青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

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第二章【青の月の章】15歳

第44話「次はちゃんと断るから。――期待」

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男性は目を丸くして後ろに振り返り、気後れすることなく堂々と彼に向き合った。

彼はその場に片膝をつき、普段よりワントーン低い声で男性に返答した。

「そうです。事前の文もなく参られるのは無礼ではございませんか?」
「ふーん。護衛にしては立派な口を叩くんだね」
「……失礼いたしました。ですがどうか、本日はお引き取りを」
「わかった」

男性は深く息をつくと立ち上がり、御簾に触れて笑顔を向けてきた。

「また来ます。今度は文を送るようにしますから」
「……」

返事は出来なかった。
意外とあっさり引き下がり、男性はいなくなった。

私は一向に声が出せなくてうつむいていると、風とともに彼が前に出てきた。

「時羽姫、ご無事ですか?」

見えるかわからない御簾越しにうなずく。

「すみません。やはりこういう時、芹殿がいらっしゃらないのは困りますね。他にどなたかつけることは……」

難しいと彼が一番知っている。
とはいえ、四六時中彼がついているわけにもいかないので悩ましいところだ。

「桃に聞いてみましょう。支援側ですが、護衛くらいは出来る力があります。同性なら女官として就くことも可能かもしれません」

「……ありがとう」

「時羽姫?」

彼なりに考えてくれているのに、私が口にする感謝は震えている。

今までは芹に守られていた。
桃が女官となって傍にいてくれるのは心強いが、そうなれば私と彼の距離感が変わる気がして怖かった。

私と彼の間にある壁。
決してずっと私といようとしないのは彼が異性だから。

いくら護衛だとしても、芹がいない状態で男女二人になるのは周りに変に思われるリスクがあるため、一定の距離が必要だった。

芹がいなくなり、私ももう臆さないと前に出るようになった。

その分、嫌がらせも目立つようになったので、彼に頼りすぎれば逆に危険ということもわかっていた。

「ごめんね、緋月。いつもありがとう。今度はちゃんと断るから……」

一瞬でも父の目に入るかもしれないと期待した私を許して……。

「決めるのは時羽姫です。あの方を気に入られたのなら選んでもいいんです」

そんな言葉を聞くために謝罪も感謝もしたわけでない。
彼の言っていることは正論であり、そう言われれば私の想いは横殴りにされた気分だ。

正論よりも、建前ではなく私の声に出来ない本音に目を向けてほしかった。

そんなズルい女の顔が出てきて、私は袖で顔を隠す。

「ごめんなさい、緋月。今日はあまり調子が良くないの。だから顔、見られたくなくて」
「そうですか……。お休みされますか?」
「うん。だから……」
「では目が覚めるまでここにおります。起きたら桃に話をしてこようと思います」

チクチクと胸に針が刺さる。

「どうして? そこにいても私、何も出来ないよ?」
「時羽姫が安心して休めることが大事ですから。変な輩が来ないようちゃんと見張ってますよ」

(そんな風に言わないでよ。……緋月はズルい)

私はそれ以上何も言わず、御簾をさげたままその場に横になり、身体を小さく丸めて目を閉じる。

目頭が熱い。
目尻から涙がにじんで出て行ってしまう。

どうかこの切なさに気づかないでと願いながら、私は泣きつかれて眠った。


***

後日、桃が芹の後任として同じ家屋に暮らすことになった。

彼は桃が来るとすぐに去ってしまい、結局私は表に顔を出すことなく見送ることとなった。

桃が私の顔を見てすぐに濡らした布をもってきて、目にあてるよう促した。

冷たさが目元に触れると熱が引いていく感覚がする。

きっと相当腫れていたのだろう、彼に見られなくてよかったと皮肉さに安堵した。

あの男性はこの一回の出会い以降、会うことはなかった。
文は届いていたようで、桃が見せてくれた。

一通目は”愛をささやいた詩”の文、二通目は”彼は鬼狩りだから危険”と非難する内容。

三通目は”もう文は送らない”旨を伝える内容だった。

どうやら帝に直接婚姻したいと申し出たようだ。
だが帝はそれを良しとせず、求婚はなかったことにされた。

帝が許さないので男性はもうここに近づくこともない。
ホッとすると同時に、期待と悲しみに板挟みとなる。

期待はこれをきっかけに父に気づいてもらえたこと。
それで父と会う機会があるかもしれないと期待した。

悲しみは彼がいたって冷静でものを言わなかったこと。

これが正しいとわかりながらも、女としては抱いてはいけない”期待”に胸がはりさけそうだった。
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