猫アレルギーだったアラサーが異世界転生して猫カフェやったら大繁盛でもふもふスローライフ満喫中です

真霜ナオ

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第三章<空白の谷の魔女編>

12:猫の道しるべ

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 樹海を歩き続けていると、徐々に自分がどの辺りにいるのかわからなくなってくる。
 真っ直ぐに進み続けているつもりではいるのだが、見渡す限り木ばかりで、わかりやすく目印になるようなものも見当たらない。
 うっかりはぐれてしまえば、容易に合流することはできなくなってしまうだろう。
 先頭を歩くルジェを見失わないよう、そして後方を歩くコシュカにも気を配りつつ、俺は歩き続けていた。

「……そういえば。亀裂に入って渓谷に来た時、夢を見てたんだよな」

「夢ですか? どのような夢だったのでしょうか?」

「うん。凄くリアルだったんだけど、前に俺がいた世界で生活してる時の夢だったよ。始めは、今こうして空白の谷を探してることの方が夢かと思ったくらいだった」

 まるで現実のようなリアルな夢を見ることはあったが、あれほどまでに現実とを混同してしまうような夢は初めてだったかもしれない。
 夢の中ではあったのだが、確かに一日を元の世界で過ごしていたような感覚だった。
 義務的に掻き込んだ遅い昼飯の味も、鮮明に覚えているような気がする。

「……私も、同じように夢を見ていました」

「え、コシュカもだったのか?」

「はい。過去の……というより、前世の夢でしたが。とてもリアルな夢でした」

 コシュカの前世の夢というと、猫だった頃のものなのだろう。
 猫だった頃のコシュカは、人間によって命を奪われてしまったと聞いている。あまり楽しいものではなかったはずだが、コシュカの表情は特に変わることもない。
 その夢についてあまり深く尋ねるのも悪い気がして、俺は話題の矛先を前方へ向けることにする。

「ルジェさんは、夢とか見ませんでしたか?」

「すぐに目覚めたが、少しだけなら見たな」

「へえ、どんな夢だったんですか?」

 勝手な印象ではあるのだが、ルジェは眠りに就いても夢を見ないようなイメージがあった。
 なので、そのルジェがどのような夢を見ていたのかは、純粋に気になる。

「あ、でも話しづらい内容だったらいいんですけど……!」

 しかし、コシュカのように人に話すには楽しくない夢だった可能性もある。
 問いかけてからそのことに気がついて、俺は慌てて言葉を付け足した。なのだが、当のルジェは特に不快さを顔に出す様子もない。

「……城に仕えたばかりの頃の夢を見ていた」

「城に、というと……国王陛下の従者になった頃ってことでしょうか?」

「ああ」

 今でこそバダード国王の傍に仕える者として、強者の雰囲気があるルジェだが。そんな彼にも、国王に仕えて間もない頃があったのだ。
 考えてみれば当たり前のことではあるのだが、その当時の光景が気になってしまうのは仕方がないことだろう。

「そういえば、ルジェさんとシェーラさんは、どちらの方が先に陛下と王妃様にお仕えするようになったのでしょうか?」

「あ、それは俺も気になる」

 俺が出会った順序はバラバラだったが、国王と王妃、それぞれに仕える二人は同等に肩を並べる立場にあるように思える。
 先輩後輩という仲にも見えない気はしたのだが、歩みを止めずに前を向いたまま、ルジェは俺たちの質問に答えてくれた。

「俺とシェーラは同期のようなものだ。だが……かつては、犬猿の仲とも言えただろうな」

「え、仲が悪かったってことですか?」

「フン、意外か? 今でこそ同じこころざしを持つ仲間として陛下たちにお仕えしているが、最初の頃は考え方の相違そういなどで衝突することは数えきれなかったな」

 二人と共に行動した時間はそれほど多いわけではないが、そんな風には見えなかった。
 息も合っているように見えたのだが、それだけ時間を重ねて互いを理解し合ってきたということなのかもしれない。

「衝突したことがあっても、今のお二人の関係は凄く良好に見えますけどね」

「今でもわからんことは多いがな。それでも、衝突の原因は大抵が陛下たちに関することだった。少しでも確実に、あるじの身の安全を守ろうとする勤勉さゆえのものなのだから、手段が異なるだけで結局目的は同じだったと知ったまでだ」

「お二人とも、国王陛下と王妃様をとても慕われてらっしゃるんですね」

 そんなコシュカの言葉に、ルジェが少しだけ照れたように見えたのは気のせいだろうか?
 首の辺りでマフラーのようになっていた印章猫スタンプキャットを腕に抱え直すと、少しだけ歩みが速まったように感じる。

「オレもシェーラも、本来の職務を離れて行動することは不本意だ。……だが、ほかならぬ陛下からの勅令だからな。必ず遂行し、一刻も早く国へ戻る必要がある」

 そうだ。本来であれば、ルジェたちの仕事は国王や王妃の傍で仕えることなのだ。俺たちの護衛係ではない。
 知識や経験の豊富さからつい頼ってしまうが、彼らも自分たちの主人がどうしているか、心配でないはずがなかった。
 猫たちと同列に語ってしまうのは違うかもしれないが、その気持ちは俺にもわかる。一日も早くカフェに戻って、猫たちの様子を確かめたい。
 だからこそ、空白の谷の魔女を見つけて、元の生活を取り戻さなければならないのだ。

「っ……おい、下がれ!」

「え、うわっ!?」

 そんな話をしていると、突如としてルジェが声を荒げる。
 何事かと思う間もなく、俺たち目掛けて炎の塊が飛んでくるのが見えた。
 俺は咄嗟にヨルとコシュカの盾になるべく、その炎に背を向ける形で両腕を広げる。だが、俺の背中が熱や衝撃を受けることはなかった。
 振り向いてみると、そこには大きな氷の壁が立てられていたのだ。

「平気か?」

「は、はい。ありがとうございます」

 恐らく、氷の魔法を使ったルジェが、炎の塊から俺たちを守ってくれたのだろう。
 風の魔法も使えると言っていたが、そちらを使えば炎が一気に樹海へ広がってしまっていたかもしれない。
 瞬間的にそうした判断ができるルジェは、やはり戦闘経験の差を感じさせた。

「……ルジェか?」

「シェーラ……!?」

 氷の壁がボロボロと崩れ落ちていく。その先から姿を現したのは、敵ではなくシェーラだった。その後ろには、グレイの姿もある。
 どうやら、先ほどの炎の塊を放ったのはシェーラのようだった。

「悪かった、魔女が現れたのかと思ってな」

「こんな樹海の中で炎を放つなど、自殺行為だろう」

「魔女が相手ならば攻撃とも呼べんし、それほど大きな炎ではない。それに私だって消火魔法くらいは扱える」

「そういう問題ではない」

 顔を合わせるなり言い合いを始める二人の姿を見て、犬猿の仲だったという話は事実だったのだと思わされる。
 ともあれ、敵が出現したわけではなく、全員と合流できたのは朗報だ。

「店長……! コシュカと副店長たちも、一緒だったんスね」

「ああ、途中で合流したんだ。グレイとシェーラさんも一緒だったみたいで良かった」

「いや、良くはないっスよ。あの女、何かっつーとスゲーこき使ってくるんスから」

 グレイたちもそれなりに苦労をしてここまで来たようだが、特に怪我などはしていないようだ。
 しかし、二人が進んできた方角を考えると、俺たちが目指してきた方向はすでに探索済みということになる。
 これ以上直進も後退もできないとなれば、残るは左右のどちらかを決めて進むしかない。

「ヨウ、ここまで見回ってきて思ったんだが。この場所は、魔法によって作られた空間である可能性が高いと思う」

 どちらに進むべきか考えていると、シェーラがそんなことを口にした。
 魔法によって作られた空間ということは、実在しない場所だということだろう。渓谷も樹海も、永遠に続いているように見えたのも頷ける。

「つまり、ここは空白の谷ではないということでしょうか?」

「ああ、恐らくな」

 やはり、と思う部分もあった。だが、実際にそうではないとわかると、落胆も大きい。
 それでも、シェーラの言葉の中には希望も残されていた。

「魔法で作られたってことは、ここは魔女のテリトリーってことですよね?」

「確かに、そうとも言えるな」

 空白の谷でないことは残念だが、まるで見当違いの場所を探し回っていたというわけでもないのだ。
 ここが魔女の作った空間であるとするならば、きっと入り口がどこかにある。
 そう思って、俺たちは次に左右のどちらに進むべきかを決めようとしていた。

「ニャア」

 印章猫スタンプキャットが鳴き声を上げたのはその時だ。
 それまで大人しくルジェの腕に抱かれていた印章猫スタンプキャットだが、腕の中から飛び降りると、何かを目指して歩き始める。
 どうしたのかとその様子を目で追っていると、印章猫スタンプキャットは何もない空間で前足を掲げる。そして、そこに『足跡をつけた』のだ。

「え……あれって、印章猫スタンプキャットの足跡だよな?」

「空中に、浮いていますね……」

 あらゆる場所に肉球スタンプを残す印章猫スタンプキャットだが、その足跡がまさに宙に浮いた状態になっているのだ。
 足跡が消えてしまう前にとそこに近づいた俺は、恐る恐る手を伸ばしてみる。
 視認はできないのだが、そこには見えない壁のような何かがあった。触れてみると、まるで水面のように空間に波紋が広がる。
 裏面から覗き込んで触れてみても、同じようにはいかなかった。
 どうやら、一方向からしかその見えない壁に触れることはできないようだ。

「……退いていろ」

 そう言うルジェの言葉に従って、印章猫スタンプキャットを抱きかかえると、俺たちはそこから距離を取る。
 ルジェが球体のように集めた風の魔法をぶつけると、その透明の壁にヒビが入り、粉々に割れていく。
 その向こうには、樹海ではないまったく違う景色が広がっていた。

「もしかして、これって……!」

 そう。それこそがまさに、空白の谷への入り口だったのだ。
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