マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第三章 月の眷属

月の眷属

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 老執事マグが優しく声をかけた瞬間、青い髪の少女はキュッと怖そうに目をつむり、俺の視界にスキル表示が浮かんだ。

〈——怪盗術:転宅てんたく——〉

 それと同時にアクシノが怒鳴る。

〈老人に攻撃するなよ、カオス! あれはおそらく常世の子だ!〉
(——常世!?)

 気がつくと俺の腕の中に青い髪の少女がいた。ドレス姿の少女はバカ正直にキュッと目をつむったままで、ダンジョンの床が揺れる。余震かと思ったがそうじゃねえ。振り返るとマキリンの腹に老人の腕がめり込んでいて、ぶちのめされたマキリンは背中でダンジョンの壁を割り、口から血の混じった泡を吐いた。

「このッ……クソジジイ!」

 しかし彼女は死んでいなかった。その理由は、俺の動きに合わせて視界の端に表示され続けているディスプレイに書かれている。

(レベル25……!? シュコニと同じ酒場のバイトが、剣閃の風のムサよりも上!?)


————————————

偽名:マキリン
名前:マナナン
年齢:24
出身:ツイウス王国シガフ男爵領シガンポ村
前科:
 誘拐1回   ※推定
 殺人10回  ※推定
 脅迫100回 ※推定
 窃盗205回 ※確実。相手は主に酔客

称号:
 Zランク冒険者  ※ニケの加護を喪失したため
 神酒の加護Lv0 ※同様に喪失

 月の眷属
 花魄かはくの加護 ※推定
 ??の加護 ※鑑定失敗


レベル:25
EXP:11,213/34,981

スキル:
 倉庫Lv4

 スキルを喪失:
  調合Lv0、暴飲Lv0、酔拳Lv0
  解体Lv0、地図Lv0
  罠感知Lv0、罠設置Lv0
  スキル通知、ステータス通知
  経験値獲得、MP回復

 花魄の加護から推定: ※いずれもレベルは不明
  印地、防毒、包装
  魅了、鞭

MP:204/295(491△40%)
腕力:2,048(1,709+592△253:黒豚の鞭、左手の怪我)
知性:313
防御:1,250(1,229+21:防具A)
特防:950(929+21:防具A)
敏捷:905(877+28:黒革のブーツ)

武器1:絡新婦じょろうぐもの包帯 ※全損

防具A:
 絡新婦のブラウス(+8、+8:ほぼ全損)
 絡新婦の下着セット(+13、+13)

防具1:黒豚の革鎧  ※全損
防具2:黒豚のマント ※全損

防具3:不徳のコイン  ※鑑定Lv5によりある程度無効化
防具4:ゴリの結婚指輪 ※切断により遺失

————————————


 防具を失っても女には千を超える防御力があり、ほとんど下着姿のマキリンは血を吐きながら黒革の鞭を握った。

「死ねよ、ジジイ!」
〈——鞭術べんじゅつ:乱れ柳——〉

 鞭は蛇のようにしなり、迷宮の通路の床や天井を無茶苦茶に打った。腕力2千に裏打ちされた凄まじい威力だ。一打するたび岩が削れていく。マキリンが人質ではなく殺すつもりで俺を襲っていたら今ごろひき肉にされていただろう。

 しかし上には上がいた。老紳士は鞭の連打のすべてを回避し、マキリンに軽口を叩いた。

「ほう、それなりだな……何人を経験値に変えた?」
「まだ18人よ——だけど、そのうち5人は鍛え抜かれたEランクだった! ……おまえを6人目にしてやる!」
「これだから迷宮上がりの〈月〉は好かん」

 執事のジジイの右腕がブレたかと思うと、マキリンの腹・胸・頬が衝撃にたわんだ。俺の視界に遅れてスキル表示が踊る。

〈——なんちゃら流:すごいパンチ3発——〉

 通常であれば即座かつ正確に表示されるスキル表示が「たぶん」やら「なんちゃら流」と、ずっといい加減だった。〈鑑定連打〉している俺に叡智が怒鳴る。

〈ニケが出してる表示は無視しろ! 既知の魔物ならともかく、月の技をワタシらはほとんど知らない! それよりおまえはその子を離すな。あの老人はおまえならソレを人質にしないと考えたのだろうが、その小娘は盾に使えるぞ!〉
(え、盾とかひどくね)
〈右!〉

 ゼロ歳のオーク戦からずっと、アクシノが〈右!〉と怒鳴ったら右に飛ぶのが俺たちの約束だった。パブロフの犬感を漂わせつつ上意下達で飛び上がると、直前まで俺がいた床が鞭で抉られ、俺は心に「HP」という語を思い浮かべた。

〈残り1HP、全快まで約5時間半だ! ——それより左! そして右、右に飛べって!〉

 叡智さんが空気を読んでHP回復までの残り時間を通知し、俺は青髪の少女を抱いたままマキリンが振り回す鞭を回避した。

「ほお、その少年は誰一人殺さずに……!」

 なんかジジイに褒められたが嬉しくねえ。ていうかアンタ誰なんだ。

〈常世の女神の加護により、鑑定は不可能です——ってことだから左ッ!〉

 叡智が即座に答えを返し、迷宮の通路がマキリンの鞭で削られていく。アクシノが俺に繰り出す〈神託〉は、大局的には通路の隅でアワアワしているシュコニとの合流を目指しているようで、俺は少しずつシュコニに近づいた。

〈くそっ、そのガキをメイドに預けてジジイに加勢したいが、あのクソ女が邪魔している!〉

 アクシノが苛立った声を上げた。

〈あの老人も——なるほどね。強いは強いが、冒険者では無いということか。誰かと組んで戦うことに慣れていないし、ニケの基準ならBランクがせいぜいだな。それに比べて、見ろ! ふはは。ワタシと歌様の子のために、敵の女はマントも鎧も持っていない! ——我らの星は月に負けぬぞ、レファラド!〉

 執事と女が出現した瞬間からアクシノはクソ鞭女とジジイに夢中のようだったが、俺は叡智とは独立した思考の中で焦っていた。

 俺はぶっちゃけ女とジジイの勝負の行方なんてどうでもいいし、少し酷だが、腕に抱えた青髪の少女もどうでもいい。

 現在、パーティは分断されている。

 母さんと猫と狐は俺が崩落させた通路の先の小部屋から20層のどこかへ移動したはずだが、マキリンが出現させたゴブリンの群れは、俺がこちらの通路を塞いだ以上、母さんたちを追いかけたはずだ。

 その母さんはEランク冒険者であり、ここはEランク冒険者が即死しかねない20層だ。すぐにでも迷宮を走って合流したいが、そのためには交戦中のジジイと鞭女マキリンが邪魔すぎる!

(聞けよ叡智……)

 俺がこの迷宮に来た目的は戦闘でもレベル上げでもない。俺はシリアルキラーでもバトルマニアでもねえし、わけのわからん〈月〉なんざマジでどうでもいい。ついでに言えば自分がくたばっても構わない。

 ——知ってるやつが死ぬのが嫌だ。

 俺はただ、それだけの理由でウユギワ迷宮に来たんだぞ……!?

〈……おお、すまなかった。おまえは……そういう奴だったな……〉

 苛ついているとようやく叡智が空気を読んだ。俺の回避先を早口で〈神託〉しつつ、妙にしおらしい声で言う。

〈よかろう。普段は他の眷属のことを教えたりしないのだが……この状況だ、特別に許す。ワタシの子たるフェネ経由の情報を教えよう。
 良いか? フェネとナサティヤは蜂の巣を全滅させ、現在ミケは〈ひのきのぼう〉を装備してホブゴブリン4体を相手に——おっと、ゴブリン・キングが魔石いのちを燃やした!〉

 ——その瞬間、視界の端にスキル表示が踊った。


〈——激励:月有死生えいえんはない——〉
〈——司令オーダー偃月えんげつの陣——〉
〈——司令:全軍突撃——〉


 レディ・アントが配下に出すのに似た攻撃司令と同時に俺が癇癪玉で崩落させた通路の瓦礫が吹き飛ばされ、5体のホブゴブリンが瓦礫の合間から顔を出した。そのすぐ後ろには王冠をかぶった巨大なゴブリン——鑑定によると、〈ゴブリン・キング〉という化物が見える。

「——おまえら、このジジイを殺せッ!」

 マキリンが怒鳴るとホブゴブリンらは瓦礫をかき分けてマグ老人に突撃し、命を捨てて猛攻を仕掛けるホブたちに老執事は灰色の目を見開いた。

「——ほほう、〈魅了〉か! ひ弱な凡夫が良く使う手だが、実によく調教されておる。おい女、その軍勢を手に入れるまで、醜い邪鬼をどれだけ相手にした?」
「うるせえ! とっととくたばれよ、クソジジイ!」

 狭い通路にホブゴブリンの群れがなだれ込んできた。足元にはゴブリンの雑兵もいて、マキリンは配下のゴブリンを巻き込まないよう鞭の使用を停止した。

「それじゃあんたがゴブリンを操っていたの!?」

 シュコニが引きつった声でなにか叫んだが、その声はジジイにかき消される。

「良いぞ新月しんいり、なら本物を見せてやろうか……!」

 タキシードの老人は、どうも俺とは違う次元に生きてるジジイのようだ。爺さんは命がけの戦いを楽しむように歯をむき出して獰猛に笑い、全身から怪しい妖気を発した。

〈——なんちゃら流:超すごい体術——〉

 直後、右手・左手・両足をブレさせ、5体もいたホブゴブリンを肉塊に変えてしまう——〈ひのきのぼう〉を装備したミケですらこんなことはできない!

「……はあ!?」

 マキリンが愕然として声を上げたが、血肉に変わったホブの背後には金の王冠をかぶった巨大なゴブリンがいた。

 体長は、黒豚オークの1.5倍、4メートル半はあるだろう。

 赤い上品な毛皮のマントを羽織ったキングは激怒の表情を浮かべていて、その全身が青白く光った。

「待てッ!」

 マキリンが叫ぶ。

〈——最終司令ラスト・オーダー:一億玉砕——〉
〈自死と引き換えに、配下のゴブリンすべての腕力と防御が5%強化されます〉

 キングが大量の血を吐いて床に倒れ、未だ数百体はいるゴブリンの群れがその死に咆哮を上げた。鼓膜が破れそうな雄叫びと同時にすべてのゴブリンが右足を上げ、全員が同時に床を踏む。

〈——まずいぞカッシェ、連中は自滅する気だ!〉

 ゴブリンの群れが動きを揃えて同時に床を踏み抜いた。アクシノが珍しく「カッシェ」と呼ぶのを聞きながら、俺は激しい振動に体を上下させた。

〈逃げろ、ワタシの子! 迷宮の床が、崩れる——……!〉

 叡智の警告も虚しく床が割れ、俺は、腕に抱えた青髪の少女もろとも崩落に巻き込まれた。


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