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第三章 月の眷属

ユニークスキル

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 耳をつんざく轟音とともに迷宮の床が抜けた。

 俺もシュコニもジジイもクソ女も——床を踏み抜いた大量のゴブリンとともに俺たちは下層へ落下した。

 即座に最後の〈絶対防御〉が発動し、俺と、ついでに腕に抱いた青髪の少女を岩崩れから防御する。

 しかし今更、それがなんになる?

(やばい、死ぬ……)

 俺は瓦礫に飲まれながら覚悟した。

 俺にはもうHPが無い。あと2、3秒もしないうちに〈絶対防御〉の壁は崩れて、俺は岩石に飲み込まれるだろう。

 すぐ近くでマキリンが絶望的な表情で岩石に飲み込まれていくのが見えた。〈魅了〉だかなんだか知らないが、これはあいつがゴブリンをけしかけて起こした地震で、同情の余地は無い。それでも切ない気持ちになってしまうような顔でマキリンは崩落した瓦礫の奥に消えた。

 多くの岩とゴブリンに紛れて執事のジジイも一瞬、見かけた。老人は無言で全員を青白く発光させ、なんらかの攻撃スキルを発動中らしい。両手両足で四方の岩を高速に砕いているが、距離の問題か、冒険のニケが知らない技なのか、俺の目にスキルの表示テロップは出なかった。

 そして、すぐ近くにはシュコニがいた。

『親父……』

 彼女は外国語をつぶやき、体を丸めて回復スキルを自分に連打していた。

〈——手当て:王族の手ロイヤル・タッチ——〉

 下層に崩落する瓦礫の中で俺が贈った黒マントは既に性能の限界を迎えたようで、ところどころ破れている。手当てスキルは高コストだと聞いているが、あのお姉さんはこの崩落に耐えられるのか……? ——まるでわからない。

 それでもシュコニは俺たちより恵まれていると言えた。

 俺の腕の中にはジジイから一方的に預けられた名前も知らねえクソガキがいて、しかも俺のHPはゼロだった。

 絶対防御はもはや無いし、そうなると、同じレベル15でも俺はシュコニより脆弱だった。

 ミケもそうだが、俺たち〈絶対防御〉持ちは防御や特防のステータスが極端に低い。当然だ。他の冒険者が生まれてこのかた経験するような「ちょっとした怪我」すら俺たちは無傷で乗り越え、「経験」することの無いまま成長してきた。

 対象にとって命の危険になりうる怪我を〈絶対防御〉は必ず防いでくれるから、俺はこの世に爆誕して7年、せいぜい鼻くそを掘りすぎて出した鼻血くらいしか怪我らしい怪我をしたことがない。ファレシラやニケが与える〈HP〉は間違いなくチートだが——一方で、過保護すぎるきらいがあった。

 例えばここに〈防御〉の値が全く同じ「10」の冒険者が二人いたとして、冒険者Aは腕に100回怪我をしたことがあり、冒険者Bは10回だったとしよう。その二人が同時に腕を切られた時、ダメージが少なくて済むのはAの方だ。その理由はゼロ歳の時に〈鑑定〉で学んでいる。

 防御を始めとした肉体のステータスは〈平均値〉であり、平均値が同じ「10」でも、腕への怪我ならAが受ける傷は少なくなる。

 個人の真の実力は、鑑定で見える平均値では測りきれない。それは鑑定9の俺がレベルに劣るポコニャさんから毎日学んでいた「定義しがたい曖昧な実体験けいけんの差」であり、こうした極限状況の場合、特にはっきりと感じられる格差だった。

 要約すると、ついに絶対防御の切れた俺は岩石に飲まれ激痛に襲われた。

「うおおおお死ぬ死ぬアガガガガガガガ……!?」

 ボクはめちゃくちゃ情けない声を出してしまったが、いや、たぶん、ボクと同じでミケだってこの痛みには悲鳴を上げたと思うんだ。

 俺と一緒に瓦礫に飲み込まれた人々が叫び声も上げずに耐えているのが信じられねえ。おいマキリン、おまえは犯人なわけだしもっと悲鳴を上げろ。バトルジャンキーのジジイも俺より痛がって良いと思うんだ。完全に巻き込まれただけのお乳さんにしても、ぐっと目を閉じるだけで悲鳴を上げないとか、「冒険者」はどんだけド根性なの!?

「ぬわーーっっ!!」

 俺は国民的RPGのパパのような叫びを上げ、この世界に生まれて以来、最大の痛みに襲われた。

 崩落するダンジョンの中で岩は俺の頭を割って出血させていたし、たかが砂利すら黒革ジャケットの防御を突破し、痛みを知らない俺の柔肌を擦りむいていた。

 それでも青髪の少女を守ったボクは偉かったんじゃないかな?


(限界だ……! アクシノ、使うからすぐくれ!)


 俺は心の中で祈ったが、叡智さんは薄情だった。

〈待て、おい……朗報だぞカオス、おまえの狙いが実現できる!〉
(——はあ!? なんの話!? サマを付けて呼んでやったでしょ? さま、サマ! 早くっ!)
〈忘れたか。迷宮に入ってすぐ、おまえはずっと〈教師〉を使い続けていただろ? ずっとミケに〈鑑定〉を与えず、自分でも遠慮して使わないようにして……〉
(……!)

 叡智の知らせは確かに朗報だった。俺は「ステータス画面」と念じて〈教師〉の項目を睨んだ。そこには俺が貸与したい「無詠唱」の表示があり、ターゲットとして「ポコニャ」の名前があって——……。

〈幸運だったな、ワタシの子。しばし気絶するなよ?〉

 その瞬間、俺のMPがごそっと減った。一瞬で数千は減ったと思うが、俺はまったく気にしなかった。

(生きてた……!?)
〈だろうな。迷宮についてワタシが断言できることは少ないが、〈教師〉スキルが接続できた以上、ポコニャについては生きているとみなして良い〉

 全身の痛みが消えた気分だった。今すぐミケに教えてやりたい。

 崩落に巻き込まれた俺はダンジョンの床を突き抜け、21層の床に激突した。腕に抱きしめた青髪の無事と引き換えに俺の両腕が骨折し、俺は耐えられず悲鳴を上げた。

 そこで止まるかと思った崩落はしかし、停止しない。21層の床に大量の岩石が降り積もり、重量に耐えかねた床に亀裂が走って、俺はさらに下、22層への崩落に巻き込まれた。

 ポコニャさんが生きていたのは嬉しかった。ステータス画面を見る限り黒猫はガツガツと俺のMPを消費していて——しかしもう、俺は全身を襲う痛みに気絶しそうだった!

(限界だ……アクシノ、マジでお願いだから!)
〈ふむ。叡智の女神は「時計」では無いのだがな……良かろう。しかし〈教師〉の接続は維持しろよ? それを切ったらワタシの子ポコニャを亡くしてしまう〉

 邪神ファレシラにもらったHPの壁が尽きた時点で、ボクは貧弱な坊やだった。

 俺は「ホーム」を強く念じて、眼の前に現れたホーム画面を操作した。静かな森でツキヨ蜂を殺した報酬として得た、新しい〈チート〉にカーソルを合わせる。

 ——HPが無ければ俺はクソ雑魚で、だからこそ俺は、攻撃よりもいつだって「防御」を重視してきた。

 約4日前のあの日、久々にSPを得た俺には、攻撃的な〈極大魔法〉や、応用力の高そうな〈地球科学〉という選択肢があった——。


————————————

 修行アプリにようこそ——中略——以下の〈修行ゲーム〉をクリアすることによって新たな能力を得られます。

教師Lv2……生徒を二人まで持てます。個別のスキルを教えられます。
倉庫Lv2……MPの20%と引き換えに、約4メートルの3乗だけ倉庫インベントリを拡張します。
体術Lv2……より実用的で強力な護身術を獲得できます。
水滴Lv2……より大量の水が得られます。Lv9で〈濁流〉に昇格します。

小石Lv1……土属性の魔法が使えます。Lv9で〈岩石〉に昇格します。
電気Lv1……雷属性の魔法が使えます。Lv9で〈雷鳴〉に昇格します。
旋風Lv1……風属性の魔法が使えます。Lv9で〈暴風〉に昇格します。
 影Lv1……もし取得したら、神界に爆笑が起きますw

裁縫Lv1……強化した衣服を作り、補修できるようになります。裁断とは異なる能力です。
調合Lv1……毒と薬を作れます。Lv9で〈錬金〉に昇格します。
結界Lv1……発動に魔法陣を必要としますが、詠唱無しに習得済みの技を発動させます。


 以下は通常のスキルではなく、叡智の女神謹製の「アプリ」です。
 スキルではないため鑑定結果に表示されませんし、使用時にテロップとして表示されません。

大本営……ステータス画面にパーティの状況が表示され、鑑定を偽装可能にします。
再起動……一時的に気絶する代わりにHPとMPが即時全快します。


 以下は固有ユニークスキルであり、対応する神々に庇護された術者だけが行使可能なスキルです。原則として、固有スキルはレベルを持ちません。

極大魔法……成功した場合、惑星と歌声の女神の庇護の下、一時的に神々に比肩する奇跡を起こします。

地球科学……成功した場合、叡智の女神の庇護の下、使用したことのある地球の道具をこの世界に召喚します。オススメ☆

————————————


 二つ用意されていた固有ユニークスキルは確かに魅力的ではあったが、極大魔法は使えるやつが他にもいるし、「地球の道具を呼び出せる」という但し書きがあるとはいえ、道具を取り出す能力なんてのは、〈常世の倉庫〉とあまり変化が無い。そんなのは全然〈ユニーク〉じゃねえよな?


 俺は視線でカーソルを操作し、ホーム画面を閉じる「終了」ボタンの横に、新たに追加された緑色のボタンを押した。

……!)

 この能力はスキルではなく〈アプリ〉だ。だから、俺と同じレベル9の鑑定持ちに鑑定されても表に出ないし、この世界に〈ホーム〉を開ける者はいないはずだ。

 修行やら印刷といった〈アプリ〉はスキルとは独立した能力で、生まれながら俺だけのもののはずで——完全に固有ユニーク能力スキルだと断言できる特権チートだ。


〈再起動しますか?
 即座に気絶するのと引き換えに、すべてのステータス異常が全快します。

 □今後このメッセージを表示しない。

 OK / CANCEL〉


 親切な確認ダイアログのチェックボックスにチェックして「OK」を選んだ。この能力を得てから数日、寝る前には必ず試してきたから既に効果は理解している。

 唐突に、後頭部をぶん殴られたかのように意識が飛び、それまで肉体を苛んでいた痛みが同時に吹き飛んだ。

 ——青い髪の女の子は大丈夫かな。

 俺はダンジョンの床を突き抜けて落下中だから、全快したはずのHPは即座に岩や落下の衝撃で削られていくだろう。しかし6から7秒くらいは俺も少女も〈絶対防御ヒットポイント〉の壁に守られるはずだ。

 それだけじゃねえ。

 ポコニャさんには俺が気絶している間も〈教師〉が有効で、全快して約1万もあるMPが〈無詠唱〉で使い放題になる。このシナジーがあるからこそ俺は「再起動アプリ」にSPを振った。

 父さんたち〈剣閃の風〉が現在、どこでなにをしているのか俺にはわからない。鑑定してもアクシノはダンジョンについて知らないから不明だ。だけど、無駄に大量にある俺のMPはポコニャさんを経由して父さんの命を救うだろう。

 ていうかさ、前世の俺はクソみてえなプーだったし、それは生まれ変わった今だって変わらない。今さら変えるつもりもない。

 クソガキとしてこのまま親に食わせてもらいたいし、自分じゃなるたけ働きたくねえ。ゼロ歳から強制されてる邪神のクエストなんて、可能ならマジで放置したい。


 そんな俺が、気絶している間——主観的にはなんら働いた自覚が無くても誰かの役に立てる。


 〈再起動〉というアプリは、生まれ変わっても働きたくねえクソニートには、至高に思える固有能力ユニークスキルだった。


  ◇


 そうして意識が飛んだと感じてすぐ、事前にお願いしていた通り、叡智の目覚まし様がボクを起こしてくれた。

〈……おい、子供部屋暮らしのクソニート。何回言わせるつもりだ? 星辰様ほど威力はないが、ワタシだっておまえらを天罰に処せるんだぞ? ……いい加減、起きろよ〉

 気づくと俺は、知らない〈倉庫〉の中で横たわっていた。


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