない。普段ろくなもの食べてないんだろう。無理して食べきれ」
「いいえ、いいえ!もちろん食べきれます!ただ。あたしだけがこんなおいしいものを食べていていいんでしょうか。ポフに申し訳がない。ポフにも食べさせてあげたい…」
「ポフ?ペットか?」
「弟です!」
「ほう。弟がいるのか」
ガシュウには身寄りがいないと勝手に思い込んでいた。ガシュウの家族構成に興味をもった。
ガシュウのことがもっと知りたいとフレアは思った。
フレアがパスタを食べ始めるのを見てから、ガシュウはスプーンを手に取った。グーの形で上から掴んでスプーンの柄を握った。そのおかしな持ち方をフレアは一瞥したが、指摘はしないで自分の食事に戻った。
フレアの一瞬の視線に気がついて、ガシュウはまた眉を困らせた。スプーンを持っていない方の手で耳までかかる白い髪を指に絡ませながら言った。
「持ち方が変ですよね。あの。あたしは、その。食事の時はあまり食器を使わない方でしてね。この持ち方しか出来ないのです。あの。礼儀やマナーが分かっていなくて申し訳ありません。その。騎士さまの前でご無礼と思いますがどうかお許しください」
「俺は何も言ってないだろう」
「いや。はい」
「そんなマナーなんぞ気にする洒落た店じゃないだろう。はやく食べろ」
「はい」
食事が運ばれた時には嬉しそうだったガシュウの表情が、こんなことで曇ってしまうのは喜ばしくなかった。フレアはガシュウにも食べろと薦めるように自分の食事を続けた。ガシュウはそれに倣って、おかしな持ち方のスプーンを器用に動かしてオムライスのてっぺんをすくった。
「あっ!騎士さま!大きな卵焼きかと思っていたら、中からお米が出てきましたよ。それに、色が赤いんです!」
「そういう料理だからな」
「へえ!へえ!」
ガシュウは感慨すると、横から下からとオムライスを観察し出した。
「オムライスは初めてか?」
「おむらいすは初めてです」
スプーンですくった分のオムライスを口に含むと、ガシュウの痩けた頬はふんわりと膨らんだ。ほっぺたに手を添えてもぐもぐと噛みしめる。
ガシュウの小さな黒い瞳が心なしか大きく見える。その瞳にはキラキラとした輝きが映っていた。
「ほいひいえふ!」
「飲み込んでから喋ろ」
ガシュウはこくこくと頷いて、急いで飲み込もうとしていた。
「焦らなくていい」
ガシュウは口に手を当てて、またこくこくと頷きながら頬をもぐもぐさせている。焦らなくていいと言っているのに慌ただしい。
口がふさがって呼吸が苦しいのか、それとも食事を堪能して高揚しているのか、頬がうっすらと染まったガシュウは血色が良く健康的に見えた。
飲み込むとガシュウは満面の笑みで声を発した。
「おいしいです!」
「そうか」
「本当ですよ!」
フレアはそっけなく返事をしてしまった。普段から他人に対して距離のある会話をしていたため、急に向けられた好意的な感情を受け止めきれなかった。それにガシュウに対しては遠慮のない会話に慣れていたため、照れ隠しで突き放してしまったのもある。
それをガシュウは、フレアがお世辞にとったと勘違いをしてやっきになった。
「本当の本当ですよ!こんなおいしいもの、ガシュウは今まで食べたことがありません。おいしいものを食べるって、こんなに幸せなことなんですね。今ガシュウは実感しています。幸せなんです。騎士さまのおかげです!」
テーブルをバンッと叩き、身を乗り出す。
「あ、ああ。分かった。喜んでもらえて何よりだ」
ガシュウの勢いに、フレアは珍しく動揺した。が、すぐに冷静を取り戻す。
「そんなに喜んでもらえたなら、連れてきた甲斐がある」
フレアは目を伏せて微笑んだ。
ガシュウは意外に思った。
フレアの目は鋭い。表情の変化も乏しいので冷淡な印象を受ける。それなのに、笑った顔はこんなにも優しいのかと、その表情が見れてガシュウは満足感を覚えた。うんうんと頷き、座り直して食事を再開した。
「この黄色い液体はなんですか?」
「オレンジのジュースだ」
「オレンジ。ガシュウ知ってますよ。丸いやつですよね。それがこんな風になるんですか?」
「その丸いやつを潰すとこんな風になるんだろう」
「へえ、不思議ですね」
皮をむいて搾るとかあるんだろうが、オレンジジュースの作り方に興味がなかったフレアは説明がめんどくさくなり「そうだな」とだけ返した。
ガシュウは用意されたストローに気づかずに、いや、使い方を知らないのだろうか、グラスに口をつけて飲んだ。
「甘い!すっぱい!わあ、不思議ですね。おいしい!」
オレンジジュースひとつでころころ表情の変えるガシュウを見て、子供のようだと思えた。見ていて飽きない。おかしくて笑いそうになり、フレアは「そうだな」とだけ返した。
食事中は、食べることに集中して会話はあまりなかった。会話はなかったが居心地は良かった。それはどちらともなく感じていることだと思えた。
ガシュウは半分ほど食べ終えた頃に、少し迷った仕草を見せてから、スプーンをテーブルに置いた。視線を少し彷徨わせてから、上目遣いでフレアを見た。
「騎士さま。これって、持ち帰ることはできますかね?」
「腹がいっぱいか?残せばいい」
「それは、もったいないですよ」
「そう言うと思った。持ち帰りは出来ない。普段ろくなもの食べてないんだろう。無理して食べきれ」
「いいえ、いいえ!もちろん食べきれます!ただ。あたしだけがこんなおいしいものを食べていていいんでしょうか。ポフに申し訳がない。ポフにも食べさせてあげたい…」
「ポフ?ペットか?」
「弟です!」
「ほう。弟がいるのか」
ガシュウには身寄りがいないと勝手に思い込んでいた。ガシュウの家族構成に興味をもった。
ガシュウのことがもっと知りたいとフレアは思った。
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