15 / 34
15:5両目
しおりを挟む『次は、叫喚駅。次は、叫喚駅。お出口は右側です』
貫通扉を抜けて5両目に足を踏み入れた途端、車内アナウンスが響く。
やっと移動ができたばかりだというのに、もう次の駅に到着してしまうのか。
駆け込むと同時に背後の扉を閉めれば、やはり化け物が追いかけてくる様子はない。
触れた取っ手に違和感があると思ったのだが、白い布のようなものがぶら下がっているのが目に入った。これはなんだろうか?
「こりゃまた、随分と大所帯だなあ?」
そう考えていた僕の耳に、聞き覚えのない声が飛び込んでくる。
車内へ向き直ってみると、先にこの車両に駆け込んだ福村たちよりも奥に、一人の男が立っているのが見えた。
「……あの、あなたは……?」
「人に尋ねる時はまず自分から名乗るモンだが、まあ……こんな場所で礼儀もクソもないか」
僕たちはここまで、同じバイト先の仲間同士で行動を共にしてきた。
そこに突然現れた見ず知らずの男に、みんなの警戒心が強まっていくのがわかる。
背は喜多川よりも少し高いくらいに思えるが、男の方が細身なので力では勝てそうだ。
無造作に纏めた黒髪はボサボサで、無精ひげを生やしている。
オリーブ色のモッズコートは所々が破れたり、赤黒く染まっていて、もしかすると彼もあの化け物と戦ったのかもしれない。
「……その前に、生き延びたけりゃ気持ちを切り替えた方がいい。間もなくお客さんの到着だ」
「え……?」
男が顎先で示したのは、進行方向に向かって右手側の乗降扉だった。
アナウンスが聞こえた後なのだから、電車が止まればその扉が開くのだろう。彼は注意を促してくれている。
男の言葉を受けて全員が身構えるのとほぼ同時に、電車がブレーキを掛けたのがわかる。
あの扉の向こうから、今度は何がやってくるのだろうか?
「これ……なんの音だ?」
開かれた扉に視線を向けながら、その音に最初に気がついたのは喜多川だった。
ブ……ブ……と、なにかが振動しているみたいな。アラームをセットしたまま、枕の下に滑り込んだスマホみたいな音が聞こえる。
扉の外を見ていても、なにかが這い出してくる様子はない。
「い、今のうちに隣の車両に向かうのは……」
「でも、さっきみたいに扉が開かなかったら……?」
「考えててもしょうがないし、ひとまず、熱ッ!?」
化け物が急に飛び出してこないとも限らないが、目指す先は決まっているのだから行動した方が早い。
そう思って4両目の方へと歩き出そうとした僕は、鼻の頭に飛んできた何かを避けられず、急な熱さに顔を背ける。
「清瀬くん、大丈夫?」
「は、はい……今のなんだ……?」
じんじんと痛む鼻先は、擦り傷のように軽い怪我を負っていた。
どこからか黒い液体の飛沫が飛んできたのかもしれない。そう思いながら視線を戻した時、目の前に再び小さな黒い何かが飛んできた。
「うおっ……!?」
今度は反射的に避けることに成功したものの、僕の真横を通り過ぎたそれは、後ろの壁に付着する。
やはり飛沫のように見えたのだが、奇妙な感覚に僕は目を凝らしてみる。
よく見れば、その飛沫は動いていた。
小指の長さほどの小さな羽虫に見える。けれど、それは確かに人間の形をしていた。
小さすぎて顔の判別はできないが、人の頭に胴体があって、左右に五本ずつ長さの異なる腕が生えている。それらがそれぞれに意思を持って動いているのだ。
背中には羽が生えていて、飛び上がったかと思うと、ブブブ……と不快な羽音を立てながら僕の方へと飛び掛かってきた。
「うっ、うわああッ!!?」
気味の悪さに、思わずそれを片手で叩き落とす。
黒い液体を纏っているせいで掌に痛みが走ったが、地面に落下したそれはもう飛び上がることはなさそうだ。
「ど、どうしたんだ!?」
「わからないけど、虫みたいな……でも、人の形をしてた」
「なんだよそれ、気持ち悪すぎるだろ……」
「この電車には、あらゆる怪異が乗り込んでくる」
「怪異……?」
駆け寄ってきた喜多川は、足元の黒い点を見下ろして顔を顰めている。
一方で、僕の反応を見ていた男は、一人だけ冷静な様子でそんなことを言い出した。
「オレがそう呼んでいるだけだが、こうも化け物だらけだと呼び名がある方が便利でな」
「化け物だらけ……ってことは、やっぱりあなたも化け物と戦ったんですか?」
「生き残ってるんだから、そういうことになるだろうな」
敵か味方かわからなかったが、やはりこの男も僕らと同じように、不可解な現象に巻き込まれた一人なのだろう。
「ねえ、あれ……まさか、その虫みたいな怪異じゃないよね……?」
「え……?」
青ざめた顔をした高月さんが、扉の向こうを指差している。
そちらに目を向けても、そこには何も無いように見えた。しかし、僕はすぐに彼女の言わんとしていることを理解する。
暗闇しか見えない扉の向こう。そこから、じわじわと車内に闇が広がってきているのだ。
真っ白な紙に垂らした墨汁の染みが滲んでいくみたいに、車内を浸食し始める闇。
それは闇ではなく、黒い液体を纏った羽虫だった。
おびただしいほどの羽虫の大群が、壁や天井を這い車内へと入り込んできているのだ。
「うわあっ、逃げろ……!!」
「逃げろったってどうやって!?」
「隣行くしかねーだろ!!」
駆け出した福村は4両目へ向かおうとしているが、行く手を羽虫の怪異に阻まれてしまう。
群がってくるそれらを両手で払おうとしているものの、あまりにも数が多すぎる。降り注ぐ雨を素手で避けようとしているようなものだ。
「コートを使って!!」
そう叫んだ高月さんは、自身のコートを脱いでバサバサと仰ぐようにしている。
腕で払うよりも面積が大きい分、羽虫たちも叩き落とされたり、風圧で別の場所に吹き飛ばされているのが見えた。
僕も彼女に倣ってコートを脱ぐと、滅茶苦茶に腕を動かして羽虫を払いながら移動していく。
自然と全員が背を預ける形で、ひと塊になる。
「数は多いけど、一匹ごとの力が強いわけじゃない。このままどうにか隣の車両まで……」
「そうは言ってられないんじゃないか?」
僕の言葉を否定した男は、自分のコートを掲げて見せる。それは先ほどまでよりも明らかに穴だらけになっていて、上着としては使い物にならない状態だった。
「私のも、ダメかも……」
見れば、高月さんのコートもズタボロになっている。
そうだった、あの羽虫は黒い液体を纏っているのだ。払うことができたとしても、当たれば少なからず液体が付着する。
同じことを繰り返していけば、いずれ布はすべて溶かされて無くなってしまう。
それだけではない。僕らが叩き落とすよりも、ずっと早い速度で羽虫の数が増えているのだ。その証拠に、耳障りな羽音が大きくなっているのがわかる。
「ッ、僕が開けに行きます……!」
「清瀬くんっ!?」
このままでは数秒と持たずに羽虫の大群に囲まれて、全員やられてしまう。
相談している時間なんてない。そう判断した僕は、まだ形を保っている自分のコートを盾にして、羽虫の大群に体当たりをするように駆け出した。
一匹は小さくとも、密集すれば巨大な液体の塊だ。
コートは瞬く間に面積を失っていくが、どうにか貫通扉のところまで辿り着いた僕は、それを開くために取っ手を掴もうとする。
「ぐああああっ!!!!」
けれど、あまりの痛みに反射的に手を引っ込めてしまった。
4両目に続く貫通扉。その取っ手の部分には、びっしりと羽虫が纏わりついていたのだ。
うぞうぞと蠢く羽虫は、顔なんか見えないはずなのに、なぜだかすべてが僕の方を見ているような気がして鳥肌が立つ。
「……ヨ、セ……テ……」
「え……?」
羽音に混ざって小さく声が聞こえたように感じて、僕は無意識に問い返してしまう。
それは左側の耳元で囁かれた声。そんな風に感じて左肩を見ると、そこにいた三匹の羽虫が僕を見ていて。
「キ、ヨセ……タス、ケテ……」
「うっ……うわああああああああッ!!!!」
羽虫の姿をした一ノ瀬が、僕に話しかけていた。
1
あなたにおすすめの小説
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
父の周りの人々が怪異に遭い過ぎてる件
帆足 じれ
ホラー
私に霊感はない。父にもない(と言いつつ、不思議な体験がないわけではない)。
だが、父の周りには怪異に遭遇した人々がそこそこいる。
父や当人、関係者達から聞いた、怪談・奇談を集めてみた。
父本人や作者の体験談もあり!
※思い出した順にゆっくり書いていきます。
※場所や個人が特定されないよう、名前はすべてアルファベット表記にし、事実から逸脱しない程度に登場人物の言動を一部再構成しております。
※小説家になろう様、Nolaノベル様にも同じものを投稿しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
私の居場所を見つけてください。
葉方萌生
ホラー
“「25」×モキュメンタリーホラー”
25周年アニバーサリーカップ参加作品です。
小学校教師をとしてはたらく25歳の藤島みよ子は、恋人に振られ、学年主任の先生からいびりのターゲットにされていることで心身ともに疲弊する日々を送っている。みよ子は心霊系YouTuber”ヤミコ”として動画配信をすることが唯一の趣味だった。
ある日、ヤミコの元へとある廃病院についてのお便りが寄せられる。
廃病院の名前は「清葉病院」。産婦人科として母の実家のある岩手県某市霜月町で開業していたが、25年前に閉鎖された。
みよ子は自分の生まれ故郷でもある霜月町にあった清葉病院に惹かれ、廃墟探索を試みる。
が、そこで怪異にさらされるとともに、自分の出生に関する秘密に気づいてしまい……。
25年前に閉業した病院、25年前の母親の日記、25歳のみよ子。
自分は何者なのか、自分は本当に存在する人間なのか、生きてきて当たり前だったはずの事実がじわりと歪んでいく。
アイデンティティを探る25日間の物語。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる