冥恋アプリ

真霜ナオ

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27:暗黒魔術師

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 俺たちの背後に立っていた男性は、なぜだか俺たちと視線を合わせようとしない。
 忙しなく視線をさ迷わせているのだが、声を掛けてきたのだから彼がブログの開設者で間違いないのだろう。

 猫背気味でボサボサの黒髪を一纏めにしている。年齢は三十代後半くらいだろうか?
 これは外見からの印象に過ぎないのだが、直接人と会話をするのが得意ではないように見えた。
 ブログやメールでは流暢りゅうちょうに言葉を発していたのだが、リアルとネット上では別人になるタイプなのだろう。

(丈介さんには悪いけど、車で待機してもらってて正解だったかもな)

 恐らく彼がいたら、声も掛けられずに逃げられていた可能性が高い。

「えっと……暗黒魔術師あんこくまじゅつしさん、ですよね?」

 暗黒魔術師とは、彼がブログ上で使用していたハンドルネームだ。
 外見と同様に、本名などは教えてもらえなかったので、その名前で呼ぶしかない。

(何か、口に出すとムズムズするよな……)

 俺も中学生の頃には、いわゆる厨二病ちゅうにびょうと呼ばれるような、恥ずかしい名前を付けて漫画を描いて遊んだりしていたことがある。
 その頃のことは定期的に記憶から抹消したくなるのだが、何となくその感覚に似ているような気がした。

「そ、そう。ボクが暗黒魔術師。あ、アプリの不審死事件について、調べてるんだって?」

「はい。メールでもお話ししましたけど、事件について調べていくうちに暗黒魔術師さんのブログを見つけて……知っている情報を教えてもらいたいんです」

「そ、その前に……証拠、あるかな? キミたちが本当に、アプリの被害者だって証拠」

「証拠……?」

「は、話だけならネットの情報搔き集めて、適当に作ることもできるからね。ほ、本当に被害者だっていうなら、証拠を見せられるはずだ」

 まさかこの期に及んで証拠の提示を求められるとは思っておらず、俺は戸惑ってしまう。
 しかし、その要求にいち早く応じたのは柚梨だった。

「これで信じてもらえますか?」

 スマホを取り出した彼女は、暗黒魔術師にあの赤い紙の画面を見せたのだ。
 被害者となった人間でなければ、持っていないはずの画像だろう。

「な、なるほど……確かに、本物みたいだね」

「本物だって、どうしてわかるんですか?」

 信用を得ることはできたようだが、彼は自分ではアプリをやっていないと書いていたはずだ。
 だというのに、なぜその画像だけで本物だと確証を得ることができたのだろうか?

「ま、前に、見せてもらったことがあるんだ。ボクのブログによく書き込みをしてくれてた、常連さんにね……か、彼もきっと、もう死んでしまってるんだろうけど」

「常連さんって……もしかして、赤い紙を引いたって書き込みをしてた人ですか?」

 俺の言葉に、彼は頷いて見せた。
 俺たちにはコメント欄でのやり取りしか見えていなかったのだが、それ以外にもコメント主とのやり取りをしていたということなのだろう。

(ってことは、連絡が取れなくなる直前まで、詳細な話を聞いていた可能性がある……!)

 あのブログ上では、コメント主が赤い紙を引いたということまでしかわからなかった。
 けれど、その紙の画像を暗黒魔術師が見せてもらっていたということは、もっと具体的な会話をしていた可能性もあるということだ。

「その人は、何か話してませんでしたか? どんな現象が起きているとか、回避するための方法とか……!」

「げ、現象っていえば……黒いモヤが現れるって話と、ソイツに追われてるって話は聞いたよ。か、回避は……多分無理だったんだと思う」

「無理ってことは、その人何か試したってこと? 試す前から無理なんて言わないよね?」

「お、お祓いとか盛り塩とか、そういうのだよ。た、多分、キミたちもやったんじゃないのかな?」

 コメント主もまた、俺たちが思いついたようなことをやっていたのだろう。
 けれど、連絡が取れなくなってしまった以上、その彼の消息を知ることは叶わない。
 もっとも、暗黒魔術師の言う通り、連絡が取れなくなった時点で生存している確率は限りなく低いのだろうが。

「他には、いないんですか? この不審死事件に関して、関係ある人の話を聞いたりとか……」

「な、無いことはないよ。ボクの身近な人……従兄弟いとこがあのアプリで死んでるんだ」

 彼の周囲でも犠牲となった人がいるとは聞いていたが、従兄弟だったのか。
 詳細を聞いても良いかと躊躇ためらったが、暗黒魔術師の方から話し始めてくれた。

「い、従兄弟は、それは酷い死に様だったよ。き、近所に住んでて、発見したのはボクの母親だったんだけど、パニックを起こして呼び出されたんだ」

「それで、暗黒魔術師さんも遺体を見たんですね……?」

「ああ……ぼ、ボクはネットでグロい画像を見たりもしてきたけど、あ、あんなのは生まれて初めてだった……そのことについて情報を集めようと、ブログを始めたんだ」

 あの遺体の状態がむごすぎるというのは、目にした人間しかわからない。
 葵衣も兄の惨状を思い出してしまったのか、酷く不快そうな表情をしているのが目に入る。

「だ、だけど……回避は、やっぱり無理だよ。あ、赤い紙を引いたら、終わりなんだ。ボクの周りでも、ブログで知り合った人も、み、みんな……誰一人として、助かった人間なんていないんだから」

「誰一人として……?」

「だ、だってそうだろ? た、助かったって人間がいるのなら、その方法を黙っているはずがない。ぼ、ボクはネットでは顔が広い方だけど……どこからも、助かったなんて情報は入ってきてないんだ」

「そんな……」

 自分で情報を探るしかない俺たちとは異なって、あらゆる方面から情報を収集している彼ならば、何か掴んでいるかもしれないと思っていた。
 だというのに、その彼の口から出てきたのは、よりにもよって俺たちが一番聞きたくない回答だった。

「き、期待させていたなら悪いけど……ぼ、ボクも、何かキミたちから情報を得られないかと思ってたんだ」

「いえ、暗黒魔術師さんが悪いわけじゃないですから……」

 そう、彼のせいではない。俺たちが勝手に期待しすぎていただけなのだから。

「だ、だけど、ある人はこんなことも言ってたよ。『怪異を、見たことがある』って」

「見たことがある……? それって、どういう意味?」

「ぼ、ボクもわからないよ。ただ……見覚えがある、って言ってるようなニュアンスだった」

 見覚えがあるというのは、以前にもどこかで怪異を見たことがあったということだろうか?
 赤い紙を引いた後ならば、何度か怪異を目にしていてもおかしくはない。
 だが、そのことで『以前にも怪異を見たことがある』といった言葉が出てくるものだろうか?

「身近な人がアプリを使っていて、その人に憑いた怪異をたまたま目にした……とか?」

「もしくは、言葉そのままの意味なのかも」

「そのままって……怪異なんて、普通目にするもんじゃないだろ?」

 今日、パワーストーンを買いに行った時もそうだ。
 怪異に巻き込まれている俺たち以外の人間には、その姿は見えていなかったのだ。

(赤い紙を引いてない俺と、アプリすらやってない丈介さんにまでその姿が見える基準はわからないけど)

 身近な人間が標的なっていること。そして、問題を解決しようとしているからこそ、排除すべき人間として認定されているのかもしれない。
 そうした理由でもなければ、あとは霊感のある人間に見えているくらいのものだろう。
 そんな力があるのなら、被害者は暗黒魔術師にそのことを伝えていそうなものだ。

「と、とにかく……ボクが教えられるのは、そのくらいだよ。あとはボクの方が知りたいくらいなんだ」

「いえ、ありがとうございました。もし、何かわかったら連絡を貰えますか?」

「あ、ああ。キミたちも、回避できる方法がわかったら教えてくれよ」

 結局、俺たちは収穫らしい収穫も得られないまま、暗黒魔術師と別れた。
 車で待機していた丈介は良い報告を期待していたようだが、俺たちの表情を見て成果の有無についてを察したのだろう。
 そのまま黙って車を発進させてくれた。
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