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第二章 魔女の杖と魔獣
第12話 ホブゴブリンの家
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茂みの中を進みながら、勇者が感心した声をあげる。
「こんな抜け道……ラベンダーはどうやって知ったんだ?」
「ふふん、わらわは何でも知っておるのじゃ」
実は以前ここへ来た時に、森の出口を探していて偶然見つけたのだ。それを話せば、あらぬ疑いをかけられそうなので秘密にしておこう。
……迷子ではないぞ、迷子では!
茂みを抜けると、木々の開けた場所に出た。周囲をぐるりと茂みに囲われていて、反対側に一本の巨木が立っている。
巨木の根元は二又に別れており、その間に小さな木戸がついていた。中腰になってようやく潜り抜けられるほどの高さだ。
わらわが木戸に向かって歩を進めようとしたところで、がさがさ、という音と共に、反対側の茂みの中から何かが飛び出してきた。
その姿を目にした勇者が叫ぶ。
「ゴブリン?!」
茂みから飛び出してきたのは、一匹の魔物だった。黒っぽい赤色の肌に、長い耳。老人のように曲がった背中は、身長だけ見れば子供のようにもみえるが、その顔は醜い老婆のようでも老爺のようにも見える。頭頂はつるりと毛がなく、周囲にだけ僅かばかりの毛が生えている。
「まだ魔物が残っていたのか」
勇者が緊張した声で、光の剣に手をかける。
聖女も、持っていた聖杖エターナルロッドを構えた。
「待てっ。剣は抜かぬ約束じゃぞ」
わらわの言葉に、勇者がはっとした表情をする。こうなることが分かっていたから、先に約束をさせたのだ。
魔物は、じっと固まって、こちらの様子を伺っている。
「一体どういうこと? あなたは、ゴブリンがここにいることを知っていたの?」
聖女がロッドを構えたまま怖い顔でわらわを見る。勇者は、ぽかんと口を開けたままだ。
「ちがう。あやつはゴブリンではない」
きっぱりとした口調で否定してやれば、二人とも顔を見合わせて、え、と意外そうな顔をする。よく見てみろ、というわわらの声に従い、二人がよくよく魔物を観察する。
「どこからどう見ても……ゴブリンにしか見えないが……」
勇者の答えに、「そうね」と聖女もうなずく。
ふっ、この違いが見抜けぬとは、まだまだじゃのう。
「あやつはゴブリンではない。ホブゴブリンだ。肌の色が緑色ではないし、髪の毛がちょろっと生えているのが見えないのか。ゴブリンに……髪の毛はないっ!」
かっこよく決めたつもりだったのに、何故か二人とも目を点にして固まっている。
「……それって、同じでしょう?! 獣人の中でもヒョウ族とチーター族があるのと同じよ!」
聖女がヒステリックに叫ぶので、ホブゴブリンがびくりと跳び上がった。怯えているようだ。
「ヒョウ族とチーター族は違うと、あのやかましい獣人娘が言っておったぞ。ああ、聖女がヒステリックに叫ぶから、ホブゴブリンが怯えておるではないかっ。おーい、待て、わらわじゃ、逃げずともよい!」
正直なところ、ヒョウとチーターの何が違うのかまでは覚えていない。確か……チチの大きさが違うのだったか?
ホブゴブリンは、ゴブリンよりも知能が人族に近い。そして何より、あやつの作る魔法の杖は、世界で一番しなやかで、強い魔力に満ちている。わらわが魔王だった時に持っていた杖も、あやつに作ってもらったものだ。
「なんでホブゴブリンがこんなところにいるんだ?」
勇者が不思議がるので、教えてやってもよかったが、長くなるので後にしよう。
今は、こっちの用事が先だ。
「その話はあとじゃ。お~い、健在であったか。今日は、お主に頼みがあって来たのじゃが……」
わらわは、手を振りながら親し気に話かけた。すると、ホブゴブリンは「きゃー」と、か弱い子女のような声で叫び、一目散に木戸の中へと駆けこんだ。
「なぜ逃げるのじゃ。わらわのことがわからぬのか?」
聖女と勇者の視線を感じて、わらわは自分の姿を見下ろした。
ああ、そうか。この見た目のせいで、わらわが魔王だとわからなかったのか。
「しかたないのぅ……」
しぶしぶ木戸へ近付き、戸を開けようとしたが、開かない。鍵がかかっている。
「おい、ここを開けろ。わらわじゃ。魔王じゃ」
どんどん、と木戸を叩けば、中からくぐもった声が返ってきた。
「……う、ううウソだっ。ま、魔王さまは、勇者にころっ、ころされたっ!」
言い返せない。どうやら、わらわが勇者に倒されたことは、ホブゴブリンの耳にまで入っていたようだ。
今ここで変身を解き、わらわが魔王であることを証明することは簡単だ。だがそれには、ホブゴブリンと直接顔を見て話ができなければならない。
あやつの声の様子から、よほど怯えているのが伝わってくる。このままでは頑なにここを開けてもらえなさそうだ。
そもそも魔王であるわらわを締め出すとは、無礼千万っ。なんだか腹が立ってきたぞ…………。
「おい、勇者。ここを剣でぶちやぶるのじゃ」
「え、さっきは剣を抜くなって……」
「いい。わらわがいいと言ったらいいのじゃ! やれっ!」
わらわは腰に手をやり、反対の手で木戸を指さした。魔法さえ使えれば、このような木戸、簡単に破壊してやるのだが、今は致し方ない。杖を手に入れるまでの辛抱だ。
勇者は、わらわの強い口調に戸惑いながらも、腰から剣を抜き、木戸をたたき割った。
ばきばきっ、と木戸が破壊される音が響く。
中から、ホブゴブリンの悲鳴が聞こえた。怯えているようだ。
「こらーっ、何をする! ボブが怯えておるではないかっ。この勇者めっ! 魔王の鉄槌を受けろ!!」
わらわは、壊れた木戸の破片を手に、勇者の頭を軽くたたいた。もちろん演技のつもりだ。
「いたいよっ! 何をするんだ、ラベンダーがやれって言ったんじゃないか!」
勇者の恨めし気な目を無視して、わらわは中へ向かって声をかける。
背後から聖女の殺気を感じるので、あまり時間がない。
「かわいそうに、もう大丈夫じゃ。わらわが来たからには、もう安心じゃ」
そう言って、さも窮地を助けに入ったように見せかければ、ホブゴブリンもわらわを味方だと思うだろう……という魂胆だった。
「こんな抜け道……ラベンダーはどうやって知ったんだ?」
「ふふん、わらわは何でも知っておるのじゃ」
実は以前ここへ来た時に、森の出口を探していて偶然見つけたのだ。それを話せば、あらぬ疑いをかけられそうなので秘密にしておこう。
……迷子ではないぞ、迷子では!
茂みを抜けると、木々の開けた場所に出た。周囲をぐるりと茂みに囲われていて、反対側に一本の巨木が立っている。
巨木の根元は二又に別れており、その間に小さな木戸がついていた。中腰になってようやく潜り抜けられるほどの高さだ。
わらわが木戸に向かって歩を進めようとしたところで、がさがさ、という音と共に、反対側の茂みの中から何かが飛び出してきた。
その姿を目にした勇者が叫ぶ。
「ゴブリン?!」
茂みから飛び出してきたのは、一匹の魔物だった。黒っぽい赤色の肌に、長い耳。老人のように曲がった背中は、身長だけ見れば子供のようにもみえるが、その顔は醜い老婆のようでも老爺のようにも見える。頭頂はつるりと毛がなく、周囲にだけ僅かばかりの毛が生えている。
「まだ魔物が残っていたのか」
勇者が緊張した声で、光の剣に手をかける。
聖女も、持っていた聖杖エターナルロッドを構えた。
「待てっ。剣は抜かぬ約束じゃぞ」
わらわの言葉に、勇者がはっとした表情をする。こうなることが分かっていたから、先に約束をさせたのだ。
魔物は、じっと固まって、こちらの様子を伺っている。
「一体どういうこと? あなたは、ゴブリンがここにいることを知っていたの?」
聖女がロッドを構えたまま怖い顔でわらわを見る。勇者は、ぽかんと口を開けたままだ。
「ちがう。あやつはゴブリンではない」
きっぱりとした口調で否定してやれば、二人とも顔を見合わせて、え、と意外そうな顔をする。よく見てみろ、というわわらの声に従い、二人がよくよく魔物を観察する。
「どこからどう見ても……ゴブリンにしか見えないが……」
勇者の答えに、「そうね」と聖女もうなずく。
ふっ、この違いが見抜けぬとは、まだまだじゃのう。
「あやつはゴブリンではない。ホブゴブリンだ。肌の色が緑色ではないし、髪の毛がちょろっと生えているのが見えないのか。ゴブリンに……髪の毛はないっ!」
かっこよく決めたつもりだったのに、何故か二人とも目を点にして固まっている。
「……それって、同じでしょう?! 獣人の中でもヒョウ族とチーター族があるのと同じよ!」
聖女がヒステリックに叫ぶので、ホブゴブリンがびくりと跳び上がった。怯えているようだ。
「ヒョウ族とチーター族は違うと、あのやかましい獣人娘が言っておったぞ。ああ、聖女がヒステリックに叫ぶから、ホブゴブリンが怯えておるではないかっ。おーい、待て、わらわじゃ、逃げずともよい!」
正直なところ、ヒョウとチーターの何が違うのかまでは覚えていない。確か……チチの大きさが違うのだったか?
ホブゴブリンは、ゴブリンよりも知能が人族に近い。そして何より、あやつの作る魔法の杖は、世界で一番しなやかで、強い魔力に満ちている。わらわが魔王だった時に持っていた杖も、あやつに作ってもらったものだ。
「なんでホブゴブリンがこんなところにいるんだ?」
勇者が不思議がるので、教えてやってもよかったが、長くなるので後にしよう。
今は、こっちの用事が先だ。
「その話はあとじゃ。お~い、健在であったか。今日は、お主に頼みがあって来たのじゃが……」
わらわは、手を振りながら親し気に話かけた。すると、ホブゴブリンは「きゃー」と、か弱い子女のような声で叫び、一目散に木戸の中へと駆けこんだ。
「なぜ逃げるのじゃ。わらわのことがわからぬのか?」
聖女と勇者の視線を感じて、わらわは自分の姿を見下ろした。
ああ、そうか。この見た目のせいで、わらわが魔王だとわからなかったのか。
「しかたないのぅ……」
しぶしぶ木戸へ近付き、戸を開けようとしたが、開かない。鍵がかかっている。
「おい、ここを開けろ。わらわじゃ。魔王じゃ」
どんどん、と木戸を叩けば、中からくぐもった声が返ってきた。
「……う、ううウソだっ。ま、魔王さまは、勇者にころっ、ころされたっ!」
言い返せない。どうやら、わらわが勇者に倒されたことは、ホブゴブリンの耳にまで入っていたようだ。
今ここで変身を解き、わらわが魔王であることを証明することは簡単だ。だがそれには、ホブゴブリンと直接顔を見て話ができなければならない。
あやつの声の様子から、よほど怯えているのが伝わってくる。このままでは頑なにここを開けてもらえなさそうだ。
そもそも魔王であるわらわを締め出すとは、無礼千万っ。なんだか腹が立ってきたぞ…………。
「おい、勇者。ここを剣でぶちやぶるのじゃ」
「え、さっきは剣を抜くなって……」
「いい。わらわがいいと言ったらいいのじゃ! やれっ!」
わらわは腰に手をやり、反対の手で木戸を指さした。魔法さえ使えれば、このような木戸、簡単に破壊してやるのだが、今は致し方ない。杖を手に入れるまでの辛抱だ。
勇者は、わらわの強い口調に戸惑いながらも、腰から剣を抜き、木戸をたたき割った。
ばきばきっ、と木戸が破壊される音が響く。
中から、ホブゴブリンの悲鳴が聞こえた。怯えているようだ。
「こらーっ、何をする! ボブが怯えておるではないかっ。この勇者めっ! 魔王の鉄槌を受けろ!!」
わらわは、壊れた木戸の破片を手に、勇者の頭を軽くたたいた。もちろん演技のつもりだ。
「いたいよっ! 何をするんだ、ラベンダーがやれって言ったんじゃないか!」
勇者の恨めし気な目を無視して、わらわは中へ向かって声をかける。
背後から聖女の殺気を感じるので、あまり時間がない。
「かわいそうに、もう大丈夫じゃ。わらわが来たからには、もう安心じゃ」
そう言って、さも窮地を助けに入ったように見せかければ、ホブゴブリンもわらわを味方だと思うだろう……という魂胆だった。
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