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<3>First love~初恋~

<3>First love~初恋④~

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美弥はボロボロのあたしに色んなことを教えてくれた。

こうなりたいと言った人物像を否定せず、一緒に街を歩いた。

化粧や髪を染めること、洋服を買うこと。

全部叶えてくれた。

だけど無償で手に入るものはないと現実も突き付けた。

ほしいものを手にするために、何を差し出せるか。

膝をかかえて路地裏にいた時、目の前に万札がちらついた。

人工のあかりで相手の顔は見えなかった。

それが何もないと思っていたあたしが出せる唯一のものと知る。

あたしの価値は【若さだけ】なんだ。

ここで生きていくには、今持っているのはそれだけなんだ。

親に正しく愛されなかったあたしは自分に価値を見出せない。

暗闇に埋もれていたはずなのに、人の目に映ったような感覚に酔う。

生きているような、殺されているような、ふわふわ浮いた状態に目を閉じた。

痛いなんてものはもう覚えていない。

そうして生きていくうちにあたしは泣かなくなった。

「あたしは強い。強くなった!」

(あぁ、自分は汚いんだ)

結局、お金を見せる奴が一番汚いと見下すことで自分を保つ。

こいつらはあたしたちのような人間で欲を発散する側だ。

悪を刻んでやる。

お前らはあたしら【若さだけ】の人間をむさぼる悪魔だ。


「だから……今さらズルいじゃん?」

真っ当な人間に憧れるのはずるい。

今までの自分を否定しているみたいだ。

綺麗な人間になりたいなんて、そんな甘い言葉を吐いたりはしない。

「何も知らないくせに! あたしは変わったの! 強くなったの!」

「変わってないよ」

「何を……なんでそんなことが言えるのよ!」

ヒステリックな叫びだ。

こんな声は一番出したくなかった。

心が裂けそうなくらい痛くて吐きそうだ。

「そんな……そんな目で見ないでよぉ」

いつもは冷めた目をしているくせに。

こういう時だけ真っ当な人間のふりをしないで。

何一つ揺れることなく、真っ直ぐにあたしを見つめている。

その目は何を見ている?

見透かすような目が怖かった。

拒絶を前に出しても男の人に力は敵わない。

抱きしめられると、自虐的な言葉は引っ込んだ。

「俺は優里の過去を知らない。だがお前と接してきて、わかったことがある」

吐息が耳に触れる。

腰に手が回ると、やさしさに包まれている気がして涙がボロボロと零れた。

「お前はただ真っ直ぐなんだ。優里、お前は汚くなんてない」

「どうして。だってあたし……もう心から笑えなくなっちゃったもん」

「本当に汚い人間だったら、きっと自分が汚いだなんて思わないだろうな。そして汚いと思って苦しんで泣いたりしない」

「……泣いてない。あたしは……」

「泣いてるよ。お前はずっと泣いてきたんだ。……ずっと頑張ってきたんだよ」

きっとあたしは誰よりも生き方に潔癖だ。

これまで生きてきた道を許せなかった。

きっと一生許す事なんて出来ない。

否定したくないのに、あたしが一番否定している。

矛盾の先に道が見えなかった。

その時の自分には精一杯の選択だったとわかっていても、不器用さに腹が立った。


(許せないけれども、それが精一杯だった。……精一杯だった)

「あたしはっ……あたしは!」

誰かに止めてほしかった。

気づいてほしかった。

ありのままの自分を、誰かに受け入れてもらいたかった。

だから彷徨って、彷徨って、彷徨って……。

身体を繋げたときだけ何も考えずに済んだ。

汚いと実感する度、キレイでいたいと願った。

どうか、そのキレイでいたいという心を否定しないで……。

「自分を卑下しなくていい。優里は優里だ」

「……っありがとう」

(やっぱり、ずるいなぁ)

蓮の背に手をまわし、目を閉じる。

苦しさがすべて流れたわけではないが、それでも心が軽くなったと気づいた。

(少しずつ、少しずつ自分と蓮を受け入れていこう)

蓮の不器用なやさしさに触れたことで、あたしの中にあたたかさが戻る。

真意はわからないが、寄り添ってみよう。

(だって、蓮くんはやさしかったから……)

初恋の想いが胸に灯る。

吐き出す息に頬が熱くなった。

泣き疲れて蓮の腕で眠ってしまう。

初恋はそのほかの恋よりちょっとだけズルい。

初恋フィルターにほだされて口角が上がっていた。
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