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中は六畳の洋室だった。
日中なのにカーテンを閉め、薄暗い室内にはゲーミングパソコンとネオン看板のようなデジタル時計が光っている。床に漫画やゲームのパッケージが積み上げられてはいるが、硝子棚に飾られた美少女フィギュアは重ならないように整頓されているし、ゴミが散乱しているわけでもなく、不潔な印象は受けない。きれいなオタクの部屋という感じだ。
彼の誘いで潰れた座布団に座りあちこちを観察していると、竜也はパイプベッドに腰掛けストバトの過去作について話し始めた。ずっとこうして誰にかに喋りたかったのだと言う気持ちが透けて見えるような熱量だ。翔吾は頷きながらそれを受け止めていた。
話が終わるころには、翔吾の体は冷房が利いているにも関わらず芯から火照っていた。
「あんたすげえな!」
翔吾の屈託のない誉め言葉に、竜也は長さが揃っていない前髪の奥で目を伏せる。顔色は変わっていないが照れているように見えた。
しかしすぐに神妙な面持ちで短い髭の生えている顎を擦った。
「そうだ君、僕に用事があるんだろ。どうせここから出してくれって母さんに頼まれたんだ。何言われても僕は出ないぞ」
「まあそうなんだけどさ。え、遊びに行くのも嫌?」
「遊び……ってどこに行くっていうんだ」
「ゲーセンとか? ストバトやらん?」
翔吾が傍にあるソフトのパッケージを指すと、竜也は皴のないシーツをじっと見つめてから「君も一緒か?」と吊り橋の強度を確かめるような声で尋ねた。
翔吾が「もち」と笑顔を作る。
竜也から見る翔吾は可愛い女の子の筈だ。この顔に誘われて断る男などいまい、と翔吾には自信がある。
竜也はまた考えるように俯いた。
「これが君の仕事なんだな?」
「そうだよ。でももう竜也君とは友達だと思ってるよ、私」
「いや、遠慮する。陽キャは嫌いなんだ。でも気が向いた。一緒に行ってやってもいい」
竜也の上から目線な発言に、翔吾は心の中でガッツポーズをした。
彼の気が変わる前にと外出の予定を明後日に立てて、用事が済んだので機嫌よく部屋を後にした。心なしか別れる寸前の竜也の顔が緩んで見えた。
明恵がいつもと同じ調子でと不安げに眉を下げて問う
「どうでした?」
「明後日、一緒に遊びに行くことになりました」
「まあ、すごい! 梃子でも動かなかったのに」
「私だけの力じゃないですよ。お母さんが竜也君のお部屋掃除したり、食べ物を準備したり、愛情を注いでいるから捻くれずに素直で、私と仲良くしてくれて、出かける気になったんだと思います」
「そうかしら……もう息子も大人だし、甘やかしちゃダメだと思ってるんですけどね。親って死ぬまで親でしょう。どうしても気になってしまって」
「ポストの求人雑誌も竜也君の為ですね。優しいお母さんで羨ましいです」
本心だった。
こんなに尽くしてもらえて竜也は幸せ者だ。引きこもりなんて社会に一つも貢献していない状況でも愛されていて羨ましい。
「私が引き摺り出せたらいいんでしょうけど。こんなこと頼んでごめんなさいね」
明恵の懺悔を引き出すと話が長くなりそうだったので、翔吾は遮るように微笑んで小谷家を出た。
どこの畑でもキュウリやトマトなどの夏野菜が競うように身をつけている。
その間を抜けながら近くのコンビニまで歩き、乗ってきた自転車に跨る。
そういえば昼食をとっていない。しかし財布には小銭しか入っていない。というか入れていない。手元に金があると使ってしまう。空洞の胃から意識を逸らすように思い切りペダル踏み、コンビニに背を向ける。
綿のような雲がゆっくりと流れている。
日中なのにカーテンを閉め、薄暗い室内にはゲーミングパソコンとネオン看板のようなデジタル時計が光っている。床に漫画やゲームのパッケージが積み上げられてはいるが、硝子棚に飾られた美少女フィギュアは重ならないように整頓されているし、ゴミが散乱しているわけでもなく、不潔な印象は受けない。きれいなオタクの部屋という感じだ。
彼の誘いで潰れた座布団に座りあちこちを観察していると、竜也はパイプベッドに腰掛けストバトの過去作について話し始めた。ずっとこうして誰にかに喋りたかったのだと言う気持ちが透けて見えるような熱量だ。翔吾は頷きながらそれを受け止めていた。
話が終わるころには、翔吾の体は冷房が利いているにも関わらず芯から火照っていた。
「あんたすげえな!」
翔吾の屈託のない誉め言葉に、竜也は長さが揃っていない前髪の奥で目を伏せる。顔色は変わっていないが照れているように見えた。
しかしすぐに神妙な面持ちで短い髭の生えている顎を擦った。
「そうだ君、僕に用事があるんだろ。どうせここから出してくれって母さんに頼まれたんだ。何言われても僕は出ないぞ」
「まあそうなんだけどさ。え、遊びに行くのも嫌?」
「遊び……ってどこに行くっていうんだ」
「ゲーセンとか? ストバトやらん?」
翔吾が傍にあるソフトのパッケージを指すと、竜也は皴のないシーツをじっと見つめてから「君も一緒か?」と吊り橋の強度を確かめるような声で尋ねた。
翔吾が「もち」と笑顔を作る。
竜也から見る翔吾は可愛い女の子の筈だ。この顔に誘われて断る男などいまい、と翔吾には自信がある。
竜也はまた考えるように俯いた。
「これが君の仕事なんだな?」
「そうだよ。でももう竜也君とは友達だと思ってるよ、私」
「いや、遠慮する。陽キャは嫌いなんだ。でも気が向いた。一緒に行ってやってもいい」
竜也の上から目線な発言に、翔吾は心の中でガッツポーズをした。
彼の気が変わる前にと外出の予定を明後日に立てて、用事が済んだので機嫌よく部屋を後にした。心なしか別れる寸前の竜也の顔が緩んで見えた。
明恵がいつもと同じ調子でと不安げに眉を下げて問う
「どうでした?」
「明後日、一緒に遊びに行くことになりました」
「まあ、すごい! 梃子でも動かなかったのに」
「私だけの力じゃないですよ。お母さんが竜也君のお部屋掃除したり、食べ物を準備したり、愛情を注いでいるから捻くれずに素直で、私と仲良くしてくれて、出かける気になったんだと思います」
「そうかしら……もう息子も大人だし、甘やかしちゃダメだと思ってるんですけどね。親って死ぬまで親でしょう。どうしても気になってしまって」
「ポストの求人雑誌も竜也君の為ですね。優しいお母さんで羨ましいです」
本心だった。
こんなに尽くしてもらえて竜也は幸せ者だ。引きこもりなんて社会に一つも貢献していない状況でも愛されていて羨ましい。
「私が引き摺り出せたらいいんでしょうけど。こんなこと頼んでごめんなさいね」
明恵の懺悔を引き出すと話が長くなりそうだったので、翔吾は遮るように微笑んで小谷家を出た。
どこの畑でもキュウリやトマトなどの夏野菜が競うように身をつけている。
その間を抜けながら近くのコンビニまで歩き、乗ってきた自転車に跨る。
そういえば昼食をとっていない。しかし財布には小銭しか入っていない。というか入れていない。手元に金があると使ってしまう。空洞の胃から意識を逸らすように思い切りペダル踏み、コンビニに背を向ける。
綿のような雲がゆっくりと流れている。
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