己が声を封じた彼(オレ)は、覚悟を決めて彼女(わたし)になった

てぃー☆ちゃー

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プロローグ

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その赤ん坊が産声を上げたとき、家族はみな祝福した
待望の男の子だからである
母親は疲れきった、しかしとても優しげに赤ん坊を見つめる
父親はそんな母親の手を握り締め、いまだに興奮冷めやらぬ表情だ
しかしそんな時間は長くは続かない。父親への電話が村に1軒しかないその病院へと入ってきた
父親は電話を切ると、生まれたばかりの赤ん坊を優しく撫でた

翌日の朝、その病院には多数のけが人が運ばれてきた
巨大な犬の群れに襲われたと口々に村人たちは言っていた
そして昨晩子供が生まれたばかりの男に助けられたと
その男は巨大な犬の群れを前にしても、臆することなく立ち向かい
その犬を刀1本で蹴散らし続けたと

昼になると、今度はその父親が帰ってきた
父親は身なりこそ正し、清潔な格好で帰ってきたが若干疲弊した顔だった
夜までには片がつくだろう、そう言い母親の頬を撫でた
生まれたばかりの赤ん坊を見つめ、前もって母親と考えていた名前を授ける
その後父親は親兄弟、親戚一同やご近所の腕利きを集め村の近くの山へと向かっていった

父親とその血縁者達は、夜になると村へと帰ってきた
昼間引き連れていた人々の数は、半分にも減っていた
父親の手には、男の首が握られていた
その生首の肌は真っ赤で、鼻は異様に長かったという。



時が過ぎ、赤ん坊は少し大きくなった
ある日父親は家族を連れてテーマパークへと向かった
大都市にあるような大きなテーマパークではなかったが
車を降りる前にから子供達は大いにはしゃぎ、父親と母親もその姿を見て微笑んだ

しかし到着して一時間もしないうちに、テーマパークは炎に包まれた
炎を纏った巨大な車輪が、テーマパークを蹂躙した
父親は母親に子供達を任せると、巨大な車輪へと向かっていった
気がつくとその手には、一本の刀が握られていた
田舎のテーマパークとはいえ、大規模な火災は全国ニュースでも大々的に取り上げられていた
しかし異様に巨大な車輪の話題は、一度たりとも放送はされなかったようだ。

父親は自らの子に、己の剣技をすべて教えることにした
なぜなら自分の子供を連れて出かけるたびに、何かしら事件に出くわしたからだ

河に連れて行けば河童と出会い
海に連れて行けば半漁人と出会い
山に連れて行けば天女に出会った

街中でも同様である
すべての出会いが悪い方向へと行くわけではなかったが
まわりに災厄を振り掛けることも少なくなかった

気がつくと、家族の周りにいた人間は少しずつ減っていった
去る者もあったが、命を落とす者の方が人数は多かった
母親が命を落としたとき、父親は娘を遠縁に預けた



赤ん坊は、いつしか少年と呼ばれる歳になっていた
少年の前には父親の背中があり
少年の後ろには親戚や兄弟弟子たちの亡骸があった

少年の周りはいつまでも戦いが続いていたわけではなかった
父親の考察の元、対策を発見したのである
だがそれは年端もいかない少年にとっては辛い所業だった

少年は自らの命を絶つことを考えた
しかしそれは実行に移すことが叶わなかった
父親が静かに、少年に諭すように行った

『私を超えた時、その命は自由にしてもいい』

少年は父親から刀を引き継ぎ、がむしゃらに修行を重ねた
体を鍛え技を習得し、精神の鍛錬も行った
小さな頃から眺めていた父親の力強さ
一朝一夕で超えられるものではない

既に超えているのでは?
そう思うたびに、少年は父親に勝負を挑んだ
そのたびに血反吐を吐かされ、大地に打ちのめされた
戦ってる最中の父親の顔はいつでも鬼の形相だった
しかし疲労困憊の少年を見つめる父親の顔はいつでも笑顔に満ちていた

少年が訓練を重ねている中、父親は病を患った
少年はそれに気づくことができず、父親もそれを隠し通していた
少年が気づいた時、父親は既に死を待つ身になっていた
それでもなお、父親に勝てない少年は嘆いた
しかし父親は優しく告げた

『病気で死ぬんだ。お前とは関係の無いところでも人は死ぬ』

父親の言葉を聴いたとき、少年は涙を流した
父親を超えるため、自らの命を絶つために鍛錬を行ってきた自分が小さく思えた



自分のせいで怪我を負った人たち
自分のせいで亡くなった人たち
その人たちは、みな優しかった

父親も母親も、親戚や兄弟子達もだ
少年のことを誰も責めなかった
それが辛かった時期の方が長かった
だからこそ少年は、死ぬために鍛錬をしていたのだ

いまはもう死ぬつもりは無い
死んだら父親に申し訳が無い
多くの犠牲になった父親の仲間達に顔向けができない

少年は決意した
戦いの中で決して死ぬことはできない
自ら命を捨てるなどもってのほかだ

父親が長い間かけて調べ続けていたおかげで
少年は自分の何が原因で災いが降りかかっていたか
何をすればそれは防げるのかもわかっていた
自分が何をすればいいのか、だんだんわかってきた

唯一生き残った兄弟子に頼り、少年は海を越える準備をした
万全の計画だと兄弟子は言い、その下準備のため長い時間をかけた
少年は覚悟を決める
死んでいった人々への恩を返すため
あの人たちの死が無駄ではなかったと、胸を張って言える様にするため
何より自分自身の為に
十五歳になった少年は、単身イギリスに着いた
身の丈に合わない長い刀を差し、少年は帯を締める
彼の闘いはまだ終わらない。
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