青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

文字の大きさ
63 / 83
第三章【青の月の章】16歳

第63話「一か月の約束」

立つことさえ苦痛だったはずの足は不思議と軽い。
無我夢中に手を伸ばし、彼の胸に飛び込んだ。

「時羽姫」

耳元をかすめる熱い吐息に触れたい。
泣きじゃくって彼の胸に頬擦りをし、冷たくなった手で彼の頬を包み込んだ。

(どうしよう。何も言葉が出てこない。話したいのに)

「失礼します、姫」
「……ひゃっ!?」

一瞬反応が遅れて、気づいたときには彼に抱っこされていた。

膝の下に手を回され、とっさに彼の頭にしがみつく。

「ははっ。息が出来なくなります、姫」
「だ、だってぇ! びっくりしたんだから!」
「はい。少し外に出ますね」

「落とさない?」
「落とされたいですか?」
「……いじわる。緋月ってそんなことも言えるのね」

冗談を言うのはめずらしい。

それくらい今日の彼はいつもより微笑みがやわらかくて、軽やかな息づかいだ。

ズルいと感じながら彼に身体を預け、胸に耳をあてて鼓動を聞く。

あれほど荒れていた気持ちが安らいでいく。

彼が地面を蹴ると軽々と屋根に着地し、風を浴びれば心地よい。

目を細めて前を見れば、大きく満たされた青の月。

兎は見えないけれど、今なら彼といっしょに月まで行けるような気がした。


***


水鞠、弾ける。

外は月と星しか灯りがないのに彼の輪郭がはっきり見えるほど視界が鮮明だ。

そっと草むらに降ろされると、すぐに顔をあげる。

「突然すみません。強行突破させていただきました」
「ううん。……うれしかった」

とても美しい殿方が狭い牢獄から助け出してくれる物語を連想させた。

青い月は私の足元を照らしてくれる道しるべだった。

「戦がはじまる。前に少しだけ話したかと思います」
「うん……。鬼との戦でしょ? どうして戦なんて……」
「鬼は戦いを好みます。人とは相容れない存在ですから」

そう言う彼の横顔はどこかさみしげだった。

(鬼と戦うために鬼の血を取り込む……なんて)

そんなのは”自分たちも人とは相容れない存在”と一線を引いているようなものだ。

彼らが隠密の戦闘集団であるのは、鬼の力を扱うから……。

悲しい認識だと私は耐え切れずに彼らの手を掴む。

「私、鬼は許せない。大切なものを奪っていくから」
「……そうですね」

物思いに沈んだ微笑みを浮かべる彼に、私はぐっと手を掴む力を強くした。

「緋月は緋月よ! 私にとって緋月は同じ人なの! 喜んだり悲しんだりする……。怒ったりもするわ!」

背伸びをして彼との距離を縮めようとする。

「自由に羽根を伸ばしてと、私に願うのなら。どうか私から離れないで……」

失うばかりは嫌だから。

彼は答えを出すと言ったから、私も精一杯の答えを出す。

私が選ぶのは”大切な人たちを失わない道”だ。

「もう……嫌なの。こんなに苦しいのはもう……!」

――熱い抱擁に息が止まる。

「一か月だけ、待っていてください」
「一か月……?」

「鬼の陣へ偵察に行きます」

その言葉に私は焦って彼の肩を押す。

「偵察って……そんな危ないこと!」
「俺は鬼の血が濃いんです。だから気配も探られにくい。……これを最後の仕事にします」

背伸びをした私に目線を合わせて彼は目を閉じ、コツンと額をぶつけてきた。

「戻ってきたら一番に姫に会いに行きます。その時、どうか俺の手をとってください」
「今、言ってくれないの?」

彼の言葉に私は意地悪に返すしかない。

それに彼はクスッと笑い、明確にうなずくと頭を引いて背筋をピンと伸ばした。

「約束です。俺はもう自分にウソはつきたくないんです。だから姫も、一か月で覚悟を決めてください」

ズルい。
単純にそう思った。

私の苦しみ悲しみをひっくるめて、彼は私を強制的に引っ張ろうとする。

鬼に対する憎しみも、どうしようもない嘆きも全部受け止めると。

彼のために今、何が出来るだろう。
きっと何もできないと彼は知っている。

今、彼の手をとったところで未練がましく後ろを見続ける。
後悔しないために、彼は私に猶予をくれたと理解した。

(一か月。一か月、ちゃんと考えよう)

「約束する。……待ってる。緋月が帰ってくるの、待ってるよ」


彼の胸に顔を埋め、小指を彼の指に絡めた。
青い満月の光を浴びて、川に白い光の粒が瞬いていた。

時折赤く見える瞳も愛おしいと、私は緋色に焦がれて微笑んだ。

(緋色……か)

彼の名前が本当の名前か、今も知らない。
だが彼にとっての真実は”緋月”だ。

緋色の組紐を手放さない彼も、青い月を背景に微笑む彼も、どちらも好きだと温かい気持ちに口角があがった。

一か月後、心からこの気持ちを伝えられるようにと願って。

卯月の初日、私と彼は約束をした。
青い満月がささやかな約束を見つめていた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。