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第4話 伯爵様との対面
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「《はじめての おるすばん》
リスくんの、おとうさんと、おかあさんは、ごようがあって、おでかけすることになりました。
リスくんは、おうちでひとりでおるすばんです。
「ひとりで、だいじょうぶ?」
おかあさんはとてもしんぱいそうです。
でも、リスくんは、むねをはってこういいました。
「ボクはもう、ひとりでおるすばんだってできるんだ! しんぱいしないで」
リスくんのことばに、おとうさんとおかあさんは、うれしくてうれしくて、あんしんしておでかけしました。
ひとりになったリスくんは、おうちのことをして、おかあさんをおどろかせようとしました。
ハタキとホウキをもってくると、リビングのおそうじをはじめました。でも、ひとりでおそうじをしたことがないので、かびんをひっくりかえしたり、カーペットがしわくちゃになって、まえよりひどくなってしまいました。
こんどは、だいどころのおそうじをはじめました。ホウキがおさらをしまっているたなにあたって、たくさんのおさらがおちて、われてしまいました。
いっしょうけんめいがんばれば、がんばるほどしっぱいしてしまいます。
そこに、おともだちのネズミくんがあそびにきました。
「どうしたのリスくん? どろぼうがはいったのかい!?」
おうちのなかをみて、ネズミくんはしっぽをとがらせておどろいてしまいました。
すっかりおちこんでしまったリスくんは、おかあさんをおどろかせたくてやったことをネズミくんにはなしました。
「これじゃあ、たしかにおどろいちゃうね」
ますますげんきがなくなってしまったリスくんがかわいそうになって、ネズミくんはリスくんにこういいました。
「ボクもてつだってあげるから、おかたづけがんばろう」
リスくんはうれしくなって、ネズミくんといっしょにおかたづけをがんばりました。
ゆうがたになって、ごようをすませたおとうさんと、おかあさんがおうちにかえってきました。そして、おうちのなかが、ピカピカになっていて、とてもびっくりしてしまいました。
ソファには、くたくたになったリスくんとネズミくんが、ぐっすりねむっていました。
おしまい」
「はい、よく一晩で、朗読できるまで覚えましたね。とても上出来ですよ」
パヴリーナはにっこりと微笑んでインドラを褒めた。
「ありがとうございます。何だかとても、懐かしい気持ちになって読んでしまいました」
どこかしみじみとした口調のインドラに、パヴリーナは怪訝そうに首をかしげた。
「あたしには幼い弟と妹がいるんですが、リスくんとネズミくんが、二人に重なってしまって……」
手伝う手伝うと、いつもまとわりついて、失敗ばかりしていた幼い弟妹たち。物語を読んでいたら、弟妹たちと過ごした日々が懐かしい。まだそんなに日が経っているわけではないが、もう昔のような感じがしてしまって、インドラは心に小さな痛みを感じて表情を曇らせた。
インドラの表情から察したパヴリーナは、努めて明るい笑顔を浮かべると、そっと手を重ねた。
「永遠に会えないわけではありませんから、いつか会える時まで頑張りましょうね」
パヴリーナの心遣いに、インドラは感謝を込めて微笑んだ。
その時、突然バトラーのドラホスラフが書斎に現れ、パヴリーナを手招きして何事かを耳打ちしていた。
「まあ、随分とお早いのですね」
「ええ。なので予定の方を少し変えていただくということで」
「判りました」
インドラは教科書に目を通しながらも、断片的に聞こえてくる二人の会話が気になってしょうがない。
やがて話が終わると、ドラホスラフは会釈をして下がり、パヴリーナが小走りに戻ってきた。
「お嬢様、少しスケジュールを変更して、行儀作法や言葉遣いなどを最優先で学んでいただきます。語学などはそれらが落ち着いてからで」
「はい、先生。でも、どうしてですか?」
「実は、メイズリーク伯爵はお仕事でずっと国外にお出かけになっているのですけど、急遽予定を繰り上げて、お城にお戻りになるそうなのです」
「まあ、では伯爵様にお会いできるんでしょうか?」
「ええ、ご挨拶をしなければならないですね」
ついに伯爵と会うことができる。インドラの心はドキドキと高鳴っていた。
伯爵は、一体どんな人なんだろう? あんな大金を支払ってまで、自分を奉公に雇った人だ。きっと、懐の広い人に違いない。
それから一週間、みっちりと行儀作法、言葉遣い、立ち居振る舞いなどを徹底的に叩き込まれた。伯爵の前で粗相がないように。ダンスとピアノのレッスンも中止されていた。そのため、歳が近いアンジェリーンと会えないのは寂しく感じている。初対面の時は冷たい印象を受けたが、ぶっきらぼうなだけで、笑うと笑顔がとても綺麗なのだ。
これまで男性は父親か弟、時折町や村ですれ違う人たちだけだった。こんなに身近に、しかも笑顔が綺麗な男性は初めてである。まだ2回しかダンスのレッスンは受けていないが、インドラの心の中には、アンジェリーンへの想いが、小さく芽生えていた。
伯爵が帰ってくる当日、出迎えるため城中大騒ぎに包まれていた。使用人たちがバタバタ走り回り、バトラーのドラホスラフも、ハウスキーパーのアネシュカも、使用人たちへの指示でてんてこ舞いの有様だ。
自室で身支度を整え、パヴリーナとクローデットと一緒に待機しているインドラも、心の中がドキドキでパンクしそうになっていた。
「伯爵はとても厳格な方です。あまり笑顔を見せることはありませんが、怖がらずに、堂々とご挨拶なさいませ」
パヴリーナは励ましているつもりだが、それでは余計怖がらせているだけでは、とクローデットは思ったが黙っていた。とうのインドラは、椅子に座り、ぎゅっと膝のドレスを掴んで緊張で硬直している。
やがて部屋の扉がノックされ、メイドの一人が伯爵の帰宅を告げた。
「お嬢様、参りましょう」
若干上ずった声でパヴリーナが促すと、ぎこちない動作でインドラは立ち上がった。
伯爵と面会する応接間の前まで来ると、アネシュカが待っていた。
「お待ちになっておりますわ。さあ、どうぞ」
手ずから扉をノックし、扉を開ける。
「失礼いたします」
緊張のため硬くなった声で言うと、恐る恐るインドラは部屋に入った。
顔を上げると、目の前のソファに、身なりの立派な紳士が座り、傍らにはバトラーのドラホスラフが立っていた。
「あ、あの…初めまして…」
緊張で萎縮してしまったインドラは、消え入りそうな声でそれだけを言うと、あとは喉が詰まってしまい、小さく震えだしてしまった。
そんな様子を見ていたドラホスラフは、助けてやりたかったが、主の前で勝手に言葉を発することもできず、またアネシュカも同じ気持ちでインドラを見守っていた。
何も言わず、青い瞳でじっとインドラを見ていた伯爵は、ダークブラウンの頭髪と同じ色をした口髭を軽く撫でると、ソファから立ち上がった。そして何も言わずにインドラの横を素通りすると、颯爽とした歩調で応接間を出て行ってしまった。
「あ、旦那様!」
ドラホスラフはアネシュカに目配せすると、伯爵を追って駆け出していった。
第4話 伯爵様との対面 つづく
リスくんの、おとうさんと、おかあさんは、ごようがあって、おでかけすることになりました。
リスくんは、おうちでひとりでおるすばんです。
「ひとりで、だいじょうぶ?」
おかあさんはとてもしんぱいそうです。
でも、リスくんは、むねをはってこういいました。
「ボクはもう、ひとりでおるすばんだってできるんだ! しんぱいしないで」
リスくんのことばに、おとうさんとおかあさんは、うれしくてうれしくて、あんしんしておでかけしました。
ひとりになったリスくんは、おうちのことをして、おかあさんをおどろかせようとしました。
ハタキとホウキをもってくると、リビングのおそうじをはじめました。でも、ひとりでおそうじをしたことがないので、かびんをひっくりかえしたり、カーペットがしわくちゃになって、まえよりひどくなってしまいました。
こんどは、だいどころのおそうじをはじめました。ホウキがおさらをしまっているたなにあたって、たくさんのおさらがおちて、われてしまいました。
いっしょうけんめいがんばれば、がんばるほどしっぱいしてしまいます。
そこに、おともだちのネズミくんがあそびにきました。
「どうしたのリスくん? どろぼうがはいったのかい!?」
おうちのなかをみて、ネズミくんはしっぽをとがらせておどろいてしまいました。
すっかりおちこんでしまったリスくんは、おかあさんをおどろかせたくてやったことをネズミくんにはなしました。
「これじゃあ、たしかにおどろいちゃうね」
ますますげんきがなくなってしまったリスくんがかわいそうになって、ネズミくんはリスくんにこういいました。
「ボクもてつだってあげるから、おかたづけがんばろう」
リスくんはうれしくなって、ネズミくんといっしょにおかたづけをがんばりました。
ゆうがたになって、ごようをすませたおとうさんと、おかあさんがおうちにかえってきました。そして、おうちのなかが、ピカピカになっていて、とてもびっくりしてしまいました。
ソファには、くたくたになったリスくんとネズミくんが、ぐっすりねむっていました。
おしまい」
「はい、よく一晩で、朗読できるまで覚えましたね。とても上出来ですよ」
パヴリーナはにっこりと微笑んでインドラを褒めた。
「ありがとうございます。何だかとても、懐かしい気持ちになって読んでしまいました」
どこかしみじみとした口調のインドラに、パヴリーナは怪訝そうに首をかしげた。
「あたしには幼い弟と妹がいるんですが、リスくんとネズミくんが、二人に重なってしまって……」
手伝う手伝うと、いつもまとわりついて、失敗ばかりしていた幼い弟妹たち。物語を読んでいたら、弟妹たちと過ごした日々が懐かしい。まだそんなに日が経っているわけではないが、もう昔のような感じがしてしまって、インドラは心に小さな痛みを感じて表情を曇らせた。
インドラの表情から察したパヴリーナは、努めて明るい笑顔を浮かべると、そっと手を重ねた。
「永遠に会えないわけではありませんから、いつか会える時まで頑張りましょうね」
パヴリーナの心遣いに、インドラは感謝を込めて微笑んだ。
その時、突然バトラーのドラホスラフが書斎に現れ、パヴリーナを手招きして何事かを耳打ちしていた。
「まあ、随分とお早いのですね」
「ええ。なので予定の方を少し変えていただくということで」
「判りました」
インドラは教科書に目を通しながらも、断片的に聞こえてくる二人の会話が気になってしょうがない。
やがて話が終わると、ドラホスラフは会釈をして下がり、パヴリーナが小走りに戻ってきた。
「お嬢様、少しスケジュールを変更して、行儀作法や言葉遣いなどを最優先で学んでいただきます。語学などはそれらが落ち着いてからで」
「はい、先生。でも、どうしてですか?」
「実は、メイズリーク伯爵はお仕事でずっと国外にお出かけになっているのですけど、急遽予定を繰り上げて、お城にお戻りになるそうなのです」
「まあ、では伯爵様にお会いできるんでしょうか?」
「ええ、ご挨拶をしなければならないですね」
ついに伯爵と会うことができる。インドラの心はドキドキと高鳴っていた。
伯爵は、一体どんな人なんだろう? あんな大金を支払ってまで、自分を奉公に雇った人だ。きっと、懐の広い人に違いない。
それから一週間、みっちりと行儀作法、言葉遣い、立ち居振る舞いなどを徹底的に叩き込まれた。伯爵の前で粗相がないように。ダンスとピアノのレッスンも中止されていた。そのため、歳が近いアンジェリーンと会えないのは寂しく感じている。初対面の時は冷たい印象を受けたが、ぶっきらぼうなだけで、笑うと笑顔がとても綺麗なのだ。
これまで男性は父親か弟、時折町や村ですれ違う人たちだけだった。こんなに身近に、しかも笑顔が綺麗な男性は初めてである。まだ2回しかダンスのレッスンは受けていないが、インドラの心の中には、アンジェリーンへの想いが、小さく芽生えていた。
伯爵が帰ってくる当日、出迎えるため城中大騒ぎに包まれていた。使用人たちがバタバタ走り回り、バトラーのドラホスラフも、ハウスキーパーのアネシュカも、使用人たちへの指示でてんてこ舞いの有様だ。
自室で身支度を整え、パヴリーナとクローデットと一緒に待機しているインドラも、心の中がドキドキでパンクしそうになっていた。
「伯爵はとても厳格な方です。あまり笑顔を見せることはありませんが、怖がらずに、堂々とご挨拶なさいませ」
パヴリーナは励ましているつもりだが、それでは余計怖がらせているだけでは、とクローデットは思ったが黙っていた。とうのインドラは、椅子に座り、ぎゅっと膝のドレスを掴んで緊張で硬直している。
やがて部屋の扉がノックされ、メイドの一人が伯爵の帰宅を告げた。
「お嬢様、参りましょう」
若干上ずった声でパヴリーナが促すと、ぎこちない動作でインドラは立ち上がった。
伯爵と面会する応接間の前まで来ると、アネシュカが待っていた。
「お待ちになっておりますわ。さあ、どうぞ」
手ずから扉をノックし、扉を開ける。
「失礼いたします」
緊張のため硬くなった声で言うと、恐る恐るインドラは部屋に入った。
顔を上げると、目の前のソファに、身なりの立派な紳士が座り、傍らにはバトラーのドラホスラフが立っていた。
「あ、あの…初めまして…」
緊張で萎縮してしまったインドラは、消え入りそうな声でそれだけを言うと、あとは喉が詰まってしまい、小さく震えだしてしまった。
そんな様子を見ていたドラホスラフは、助けてやりたかったが、主の前で勝手に言葉を発することもできず、またアネシュカも同じ気持ちでインドラを見守っていた。
何も言わず、青い瞳でじっとインドラを見ていた伯爵は、ダークブラウンの頭髪と同じ色をした口髭を軽く撫でると、ソファから立ち上がった。そして何も言わずにインドラの横を素通りすると、颯爽とした歩調で応接間を出て行ってしまった。
「あ、旦那様!」
ドラホスラフはアネシュカに目配せすると、伯爵を追って駆け出していった。
第4話 伯爵様との対面 つづく
応援ありがとうございます!
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