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第三章【青の月の章】16歳
第65話「帝と姫君の対面」
桃に見送られ、帝や貴族たちが政を行なう区域まで案内される。
片隅に暮らしていた私には行くだけでずいぶんと時間のかかる場所で、着物を何枚も重ねて向かうのは一苦労だった。
何人もの見張りや門番に出入りを確認され、ようやくたどり着いた場所。
幼い頃に忍び込もうとして入ることも叶わなかった帝の私的区域だ。
非現実的な感覚から一変、襖一枚の先に帝がいる状態となって息が苦しくなる。
どうして今さら?
どんな顔して会えばいいの?
そんな私の怯えに決まった型の対面は容赦なく扉を開く。
厚い畳を重ねて高い場所に座し、御簾越しに父と思われる影と対面する。
遠くても存在を感じただけでわかってしまう。
ここにいるのは国の頂点であり、言葉一つで何でも動かせてしまう帝だということを。
両手を前につくと、頭を垂れて帝の言葉を待つ。
「お前が時羽か」
想像よりもずっと低く野太い声だ。
より一層姿勢を正し、身を深く沈めて謙虚なふるまいに徹した。
「はい。帝におかれましては――」
「よい。堅苦しい挨拶など父と娘には不要だろう」
その言葉にまわりを囲む貴族や護衛たちがざわついた。
すぐに制止が入り、全員が口をつぐむも動揺が消えるわけではない。
視線が突き刺さる中、私は帝の口から出た思わぬ言葉に強い衝撃を受けていた。
(父と娘って……そんな認識が……)
「大きくなったな」
「ちっ……父上は……お元気……でしたか?」
「……お前こそ、息災であったか?」
「はいっ! ……母の愛情を受け、今日まで無事に過ごせました」
また、無礼だと恐れおののく空気が肌をひりつかせた。
どんな風に挨拶をすべきか、何が正しい言葉で、何を誤ったらいけないのか。
そんなものは知らないと、私は怯える気持ちを抑え込み、あえて”母”を出して帝を挑発した。
御簾越しのため、帝の顔色は見えない。
輪郭で服装はわかるものの、母を愛した父の顔が気になって仕方ない。
そんな私の欲求をくみ取ったのか、帝が周りの者に御簾をあげるように命じた。
さすがにそれはとまわりが止めようとしたが、帝は大胆にも自ら御簾をあげて顔をあらわにした。
私ははじめて見る父の顔に息を吞む。
(瞳が……赤い? 思ったよりもずっと……)
時の流れを実感した。
私の中で生きる母の姿に並んでもおかしくない想像上の父。
当然、年齢は止まっているので思っていたより歳のいった男性だったことに驚かされた。
「時羽姫よ。美しき夜の娘」
この瞳に見られると目を反らせない。
なんて人を惹き込む強さだと胸を突かれていた。
父の言葉を冷静に受け止める状態ではなく、望み続けた対面に心急いていた。
「三日後に豊穣の儀式を執り行うことにした。神に供物を捧げねばならぬ。鬼との戦、神は国を守るために高貴な供物を求められた」
とっさのことにどう対応したらいいのかわからない。
困惑に冷たい汗が流れ、余裕なくて私は帝を見つめて口を開いた。
「――もう一度。もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
なんと情けない声か。
気丈に振る舞うべきところを、今はただのか弱い小娘と化してしまっていた。
「三日後、月が満ちる日に豊穣の儀式を行う。お前は供物として神に差し出すことにした」
帝は目を細め、笏で明確に私を指し、再度言葉を告げた。
聞き返されたことが不快なのだろう、畳を笏で叩く。
強い目をしていたのに、途端に退屈そうにされて私は怯えて気を引こうと焦りだす。
「神が……求めたのですか?」
「そうだ。鬼に対抗するにはそれ相応の犠牲が必要だ。高貴なものとなれば、私の血を引く者以外におるまい」
神がそのようなことを求めるだろうか。
いや、帝とは特別な存在なのだから神の声も聴けるのかもしれない。
鬼から民を守るために成さねばならない苦行を帝は一心に背負う立場なのだから。
「ここ数年、凶作が続いている。昨年の川の氾濫は特に被害を与えた。民の不安も大きい。よって決めたことよ」
「ず……いぶんと突然でございますね。なぜ私なのか、伺っても?」
三日後とはあまりに早い。
その日は私にとって約束の日、それを前にして決断を下すのはほんの一瞬だ。
姫として認識もされなかった私が神の供物となるのは道理が通っている。
それほどに帝にとって興味のない存在で、たまたま都合よく血を引く娘がいただけのこと。
その証拠に帝は目を三日月の形にして、ニヤッと道化に笑っていた。
片隅に暮らしていた私には行くだけでずいぶんと時間のかかる場所で、着物を何枚も重ねて向かうのは一苦労だった。
何人もの見張りや門番に出入りを確認され、ようやくたどり着いた場所。
幼い頃に忍び込もうとして入ることも叶わなかった帝の私的区域だ。
非現実的な感覚から一変、襖一枚の先に帝がいる状態となって息が苦しくなる。
どうして今さら?
どんな顔して会えばいいの?
そんな私の怯えに決まった型の対面は容赦なく扉を開く。
厚い畳を重ねて高い場所に座し、御簾越しに父と思われる影と対面する。
遠くても存在を感じただけでわかってしまう。
ここにいるのは国の頂点であり、言葉一つで何でも動かせてしまう帝だということを。
両手を前につくと、頭を垂れて帝の言葉を待つ。
「お前が時羽か」
想像よりもずっと低く野太い声だ。
より一層姿勢を正し、身を深く沈めて謙虚なふるまいに徹した。
「はい。帝におかれましては――」
「よい。堅苦しい挨拶など父と娘には不要だろう」
その言葉にまわりを囲む貴族や護衛たちがざわついた。
すぐに制止が入り、全員が口をつぐむも動揺が消えるわけではない。
視線が突き刺さる中、私は帝の口から出た思わぬ言葉に強い衝撃を受けていた。
(父と娘って……そんな認識が……)
「大きくなったな」
「ちっ……父上は……お元気……でしたか?」
「……お前こそ、息災であったか?」
「はいっ! ……母の愛情を受け、今日まで無事に過ごせました」
また、無礼だと恐れおののく空気が肌をひりつかせた。
どんな風に挨拶をすべきか、何が正しい言葉で、何を誤ったらいけないのか。
そんなものは知らないと、私は怯える気持ちを抑え込み、あえて”母”を出して帝を挑発した。
御簾越しのため、帝の顔色は見えない。
輪郭で服装はわかるものの、母を愛した父の顔が気になって仕方ない。
そんな私の欲求をくみ取ったのか、帝が周りの者に御簾をあげるように命じた。
さすがにそれはとまわりが止めようとしたが、帝は大胆にも自ら御簾をあげて顔をあらわにした。
私ははじめて見る父の顔に息を吞む。
(瞳が……赤い? 思ったよりもずっと……)
時の流れを実感した。
私の中で生きる母の姿に並んでもおかしくない想像上の父。
当然、年齢は止まっているので思っていたより歳のいった男性だったことに驚かされた。
「時羽姫よ。美しき夜の娘」
この瞳に見られると目を反らせない。
なんて人を惹き込む強さだと胸を突かれていた。
父の言葉を冷静に受け止める状態ではなく、望み続けた対面に心急いていた。
「三日後に豊穣の儀式を執り行うことにした。神に供物を捧げねばならぬ。鬼との戦、神は国を守るために高貴な供物を求められた」
とっさのことにどう対応したらいいのかわからない。
困惑に冷たい汗が流れ、余裕なくて私は帝を見つめて口を開いた。
「――もう一度。もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
なんと情けない声か。
気丈に振る舞うべきところを、今はただのか弱い小娘と化してしまっていた。
「三日後、月が満ちる日に豊穣の儀式を行う。お前は供物として神に差し出すことにした」
帝は目を細め、笏で明確に私を指し、再度言葉を告げた。
聞き返されたことが不快なのだろう、畳を笏で叩く。
強い目をしていたのに、途端に退屈そうにされて私は怯えて気を引こうと焦りだす。
「神が……求めたのですか?」
「そうだ。鬼に対抗するにはそれ相応の犠牲が必要だ。高貴なものとなれば、私の血を引く者以外におるまい」
神がそのようなことを求めるだろうか。
いや、帝とは特別な存在なのだから神の声も聴けるのかもしれない。
鬼から民を守るために成さねばならない苦行を帝は一心に背負う立場なのだから。
「ここ数年、凶作が続いている。昨年の川の氾濫は特に被害を与えた。民の不安も大きい。よって決めたことよ」
「ず……いぶんと突然でございますね。なぜ私なのか、伺っても?」
三日後とはあまりに早い。
その日は私にとって約束の日、それを前にして決断を下すのはほんの一瞬だ。
姫として認識もされなかった私が神の供物となるのは道理が通っている。
それほどに帝にとって興味のない存在で、たまたま都合よく血を引く娘がいただけのこと。
その証拠に帝は目を三日月の形にして、ニヤッと道化に笑っていた。
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