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第五章 人狼の夜

ロスルーコの亡骸

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「どうしたんです、ポコニャさん」

 声をかけるとポコニャさんは疲れた笑みを浮かべた。二日酔いだ。明らかに前日の酒が残っている。

 迷宮から戻ったばかりの両親やラヴァナさんは家で体を休めているが、この人にはミケが「安眠妨害の邪神」と呼ぶ女神から与えられたギルド・マスターの使命があった。

「……にゃ。おまいら来てたのか。他の連中が自宅で寝てるのに、あちしは枕元にアレが出てきて『任務だ、起きろ』と……ギルドでくだらねえ仕事をしなきゃならねえ」
「くだらねえとはなんだ! オレは2金貨も払ったんだぞ!?」
「あいあい。お釣りの1銀貨にゃ?」

 ギルマスのブラックレディに噛み付いているのはハゲた初老のおっさんで、白い半袖から出た両腕は傷だらけだったし、左目には黒い眼帯をつけている。元は冒険者だったのかな。ずんぐりとした体型で、良いボクサーを育てそうな見た目だ。

 おっさんは残された右目を俺たちに向け、狐ではなく俺に目を留めた。おっとなんだい。俺ぁリングで真っ白に燃え尽きるつもりは無いぜおっちゃん?

「……お前ら、仕立屋パルテの店員だろ? 何度かレバニラを食べに行ったが——あれはウマい——冒険者だったのか」
「にゃ。狐のユエフーはEランクで、黒髪のほうは……おまえ、髪が突然サッパリしたにゃ? ——カッシェはまだGランクだが、ウユギワ村で『首吊り』を相手に戦った。伝説の“鑑定連打”の使い手にゃ」
「連打っ……!? マジかよっ!?」
「にゃ」

 この帝国に個人情報保護法なんて存在しない。ポコニャさんは普通に俺たちの実力を暴露し、少しドーフーシ訛りのあるおっさんは舐めるような熱い視線をボクに向けた。

 黒猫が眠たそうにあくびして言った。

「にゃ。ちょーど良い。おまいらこのおっさんの依頼を受けてみねーか? 報酬は1金貨。クソガキだらけの三本尾からすれば破格のはずだし——リーダーのミケは見当たらないけど、あちしが家でうまく言いくるめるから、受けるよにゃ? ……決まりにゃ!」
「いやいや、決めつけるのは勘弁してくださいよ」

 この世界において、冒険者がこなす仕事には2種類がある。

 ひとつは適当に迷宮に入って魔物を狩り、素材をギルドに卸す「狩り」のような仕事で、成功しても失敗しても特に罰則は無い。

 そしてもうひとつはギルドが発注したクエストを受託して達成する任務で、こちらには達成できないと罰則が2つもある。失敗すると報酬が得られないし、場合によっては冒険の女神ニケが神託している「冒険者ランク」が下がってしまうのだ。

 その代わり、ギルドが発行するクエストを達成すると冒険者ランクが上がることがある。上がるかどうかは女神ニケの気分次第だが、困難なクエストほどランクは上がりやすく、楽なクエストでは滅多に上がらない。例えばポコニャさんはウユギワのボスと勇敢に戦い、半殺しにされた結果Cランクを得た。

 冒険者ランクは高いほど尊敬されるし、国から優遇されたりもするので、

「にゃああ……? 失敗なんて恐れるにゃ。カッシェはGランだからソレ以上下がりようがないし、ユエフーもまだEだろ? 仮にFランに落ちても実力的にはすぐ戻せる……決まりで良かろ?」

 ブラック・レディは面倒そうに言い、ユエフーが口を開いた。

「報酬は1金貨か……どんなクエストなんですか」
「にゃ☆ 街を歩いてドロボーを探すだけ。話によると、このリドウスっておっさんは昨日盗みに入られてにゃ。もちろん最初は憲兵に通報して捜査を頼んだのだが、街の兵士はやる気がにゃいみてーで、ムカついてギルドに願い出た。あちしの鑑定結果によると犯人はまだ街のどこかにいるが——鑑定Lv9のカッシェはどーかにゃ?」
「マジかよっ、鑑定Lv9っ!?」

 おっさんが大声を上げ、俺は仕方なく頷いた。受けるかはともかく、話を聞いても損にはならないだろう。

「……鑑定はLv9ですが、詳しく聞かないとなんとも。泥棒って、なにがあったんです?」
「ドラゴンの皮を盗まれた」

 するとおっさんは言った。

「新市街でもピカイチの『パルテ』ならわかるよな? だぜ……それも蛟竜こうりゅうみてぇなケチな皮じゃなくて、青空みたいに美しい青竜せいりゅうの皮を盗られたっ!」

 蛟竜の皮は子狸ノールが装備しているが、ただのローブのくせに666も防御力を増やす。

「防具としては最上級の素材だっ! オレは昔、キラヒノマンサの『雷花らいか』で剣士をしていた——引退後は毛皮屋を始めてさ、先週、雷花の馴染みから運良く皮と牙を仕入れて……!」

 おっさんは悔しさに赤面していた。元・冒険者を思わせる傷だらけの腕も怒りで膨れ上がっている。

「広大なノモヒノジアでも『竜』は滅多に出現しない。知ってるか? 本物の竜には階級やら家名があって、その若い竜の家名は『ロスルーコ公爵』だった。公爵だぜ!? 最上級の竜皮だったのに、それを昨日の夜中……ッ! 黒髪の『子犬』に盗まれたっ!
 ——真夜中、物音を聞きつけてオレは戦ったんだ。強盗団は複数だった。それでも剣には自信があった。だけど……あいつッ……! 異常に強い“人狼”の小娘に負けたっ!」

 そして俺は、興奮しきったおっさんが次に叫んだ言葉で雷に打たれた気分になった。

「——人狼の名は、『ニョキシー』だ! あの犬の仲間がやつをそう呼んでいた。子犬は黒ずくめの全身鎧で、ドーフーシ風の『野太刀』を使っていて……オレも腕には覚えがあるから一発入れてやったが、あのガキ、オレに剣を教えてくれたイサウ・ユリンカと同じくらい強かった。それ以上かもしれねえッ!」
「引き受けます」

 俺はクエストを了承し、ユエフーが「え?」という顔を見せる。

〈ラーナボルカの三本尾スリー・テイルズは、“人狼探し”のクエストを受領しました〉

 叡智アクシノの怜悧な声が脳内に響いた。


  ◇


「——うっわ、受けちゃった!?」

 ギルドマスターのポコニャさんが持ちかけたクエストを受託した瞬間、俺の脳内に叡智の声が響いたが、神託はユエフーや他のパーティメンバーにも下される。耳を押さえて神託を聞き終えたユエフーが叫んだ。

「あなたねえ、リーダーのミケの許可も無いのに……」
「三毛猫は、ポコニャさんが言いくるめるって約束してくれただろ?」

 言い返すと〈邪神の眷属〉は舌打ちした。

「ふん、わたしはちゃんと『混沌』を止めようとしたわ! ミケが怒ったらあなたはわたしの潔白を証言するのよ!?」

 偉そうな物言いに二日酔いのギルマスは「にゃはは」と笑い、依頼主として、同じく叡智の通知を聞いたおっさんが叫ぶ。

「——いいぜ、オレぁお前らに任せる! クソガキなのは心配だが、鑑定連打ってのはマジなんだろうな!? オレが雷花にいたとき、そんなの使える奴は……ひとりも……!?」

 俺が体を明滅させながらその辺の適当な冒険者たちに「連打」してみせると、おっちゃんは禿頭を真っ赤にして興奮し、ギルマスの鬼猫は気が付くと消えていた。事務所の奥で寝ているに違いないが、まあいいさ。

 俺はおっちゃんからさらに詳しい話を聞き、アクシノに「鑑定」を発動したタイミングで冒険者ギルドの広い1階フロアに見慣れた顔が現れた。

「にゃ……聞き違いかと思ったが、マジでカオスが勝手を働いたらしい」
「——m9(ФДФ)!! ε=ヘ(*¨)ノ ☆!」

 魔法使いみたいな服装の三つ編みタヌキを引き連れて現れたリーダーは一応俺に非難の目を向けていたが、奴とは幼馴染だ。ノールのほうは理解不能だが、この手の“冒険”に怒る子猫じゃないのは知っている。

「——ごめんミケ、ちょっと待って……今アクシノが“犯人”の居場所について予想を話してる。市内にいるのは間違いないそうだ」
「にゃにゃ!? 犯人とは? ……そしてその頭は?」

 予想通りミケは怒らず、むしろ「犯人」というワードに三角耳としっぽを立てた。リーダーは依頼主の毛皮屋にニャーニャーと話を聞き、おっちゃんは自己紹介した。

「オレはリドウス……旧市街じゃ一番の毛皮屋だと思ってるぜ」
「にゃ☆ しってる。ウチのテンチョーが何度か仕入れた店のはず」
「そうさ。あんたが着てる服の袖口を見ろ。吸血鬼がウチで買って行った最高級の毛皮だ」
「にゃにゃ!? 裏地の白いふわふわはあんたの店? 実はミケたちは素材が買えず困っているのだが、リドウスのお店いは良いのが残ってる?」
「ああ、例のコンテストだろ。掲示板を見たぜ……最悪だ。大儲けのチャンスだったのに」
「にゃ?」

 ミケとノールが話を聞いているうちにムサと社員のおばちゃん1人を引き連れた「店長」がギルドの門を開く。

 吸血鬼は黒の紳士服に膝上までのフロックコートとシルクハットをかぶり、そのうえ日傘を差していたが、これでも秋になり身軽になったほうだ。日差しのきつい夏場は「北極か」と言いたくなる重装備を汗だくで着込んでいた。

 ちびっこ吸血鬼は帽子を脱いでリドウスさんに大人びた挨拶をし、リドウスさんは通算3回目になる被害の話を繰り返した。

「なるほど、『青竜の皮』か……ヤバイな、最高だ」

 パルテは両手を擦り合わせて笑った。

「ねえリドウスさん、もしおれたちが犯人を捕まえたら、盗まれた皮を最優先で売ってくれないか? それと、無事だっていう竜の牙も! カッシェもそのつもりで受けたんだと思う。質にもよるが、どちらも最低30金貨ドルゴは出すぜ」
「最優先……? それはっ、でも……なら、依頼料タダでどうだ? それなら即座に牙を売ってやる」
「乗った。1金貨ドルゴ銀貨バルシだな。約束だ、裏切りは無しだ……うちにはウユギワのボスをぶち殺した店員が2人もいる」
「……怖いガキだぜ」
「おれは吸血鬼だからな、よく言われるよ——おばさん、悪いけど他の社員におれたちが一時中断すると伝えてまわってくれ。竜皮と牙が得られるなら最優先だ!」

 パルテはさらっと商談をまとめ、社員のおばさんがギルドを出ていく。子猫が神託を聞き終えた俺を向いた。

「にゃ。すっかりハゲたカオスシェイドよ。それで叡智様はなんて?」

 フルネームで呼ぶな。ユエフーがようやくカッシェと呼んでくれているのに。

「アクシノによると、まずは『ゲンバ・ケンショー』をしろってさ」
「ゲンバ……?」
「それと、“犯人”はヤバイくらい強いから、捕まえる時は俺とミケ以外は逃げろって」
「——にゃ☆」

 嬉しそうなミケを先頭に俺たちは冒険者ギルドを出た。


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