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07:都市伝説
しおりを挟む俺は持参したリュックの中に入っていた道具を取り出して、机の上に並べていく。
準備をするといっても時間のかかるようなものは無く、都市伝説を試そうと思えばすぐにでも実行することができる。
ただ、ここに集まっているのはMyTubeの配信者たちだ。台本とまではいかなくとも、大まかな段取りは頭に入れて行動をする必要がある。
グダグダになって、カットばかりの短い動画になってしまうのだけは避けたい。
動画が盛り上がらなければ、わざわざオフで撮影をしに来た意味が無いのだから。
「何だか、ちょっとドキドキしてきました。こっくりさんとか、そういうのもやったことがないので」
「こっくりさんはアタシやったことあるけど、即席だったし五十円玉だったなあ。しかも友達が指動かしてたし」
道具を目にしたことで、これから都市伝説を試すのだという実感が湧いてきたのかもしれない。
カルアちゃんの呟きを聞いて、他のメンバーも心なしかソワソワとした空気を醸し出しているのがわかる。
机の中央に、100均で購入してきたロウソク立てを置き、そこに13cmほどの長さの赤いロウソクを立てる。
その左手には、ペットボトルの水を注いだ透明なコップ。右手には椀に盛った生米を置く。
そして奥側には、小皿に盛った塩を置けば下準備はほぼ完了だ。
どれも簡単に用意できるものばかりだったので、企画を考えてすぐに動き出せた。それも、都市伝説を試してみようと思えた理由のひとつだった。
「ユジっち、準備ってコレで全部?」
「ああ、大体ね。あとは、みんなに持って来てもらったと思うけど、人形の準備ができたらオッケーかな」
俺の言葉を聞いて、みんなはそれぞれに人形を取り出す。
人型から動物まで種類は様々だが、どれも掌程度のサイズに統一されている。これは、俺がそう指示を出したからだ。
「それじゃあ、改めて説明しようか。今回俺たちがやるのは、都市伝説の『トゴウ様』を呼び出す実験です」
「ハイハーイ! ユージ先生、トゴウ様ってどんな都市伝説なんですか~?」
動画の流れを汲んでくれているのだろう。大きく片腕を上げるねりちゃんの方へカメラを向けてから、俺はぐるりと全員の姿を映す。
「トゴウ様っていうのは、近頃若者を中心に噂になってる都市伝説だよ。とある条件を達成すると、願い事を何でも叶えてくれるんだって」
「何でもって、億万長者になりたいとか、ダミーが大統領になるとかでも叶えてくれるってコト?」
「噂が事実ならそうじゃないかな。諸説あるらしいけど、トゴウ様っていうのは『目的を遂げる』ことから、『遂げる』がどこかで訛りみたいに変化して『トゴウ様』って呼ばれるようになったんじゃないか、って言われてるらしい」
「ンで、その願いを叶えてもらう条件っつーのがあんだよな?」
「はい。トゴウ様を呼び出せば、誰でも願いが叶うわけじゃありません」
財王さんの言う通り、トゴウ様を呼び出すことが願いを叶える条件ではない。
「願い事は一人一つまで。そして、叶えてもらうことができるのは、条件を達成した最初の一人だけです。何人でやっても、その条件は変わりません。一応、達成するまでなら願いの変更は可能みたいだけど」
「つまり、願い事は早い者勝ちってことだ?」
ニンマリと笑う牛タルは、自分の願いを叶えてもらう気マンマンのように見える。
だが、それは他のメンバーも同じだ。誰だって、叶えたい願いの一つや二つあるものだろう。
俺がトゴウ様という都市伝説を検証してみようと思った理由のひとつに、この条件があった。
願いが叶うというだけでも十分に目を惹く要素かもしれないが、これはあくまで動画撮影だ。
競い合えるような条件があった方が、動画も盛り上がるのではないかと考えての決定だった。
「用意した人形は、言わば自分の分身になる。ソイツに自分の髪を巻き付けるか、血を付けてどこかに隠すんだ。隠すのは自分以外の人形だけど、最初に自分の人形を見つけて、ロウソクの火で燃やした人が願いを叶えてもらえることになる」
「えっと、時間制限もあるんですよね? あと、禁止事項とか」
「うん。タイムリミットはロウソクの火が消えるまで、大体一時間ちょっとになるかな。誰かが人形を燃やすか、火が消えるまで探すのをやめちゃいけないんだ。あと、隠した人にその場所を教えてもらうのも禁止」
「それって、もしルールを破ったら何かペナルティとかある? いや、俺クンは不正とかしないけどさあ」
牛タルの問いを受けて、カメラ越しに一斉に視線が集まるのがわかった。
不正を働くのも、場合によっては面白くて撮れ高になる可能性もある。必要なら、罰ゲームを用意しても良かったのだが。
「ルールを破った場合には、違反者がトゴウ様に呪い殺されるらしい。あと、願いを叶えられなかった人間も最終的にはそうなる。つまり、生き残れるのは願いを叶えられた人だけってことかな」
「えっ……」
過激なワードに反応したのは、カルアちゃんだった。
都市伝説を試そうとしているとはいえ、そんなペナルティがあるとは思わなかったのだろう。
実際にそんなことが起こるはずはないのだが、動画的には怯えてくれる女の子がいた方が都合が良い。
彼女には申し訳ないが、俺は安心させようとする言葉を飲み込んだ。
「まあ、誰もルール違反をしなければいいわけだし。あ、ちなみに廃校を選んだのは、邪魔が入らないっていうのと雰囲気かな。室内だったらどこでやってもいいらしいんだけど」
「室内だったらってことは、外に隠すのはナシだよね? 土の中とかに埋めたら、さすがに見つけられないだろうし」
「そうそう。渡り廊下とかは室内判定だけど、校庭とか中庭はナシ。あ、ねりちゃんの胃袋の中とかもナシね」
「失礼な! いくら大食い系MyTuberでも人形は食べないから!」
笑いが起こって、少し場が和やかな空気になる。
一通りの説明が終わったところで、俺はそのままねりちゃんの方へカメラを向けた。
「ちなみに、儀式を開始する前に一人ずつ聞いていきたいんだけど。ねりちゃんはトゴウ様にどんな願いを叶えてもらいたい?」
「えー、アタシは世界中の美味しい物を一生食べ続けたいかな~。食べるのが好きだからこそ大食い系やってるのもあるし」
「ねりちゃんなら食い尽くしそうだな。じゃあその相方の牛タルは?」
「俺クンは何食っても平気なくらいの強靭な胃袋が欲しい! 前は何でもなかったんだけど、早食いやると最近胃もたれ激しいんだよね」
「リスナーの皆さん、可哀想な牛タルくんに胃腸薬送ってやってくださーい。じゃあ次、ダミーちゃん」
「ん~、ダミーは内緒! 全部終わったら最後に教えてあげるヨ~ン」
「うわ、引っ張るなあ。内緒にされんのはスゲー気になる。それじゃあ、財王さんは教えてもらえます?」
「オレはMyTuber界のトップになる。つっても、トゴウなんて奴に頼らなくとも自力でなってやるけどよ」
「さすが財王さん、俺もその背中追いかけたいっス! じゃあ最後、カルアちゃんのお願いは?」
「わ、私も……恥ずかしいから、今はまだ内緒でお願いします」
俺としては一番気になっていたお願いだったが、恥ずかしがるカルアちゃんの姿が可愛いのでそれ以上追及することができない。
「そっかあ、じゃあ内緒の二人は最後に発表ってことで! あ、人形見つけられなかったから結局教えないってパターンは動画的にナシでお願いします」
「ユージ、そういうテメエはどうなんだよ?」
「え?」
「そうそう、アタシたちにだけ聞いてユージのはまだじゃん! ハイ、あなたの願い事は何ですか?」
言われてみれば、俺自身の願いを発表するのを忘れていた。
俺からスマホを取り上げたねりちゃんが、カメラを俺に向けてくる。インタビューをするように、握りこぶしを作った右手もご丁寧に添えられていた。
「えっと、俺の願いは……この動画がめちゃくちゃバズること、です」
「えーっ!? 何それ、ユジっち実はもっと別のこと考えてるっしょ!? たとえばカル……」
「いやいやいや、ホントにバズってほしいんだって!!!! ほら、暗くなってきたしそろそろ始めるぞ!!」
納得いっていない様子の食物連鎖の二人を無視して、俺はどうにか自分のスマホを取り戻すことに成功した。
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