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第五章 人狼の夜

神明裁判 1

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「いい加減起きなさいよ、あなた猫なの? にゃーって鳴いたら寝るのを許してあげるわ」
「……にゃー」

 ふと目覚め、試しに鳴いてみるとユエフーは俺の足を蹴った。嘘つきめ。

 俺は座席が半円形に並んだ暗いホールの中にいた。石柱に支えられた天井は高く、重苦しい雰囲気で、俺やユエフーはホールの入り口から見て左側の席に座り、右側には銀色の鎧に身を包んだ4名の騎士がいる。

 半円形の座席に囲まれた中央部分は開けたスペースがあり、石の床には魔法陣が刻まれている。5年前に刻んだ極大魔法・鑑定の図に良く似ているが、細部が異なる特殊な図柄だ。

 魔法陣の奥には大理石で作られた叡智の女神像があり……なんということだ。本物より150%くらい巨乳に彫られているッ。詐欺だッ。

「……ここ、裁判所?」

 小声で狐に尋ねると、ユエフーは唇に人差し指を当てた。

「静かに。ギルドの地下1階」

 薄暗い法廷にはランプの火が浮かび、正確さを欠いた像の左右にこの街の最高権力を持つ2人の人物が椅子とテーブルを並べている。左側にはギルドマスターが座り、右側には太った白髪の貴族だ。光沢のある白いシャツに上等な赤い毛皮のマントを纏い、いかにも金持ちの権力者という見た目をしている。

 伯爵のラーナボルカは手駒の騎士が裁判にかけられているのに堂々と胸を張っていて、娘が心配でたまらないといった顔のポコニャさんとは正反対だった。

 ラーナボルカは咳払いして口を開いた。

「……では、マスターよ。法に則り裁判を始めよう。本来であれば我々はどちらも街の者たちとは独立した立場で裁判を見守るべきであるが、今回はどちらも被告に関わりを持つ。しかしわたしは、偉大なる国家の定めた法を遵守し、公平な立場で神の裁きを見届けると星辰ファレシラ様に誓う」
「にゃ……ち、誓う。ギルドも歌の女神様に誓う」

 ポコニャさんは嫌そうに邪神へ誓いを立て、娘を見つめて言った。

「にゃ。この裁判では2件の訴えを同時に処理するものとする。はじめに、我ら冒険者ギルドおよびラーナボルカ市は、そちらの第四近衛兵団から貴族の騎士3名が冒険者ミケに殺害されたとの訴えを受けた。レテアリタ刑法により市民が貴族を殺害した場合、正当な理由がなければ、その市民は……死刑になる」

 俺たちが座る左側の座席の一番隅にはミケが堂々と座っていて、母親からの「死刑」の警告にあくびを返した。

「その訴えと同時に——」

 ラーナボルカが重苦しい口調で言った。

「我らラーナボルカ市および冒険者ギルドは、そこな仕立屋パルテから貴族による強盗被害の訴えを受けた。自己防衛のため、高貴なる騎士3名を殺害せざるを得なかったと」

 ミケの隣にはパルテがいて、さらに隣にはあいつの両親とエプノメじいさんがいた。

 右側の席で4人の騎士が銀の鎧をガチャつかせた。犯行時の装備とは違うが、全員が兜を脱いでいる。

 ひとりは鹿の獣人だろう。頭から長い茶色の角を生やした若い男で、不安そうな顔で周囲を見回している。

 もうひとりは兜の呼吸口にストローを突っ込んで黙々となにかを飲んでいる女で、銀色のフルフェイスのため顔はわからないが、体格的に少女に見えた。

(……あれがニョキシー?)
〈——鑑定は阻害されました。不徳のコインの効果だと思われます——おいカオス、鑑定は控えろ。この国の法律上、裁判所でのむやみな鑑定は犯罪になるぞ〉

 即座に鑑定した俺は叡智から警告を受け、心の中で念じた。

(……おいアクシノ。いい加減、ミケがどうなるのか教えろよ)
〈教えなくてもすぐにわかるさ。それよりあとでロボについてもっと鑑定したまえ。これほど重要な情報をワタシに隠していたとは……貴様ジビカの眷属か?〉
(たかがロボットがなんだってんだよ? 突然気絶させやがって)

 俺は苛ついて何度も抗議を念じたが、貧乳を連呼してもアクシノは俺をシカトしやがった。


 騎士団のうち、残る2人は知っている顔だ。

 ひとりはあのムカつく門番で、青色の前髪をキザったらしく垂らし、俺たちのほうを馬鹿にした顔で見つめている。兜は脱いでいて、語尾にフォイとか付けそうな皮肉顔を晒している。

 もうひとりの女はホール中央に描かれた魔法陣をじっと見つめていた。遠目では黒にも見える深い紺色の髪で、背中には翼竜のような羽が生えている。

 マキリンも兜を付けていなかったが、あの女は鹿の獣人よりも怯えているように見えた。

「——さて、仮に事件現場にひとりの鑑定持ちも居ない場合は裁判で詳しく検証するのだが」

 ラーナボルカが言った。

「今回の事件では、その現場に3名もの鑑定持ちがいた。ならば武器を持った騎士の死体や、シャシンとかいう似顔絵は証拠にならない。そんなくだらない証拠より、叡智アクシノ様の神託こそが正しい裁きとなる——これはレテアリタ法で定められた正当な手順だが、ギルド側もそれでよろしいな?」
「——はあ?」

 俺は思わず声を上げてしまい、法廷にいる全員から視線を浴びた。隣に座ったユエフーが俺を蹴りまくる。

「黙って! 馬鹿なの?」
「でも……証拠は無視ってなんだよ? 証拠があるなら神託よりそっちが優先だろ!?」

 俺は小声で狐に反論したが、狐は不思議そうな顔をした。

「……なにを言ってるの? 証拠の物品やら証言なんて、いくらでも捏造できるし嘘をつけるじゃない。この世に神様の言葉より正しいものは無いわ」
「アクシノが嘘をついたらどうするんだよ?」
「どうして女神が嘘をつくのよ」

 俺は反論しようとしたが、ユエフーに言っても無駄だと気づいた。こいつは裁判長でもなんでもないし、そもそもこの法廷には地球の裁判長のような存在が存在しない。弁護士すら居ねえ。

 絶対的な権力を持つもの——この場合は冒険の神ニケに任じられたギルマスと国家が階級を与えた伯爵と、そして叡智アクシノが市民の罪と罰を一方的に決めつける。

 どうやらそれがレテアリタ帝国の法律のようだが、要するに、市民の意見が反映される余地は一切無い。この惑星に民主主義は無いのか。

「……以上の通り、我々はどちらも私情によって神託を偽装する可能性があるため、今回は国家とギルド、双方が鑑定持ちを出すものとする」

 ラーナボルカが宣言すると左側の席から俺たちを談話室に案内してくれた小太りのギルド職員が魔法陣に立ち、右側の席からも黒服を着た使用人のような男が現れて魔法陣に入った。ラーナボルカが号令を下す。

「——裁きを」
「「 鑑定 」」

 伯爵の掛け声とともに2人の鑑定持ちは短い詠唱を行い、青白く発光する魔法陣の上に、黒髪の女神が顕現した。

「アクシノ……」
『——鑑定結果を下します——』

 顕現した女神は俺の声に聞く耳も持たずラーナボルカとポコニャさんに告げた。

『——仕立屋パルテの訴えを認めます。店は確かに強盗の被害を受けましたし、ワタシは眷属の目を通じてそれを見ていましたから、反論は許されません。騎士団は店の被害を弁償し、かつ罰金を支払いなさい。支払いが困難であれば、領主ラーナボルカが責任を持つ必要があります——』

 ポコニャさんがグッと両手を握りしめて喜んだ。ミケのすぐ真後ろの席でヒゲのラヴァナさんも吠えた。ミケは「当然」とばかり無言でふんぞり返っている。

『——ただし、そこな三毛猫ミケもまた有罪とします。レテアリタ帝国の定める法によれば、たとえ強盗であっても高貴な身分を殺害することは過剰な防衛とみなされることがあり、今回の件はそれに該当すると判断します——』
「「 にゃ!? 」」

 母と娘が同時に「にゃ」と鳴き、俺を含めたミケ側は全員が抗議の声を上げたが、アクシノは無視して〈神託〉を続けた。

『ラーナボルカ市第四近衛兵団は、ミケの過剰な防衛行為のために人員を失いました。よって、ミケは殺害した1名につき1日、騎士団に所属して彼らの仕事を手伝いなさい。ミケのための鎧が必要ですから、ラーナボルカは準備しなさい。用意ができ次第、ミケは第四近衛兵団に所属し3日間の兵役をこなさなければなりません』

 抗議していた俺は即座に黙った。それはパルテも同じだったが、事情を知らないポコニャさんや、意味を理解していないミケはまだブーブーと文句を垂れている。

(……それが狙いだったのかよ)

 俺はほっとして、脳内で念じた。

〈——悪いようにはしないと言っただろ。ワタシは嘘より真実を好む〉

 アクシノは俺だけに聞こえる声で軽く返すと、領主ラーナボルカやポコニャさんに対して判決の理由をつらつらと述べ、俺は〈作文〉アプリに判決をメモした。

 座席を立ってリドウスさんに近づく。

「……ミケを泥棒どものスパイにできました。あいつが竜の皮を取り戻してくれるかも!」

 黒い眼帯をつけたリドウスさんは嬉しくてたまらないようで、俺のささやきに何度も頷いた。


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