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第三章 魔法使いと迷宮
第21話 雨降らしの魔法
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魔法使いを名乗る少女ジュリは、その灰色の瞳を期待に輝かせている。
「お主……まだ子供ではないか」
「こ、子どもではありません。もう十五になります」
「十五じゃと? ふ~む……もっと若く見えるが……」
人族の見た目と実年齢は、未だに判別がつかない。勇者と聖女が驚いていないところを見ると、年相応の見た目ということなのだろう。
……まぁ、わらわもよく若く見られるから気持ちはわかる。
「それで……お主、本当に魔法が使えるのか?」
「はいっ、もちろんです! 魔法使いですから」
どん、と自身の胸を叩いてみせるジュリだが、なぜか受付嬢の目が泳いでいる。本人がEランクだと言っていたのも気になる。
冒険者のランクは、本人のレベルと依頼をこなした数を判断材料として、基本的にA~Dまでランク付けされる。それよりも低いEランクというのは、判定不能レベルということだ。
これには、二通りの可能性が考えられる。実力はあるものの、まだ依頼を一度もこなしたことがない場合。もしくは、全く実力がない場合、のどちらかだ。
前者であれば、まだ駆け出しの冒険者ということになる。それならば、魔法大学のことを知っている可能性もあるだろう。
しかし、後者の場合、魔法大学のことを知っている可能性は、ほぼない。魔法が使えない魔法使いが魔法大学を知っているとは思えないからだ。
果たしてジュリは、どちらだろうか。
「それでは、何か簡単な魔法をお見せしましょう」
そうジュリが言うので、わらわたちはとりあえずギルドの外へ出た。
通行人の邪魔にならないよう少し開けた場所へ移動する。
では、とジュリが杖をぎゅっと握りしめた。
『水の精霊よ、我ジュリの呼び声に答えよ。今ここに、天からの恵みとなる雨を降らし、大地を潤せ。レインシャワー!』
天へ向けたジュリの杖が、ピカリと光る。
詠唱。これは本来、魔法を使うための基本の基本のようなもので、ある程度魔法を使い慣れた者ならば省略して使うことが多い。
例えばこの魔法の場合は、最後の『レインシャワー』だけ口にする、というようにだ。
だが、雨を降らせる魔法は、そこそこ中級レベルの魔法だ。詠唱を使ってもおかしくはない……のだが………………なぜだろう。嫌な予感がする……。
その時、ぽたぽた……っと、天から落ちてくるものがある。雨だろうか、と顔を上げたわらわの顔に、ぬちゃっとした何かが落ちてきた。
「なんじゃ、これは……」
指で剥がして見れば、ソレは自分の意志で動いているように見えた。
「き、きゃあああ~~~~~!!!」
聖女が叫んだ。
「う、うわあああ! きしょっ!!」
さすがの勇者も青い顔をして、自分の身体にへばりつくソレを手で叩き落している。
しかし、払っても払っても、天から落ちてくるソレが勇者の頭、肩、マントにへばりつく。
「え、え、え」
当のジュリは、自分の魔法が引き起こした結果を前に、ただ狼狽えていた。何がどうしてこうなったのか理解できていないようだ。
わらわは、指でつまんだソレをジュリの顔の前へ突き付けてやった。
「これは……アメはアメでも……アメフラシじゃ!」
「ぇえーーーっ?!」
ジュリが両頬に手を当てて、驚きの声をあげる。
「ど、どうして~? 詠唱は間違えていないはず……」
ジュリが慌てて、腰につけていたポーチの中から分厚い本を取り出した。表紙には『サルでもわかる魔法の基本詠唱』と書かれている。
ページをめくるジュリの頭や肩に、天から落ちてくるアメフラシがへばりつく。ジュリは、それらを払うこともせず、本から顔をあげようともしない。
たしか詠唱では『雨を降らし、大地を潤せ』と口にしていたので『アメフラシ』が大地を潤した……ということだろうか。いや、それにしても、こんな魔法は見たことがない。
「お主……いつも詠唱を口にして魔法を使っておるのか」
「は、はい。でも、今まで一度も成功したことがなくて……あっ、いえ!」
しまった、という顔をしてジュリが本を閉じた。ぱらぱら、と本にかかっていたアメフラシたちが地に落ちる。数匹は、本に挟まれてしまった。
「魔法は使えるんですよ! でも、ちょっとだけ思っていたのとは違うといいますか…………」
ジュリが眼鏡の縁をくいくいと手で押し上げる。何かの癖だろうか。
「これのどこがちょっとじゃ! 雨とアメフラシじゃ全く違うじゃろうが!」
ひぃ~ん、と目尻に涙を浮かべて、ジュリが縮こまる。
なるほど。受付嬢の態度がおかしかったのは、これのことだったのか。
「悪いが、ろくに魔法も使えんようじゃ、お主に用はない。魔法大学のことなんぞ知っておるはずがなかろう」
わらわが諦めようと掌を返すと、ジュリの表情が突然ぱっと変わった。
「魔法大学をお探しなのですか? それなら私、そこの生徒でした!」
「何っ?! 本当か?」
まさかと思い疑って聞いたが、こくこくこく、とジュリが大きく頷く。その目は嘘をついているようには見えない。
「もし魔法大学へ行きたいのでしたら、私が案内しますっ」
どんっ、と胸を叩くジュリに、どう答えようかと思い、勇者と聖女を振り返った。
二人は、まだ天から降り続けているアメフラシと格闘していた。勇者は光の剣を振り回し、聖女は今にも気絶しそうなほど青白い顔で聖杖を振り回している。
「…………ところで、このアメフラシはいつになったら止むのじゃ」
「あ、たぶんもう少ししたら止むかと…………たぶん」
ジュリが眼鏡の縁をくいくいと手で押し上げる。
それから少し待ってみたが、全く止む気配がない。詳しい話をジュリから聞くため、わらわらは場所を他へ移すことにした。
アメフラシは~…………まぁ、そのうち止むじゃろう。
「お主……まだ子供ではないか」
「こ、子どもではありません。もう十五になります」
「十五じゃと? ふ~む……もっと若く見えるが……」
人族の見た目と実年齢は、未だに判別がつかない。勇者と聖女が驚いていないところを見ると、年相応の見た目ということなのだろう。
……まぁ、わらわもよく若く見られるから気持ちはわかる。
「それで……お主、本当に魔法が使えるのか?」
「はいっ、もちろんです! 魔法使いですから」
どん、と自身の胸を叩いてみせるジュリだが、なぜか受付嬢の目が泳いでいる。本人がEランクだと言っていたのも気になる。
冒険者のランクは、本人のレベルと依頼をこなした数を判断材料として、基本的にA~Dまでランク付けされる。それよりも低いEランクというのは、判定不能レベルということだ。
これには、二通りの可能性が考えられる。実力はあるものの、まだ依頼を一度もこなしたことがない場合。もしくは、全く実力がない場合、のどちらかだ。
前者であれば、まだ駆け出しの冒険者ということになる。それならば、魔法大学のことを知っている可能性もあるだろう。
しかし、後者の場合、魔法大学のことを知っている可能性は、ほぼない。魔法が使えない魔法使いが魔法大学を知っているとは思えないからだ。
果たしてジュリは、どちらだろうか。
「それでは、何か簡単な魔法をお見せしましょう」
そうジュリが言うので、わらわたちはとりあえずギルドの外へ出た。
通行人の邪魔にならないよう少し開けた場所へ移動する。
では、とジュリが杖をぎゅっと握りしめた。
『水の精霊よ、我ジュリの呼び声に答えよ。今ここに、天からの恵みとなる雨を降らし、大地を潤せ。レインシャワー!』
天へ向けたジュリの杖が、ピカリと光る。
詠唱。これは本来、魔法を使うための基本の基本のようなもので、ある程度魔法を使い慣れた者ならば省略して使うことが多い。
例えばこの魔法の場合は、最後の『レインシャワー』だけ口にする、というようにだ。
だが、雨を降らせる魔法は、そこそこ中級レベルの魔法だ。詠唱を使ってもおかしくはない……のだが………………なぜだろう。嫌な予感がする……。
その時、ぽたぽた……っと、天から落ちてくるものがある。雨だろうか、と顔を上げたわらわの顔に、ぬちゃっとした何かが落ちてきた。
「なんじゃ、これは……」
指で剥がして見れば、ソレは自分の意志で動いているように見えた。
「き、きゃあああ~~~~~!!!」
聖女が叫んだ。
「う、うわあああ! きしょっ!!」
さすがの勇者も青い顔をして、自分の身体にへばりつくソレを手で叩き落している。
しかし、払っても払っても、天から落ちてくるソレが勇者の頭、肩、マントにへばりつく。
「え、え、え」
当のジュリは、自分の魔法が引き起こした結果を前に、ただ狼狽えていた。何がどうしてこうなったのか理解できていないようだ。
わらわは、指でつまんだソレをジュリの顔の前へ突き付けてやった。
「これは……アメはアメでも……アメフラシじゃ!」
「ぇえーーーっ?!」
ジュリが両頬に手を当てて、驚きの声をあげる。
「ど、どうして~? 詠唱は間違えていないはず……」
ジュリが慌てて、腰につけていたポーチの中から分厚い本を取り出した。表紙には『サルでもわかる魔法の基本詠唱』と書かれている。
ページをめくるジュリの頭や肩に、天から落ちてくるアメフラシがへばりつく。ジュリは、それらを払うこともせず、本から顔をあげようともしない。
たしか詠唱では『雨を降らし、大地を潤せ』と口にしていたので『アメフラシ』が大地を潤した……ということだろうか。いや、それにしても、こんな魔法は見たことがない。
「お主……いつも詠唱を口にして魔法を使っておるのか」
「は、はい。でも、今まで一度も成功したことがなくて……あっ、いえ!」
しまった、という顔をしてジュリが本を閉じた。ぱらぱら、と本にかかっていたアメフラシたちが地に落ちる。数匹は、本に挟まれてしまった。
「魔法は使えるんですよ! でも、ちょっとだけ思っていたのとは違うといいますか…………」
ジュリが眼鏡の縁をくいくいと手で押し上げる。何かの癖だろうか。
「これのどこがちょっとじゃ! 雨とアメフラシじゃ全く違うじゃろうが!」
ひぃ~ん、と目尻に涙を浮かべて、ジュリが縮こまる。
なるほど。受付嬢の態度がおかしかったのは、これのことだったのか。
「悪いが、ろくに魔法も使えんようじゃ、お主に用はない。魔法大学のことなんぞ知っておるはずがなかろう」
わらわが諦めようと掌を返すと、ジュリの表情が突然ぱっと変わった。
「魔法大学をお探しなのですか? それなら私、そこの生徒でした!」
「何っ?! 本当か?」
まさかと思い疑って聞いたが、こくこくこく、とジュリが大きく頷く。その目は嘘をついているようには見えない。
「もし魔法大学へ行きたいのでしたら、私が案内しますっ」
どんっ、と胸を叩くジュリに、どう答えようかと思い、勇者と聖女を振り返った。
二人は、まだ天から降り続けているアメフラシと格闘していた。勇者は光の剣を振り回し、聖女は今にも気絶しそうなほど青白い顔で聖杖を振り回している。
「…………ところで、このアメフラシはいつになったら止むのじゃ」
「あ、たぶんもう少ししたら止むかと…………たぶん」
ジュリが眼鏡の縁をくいくいと手で押し上げる。
それから少し待ってみたが、全く止む気配がない。詳しい話をジュリから聞くため、わらわらは場所を他へ移すことにした。
アメフラシは~…………まぁ、そのうち止むじゃろう。
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