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<6>slight sleep〜崩壊する祈り〜
<6>slight sleep〜崩壊する祈り②〜
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ランドセルを背負ったあたしが息を切らして走っている。
玄関扉を開いて靴を蹴り飛ばし、廊下を突っ切った。
「お母さん、ただいま!」
リビングに入ると化粧鏡を置いたテーブルの前に座る母がいた。
振り向かない母は顔を手で覆い、嗚咽をあげている。
指と指の間からあふれる透明の雫にあたしは言葉を詰まらせる。
母は泣き虫で、暗い部屋にこもることが多かった。
あたしは純粋そのもので、また母に笑ってほしい。
その一心でランドセルの中身をあさる。
図工の時間に作った粘土の人形を取り出す。
べた塗りされた色は母をイメージしモカ色だ。
長いモカ色の髪の人形はにっこりと笑っていた。
「あのね、お母さん。今日ね、学校でこれ作ったの」
だから振り向いて。笑って。泣かないで。
背伸びをして母に手を伸ばす。
腕に触れると母は椅子から立ち上がり、あたしの手を振り放した。
その衝撃で手から人形が落ちる。
――ガシャンと、あっけなく粘土の塊が崩れた。
笑顔は真っ二つに割れ、身体はバラバラだ。
叩かれた手がじんじんと熱く、痛かった。
それ以上に心が痛かった。
粉々になった人形をかき集めていく。
母は頭を抱え、ヒステリックに叫ぶ。
「あぁぁああぁぁ! どうして、どうしてこうなったの! うるさい、うるさい、うるさい!」
「お母さん……」
「うるさい! 黙れ!」
もう温厚でやさしかった母はいない。
だけどそれが理解できる子どもでもない。
ただ悲しいばかりで、大粒の涙をこぼす。
それを見てようやく母親は我に返り、あたしの前に膝をつく。
泣きじゃくって、弱々しく震える指先であたしの頬に流れていた涙をぬぐう。
そしてちからいっぱい抱きしめた。
「ごめんね、優里。ごめんね」
息が詰まり、苦しい。
圧迫されそうな抱きしめ方に大きく口を開いて酸素を取り込んだ。
苦しさに蓋をして、母の背に手を回す。
泣くのを我慢して母の背を撫でた。
悲しみに暮れていたあたしを突き落としたのは何だっただろう?
聞こえてくるのは途切れ途切れの息遣い。
吐き出せない悲しみを走って振り払おうとする。
子どもの行動範囲なんて狭いもので、家の周辺を走ったあと庭へと突っ切った。
庭先に人がいる。
近づくと見覚えのあるキラキラした黒い宝石があたしに振り返る。
涙が止められなくなって、あたしは男の子に飛びつくように抱きついた。
だけど泣きじゃくることはなかった。
少年に突き飛ばされ、ドサリと音を立てて尻餅をつく。
痛み以外、何もわからない。
氷のように冷たい目があたしを見下ろしている。
不器用に笑う男の子だったのに、表情がなくて怖かった。
嫌悪をむきだしに、男の子は難しい言葉で突き刺してきた。
「お前の存在は汚い。お前なんか存在する価値もない。……大嫌いだ。お前なんかいなくなってしまえ!」
衝撃に動くことが出来ない。
ただぼうぜんと、男の子の拒絶を受けるだけ。
とてもキレイなはずなのに、なぜか真っ黒に見えた。
急激に吐き気が襲って、あたしは喉をしめた。
涙のしょっぱさに唇を噛む。
いつしか泣き疲れて、その場に倒れ込んだ。
幼いあたしに耐えられるのではなかった。
大好きな人からの否定は辛い。
言葉の真意なんてわかるはずもない。
考えるなんてできなくて、ストレートに傷を負った。
幼い子どもの心を壊すには十分すぎるほどだった。
(あたしね、お母さんのことも、男の子のことも、全部記憶から手放した)
それだけ辛くて、抱えていられなかった。
耳をふさぐと、頭のなかに艶めかしい声が響く。
聞きたくないと拒絶しても、内側にドロドロしみ込んでくる。
「あたしは忘れる事が上手なの。自分に都合の悪いところだけ、ぜーんぶ忘れちゃう。そうやって生きてきた。だから存在そのものが汚くなっててもおかしくない話でしょ?」
まだ、まだ何かを忘れてるの?
答えて。ねぇ、誰でもいいから答えてよ!
ランドセルを背負ったあたしが息を切らして走っている。
玄関扉を開いて靴を蹴り飛ばし、廊下を突っ切った。
「お母さん、ただいま!」
リビングに入ると化粧鏡を置いたテーブルの前に座る母がいた。
振り向かない母は顔を手で覆い、嗚咽をあげている。
指と指の間からあふれる透明の雫にあたしは言葉を詰まらせる。
母は泣き虫で、暗い部屋にこもることが多かった。
あたしは純粋そのもので、また母に笑ってほしい。
その一心でランドセルの中身をあさる。
図工の時間に作った粘土の人形を取り出す。
べた塗りされた色は母をイメージしモカ色だ。
長いモカ色の髪の人形はにっこりと笑っていた。
「あのね、お母さん。今日ね、学校でこれ作ったの」
だから振り向いて。笑って。泣かないで。
背伸びをして母に手を伸ばす。
腕に触れると母は椅子から立ち上がり、あたしの手を振り放した。
その衝撃で手から人形が落ちる。
――ガシャンと、あっけなく粘土の塊が崩れた。
笑顔は真っ二つに割れ、身体はバラバラだ。
叩かれた手がじんじんと熱く、痛かった。
それ以上に心が痛かった。
粉々になった人形をかき集めていく。
母は頭を抱え、ヒステリックに叫ぶ。
「あぁぁああぁぁ! どうして、どうしてこうなったの! うるさい、うるさい、うるさい!」
「お母さん……」
「うるさい! 黙れ!」
もう温厚でやさしかった母はいない。
だけどそれが理解できる子どもでもない。
ただ悲しいばかりで、大粒の涙をこぼす。
それを見てようやく母親は我に返り、あたしの前に膝をつく。
泣きじゃくって、弱々しく震える指先であたしの頬に流れていた涙をぬぐう。
そしてちからいっぱい抱きしめた。
「ごめんね、優里。ごめんね」
息が詰まり、苦しい。
圧迫されそうな抱きしめ方に大きく口を開いて酸素を取り込んだ。
苦しさに蓋をして、母の背に手を回す。
泣くのを我慢して母の背を撫でた。
悲しみに暮れていたあたしを突き落としたのは何だっただろう?
聞こえてくるのは途切れ途切れの息遣い。
吐き出せない悲しみを走って振り払おうとする。
子どもの行動範囲なんて狭いもので、家の周辺を走ったあと庭へと突っ切った。
庭先に人がいる。
近づくと見覚えのあるキラキラした黒い宝石があたしに振り返る。
涙が止められなくなって、あたしは男の子に飛びつくように抱きついた。
だけど泣きじゃくることはなかった。
少年に突き飛ばされ、ドサリと音を立てて尻餅をつく。
痛み以外、何もわからない。
氷のように冷たい目があたしを見下ろしている。
不器用に笑う男の子だったのに、表情がなくて怖かった。
嫌悪をむきだしに、男の子は難しい言葉で突き刺してきた。
「お前の存在は汚い。お前なんか存在する価値もない。……大嫌いだ。お前なんかいなくなってしまえ!」
衝撃に動くことが出来ない。
ただぼうぜんと、男の子の拒絶を受けるだけ。
とてもキレイなはずなのに、なぜか真っ黒に見えた。
急激に吐き気が襲って、あたしは喉をしめた。
涙のしょっぱさに唇を噛む。
いつしか泣き疲れて、その場に倒れ込んだ。
幼いあたしに耐えられるのではなかった。
大好きな人からの否定は辛い。
言葉の真意なんてわかるはずもない。
考えるなんてできなくて、ストレートに傷を負った。
幼い子どもの心を壊すには十分すぎるほどだった。
(あたしね、お母さんのことも、男の子のことも、全部記憶から手放した)
それだけ辛くて、抱えていられなかった。
耳をふさぐと、頭のなかに艶めかしい声が響く。
聞きたくないと拒絶しても、内側にドロドロしみ込んでくる。
「あたしは忘れる事が上手なの。自分に都合の悪いところだけ、ぜーんぶ忘れちゃう。そうやって生きてきた。だから存在そのものが汚くなっててもおかしくない話でしょ?」
まだ、まだ何かを忘れてるの?
答えて。ねぇ、誰でもいいから答えてよ!
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