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05. 大切な人

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「お前は弟と二人暮らしなのか?」

 フレアはガシュウに尋ねた。

「はい。そうです。ポフはあたしと違い優秀な子なんですよ」

 優秀。ということは、弟は普通の職についているのだろうか。言動から察するに、ガシュウはろくな生活をしていないように思えた。しかし、もしかするとフレアが思う以上に経済は安定してるのかもしれない。

「なんだ。ちゃんと稼ぎがしらがいるんだな」

「いいえ。稼ぎがしらはあたしですよ」

 予想に反した答えが返ってきた。

「ポフはまだ小さいんです」

「小さい?」

「ええ。12歳です。あたしに似てなくて可愛いですよ」

 ガシュウは楽しそうに話すが、フレアは怪訝に眉を寄せた。

「12?随分と歳が離れているんだな。ちゃんと食わせられているのか?親はどうしてる?」

 ガシュウはハッとして、笑顔を引っ込めて視線を泳がせると気まずそうにした。

「親は、その。あたしの記憶にないくらい前に亡くなりましてね。物心ついた時には孤児を預かる施設で暮らしていました。そこも18歳で出なきゃいけないので、それからはポフと2人で暮らしています」

「待て。今の話はおかしいだろう。両親をすぐに亡くしているのになぜ10も歳の離れた弟がいるんだ?」

「それは…」

 ガシュウは口ごもった。なかなか先を話そうとしない。
 フレアはプライベートな事を聞いていると自覚していたが、ガシュウの暮らしぶりを想像するにその12歳の弟も苦労しているに違いなかった。ガシュウは成人しているからまだ構わないが、12歳の弟のことは気がかりだ。ガシュウの話が腑に落ちない事も気になる。フレアは遠慮せずに踏み込んでいった。

「施設には18歳までいられるんだろう。なぜ12歳の弟は施設にいれない?」

「うう。あの。その」

「国で保護することも可能だろう?」

「…」

「どうなんだ?」

 騎士の職業柄からか威圧感が出る。まるで尋問のようだ。

「あの。本当にそうなんです」

「何が」

「ポフは、弟は、施設にいたほうが幸せなんです。そうなんです。わかっています。でも、あたしが連れて出たんです。弟と離れて暮らすのはツラくてツラくて耐えられなかった。ポフがいなかったら、あたしはひとりぼっちなんです。そんなの寂しくて、想像するだけで怖かった」

 堰をきったように喋りだすとガシュウは両手で顔を覆った。

「騎士さま。どうかガシュウからポフをとりあげないでください。ポフを施設へ連れていかないでください。どうか。どうか。」

「落ち着け。今、弟をどうこうする話はしていないだろう?現状を聞いているだけだ。18歳で施設を出たということは、弟は当時8歳だろう。無謀なことをしたものだ」

「すみません。すみません。ポフはあたしの生き甲斐なんです。ポフがいないと生きている意味がない。ポフを連れていかないで」

 ガシュウは涙こそ流さないが声が震えている。
 フレアは息を深く吸い込んでゆっくりと吐き出した。

「何をそんなに怯えているんだ。なぜ俺が弟を連れていくと思った?」

 ガシュウは顔から両手を外した。うるんだ瞳でフレアを見た。

「ポフは、国で保護する手続きをするようにと役所に忠告されているんです。騎士さまは国民を護る立場のお方ですから、役所と同じ考えだと思いまして…」

「まあ、違うとは言えないな」

 ガシュウは身構えた。
 フレアはゆっくりとコーヒーに口をつけた。

「弟が餓死寸前だとか、悲惨な状況なら国として動かなくてはいけないが、最低限の生活はできているんだろう?別にお前たちをどうこうするつもりはないよ」

 その言葉に、ガシュウは体から力を抜いて安堵した。

「弟の年齢差はどういうことだ?両親は亡くなっているんだろう?」

「それは、あたしとポフには血の繋がりはないんです。ポフとは同じ施設で育ちました。その頃から弟と呼んでいます。血の繋がりはなくてもあたしたちには絆がありますのでね」

「なるほど、ね」

「あたしはどうなってもいいんです。でも、ポフだけは幸せにしてあげたい」

 その表情は慈愛に満ちていた。ガシュウのことはノーテンキに見えるのに実際はいろいろと考えているのだろう。フレアの思考はどこか遠くでぼんやりとしていた。

 生活が苦しくても、こんなに愛情を向けられている弟は、幸せだろう。羨ましくも思える。生活が豊かでも愛情なんて一欠片もない家族だってあるのだから。

「フレアさまはご兄弟はいらっしゃるのですか?」

 フレアに兄弟はいないが、家族の話題そのものを毛嫌いしていた。ガシュウは聞かれたから聞き返しただけだろうに、フレアは苦々しく思った。
 フレアは話題をそらした。

「みやげを買っていこう」

「えっ?」

「食べ残したものを持ち帰ることは出来ないが、持ち帰り用の弁当は売っている。弟に持たせてやれ」

「本当ですか!騎士さま!あたし遠慮はしませんよ!」

「ああ。だから残りのオムライスも食べてしまえ」

「はい!そうします!」

 ガシュウはウキウキとした様子でオムライスを食べることを再開した。フレアは頬杖をついてそれを観察した。
 ガシュウが喜ぶところを見ると、こちらまであたたかい気持ちになれる。
 弟か。ガシュウに愛されている弟。きっと幸せな弟だろう。愛されている。愛されるとはなんだろうか。どういう気持ちになるのだろうか。

 食事も終わり、店を出て2人並んで歩いた。
 歩幅はガシュウに合わせてゆっくり歩いた。みやげは弟の分とガシュウの分とふたつ買ってやった。弟の分は一番高いものを平然とねだってきたが、ガシュウの分も買ってやると言うと急に気弱になり遠慮をし出した。図太いのか繊細なのか、よく分からない男だ。

 なんとなく、いつもの占いの場所まで戻ってきて、そこで解散の空気になった。


「フレアさま、今日は本当にありがとうございました。おいしかったです」

 身長差でガシュウはフレアを見上げて礼をいった。夕陽が差し込む時刻になっており、オレンジ色に染まる。買ってやったみやげを大事そうに両手で抱えている。

 正直、表情をくるくる変えて食事するガシュウの姿は可愛らしかった。こんなことを思うのは俺くらいのものだろうか?それとも誰しもがそう思うのだろうか。

 おかしなスプーンの握りかた。スプーンですくったオムライスはガシュウの口に運ばれる。味をかみしめ、ほころぶガシュウの口元。
 自然とフレアの手はガシュウの唇に触れた。ガシュウの唇はカサカサしていて柔らかさはない。想像していた通りなので、少し可笑しかった。

 ガシュウはキョトンとしている。
 分かっていないならそれでいい。
 フレアはガシュウに顔を近づけて、唇を重ねた。ガシュウはビクリと体を震わせたが特に抵抗はしなかった。少し離してからまた口づけた。それを2、3度繰り返し、最後にそのカサついた唇を舌でなぞってから、ゆっくりと体を離した。

 ガシュウは目を見開いて、固まったままの姿勢でこちらを凝視していた。顔が赤いのは夕陽のせいではないだろう。

「弟によろしくな」

 フレアは何事もなかったかのように淡々と告げた。ガシュウは弾かれたように頭を下げた。

「おみ、おみやげまであり、ありがとうございます。騎士さま、あ、違う、フレアさま!ま、またおおお会いましょう。そ、それでは」

 ガシュウは動揺を全く隠しきれずに何度もペコペコの礼をして慌ただしく走り去っていった。

 フレアは片手を口にあて、クスリと笑ってガシュウの背中を見送った。

 フレアには珍しく楽しい気持ちだった。それを隠すつもりもない。

 どうやらガシュウの占いは当たるようだ。占い通り、フレアにとって今日は楽しくて良い日になった。眠るときが楽しみだ。きっと幸せな夢を見るだろう。
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