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翔吾の不在中に木ノ本柊子が再来したらしい。
美鈴は続く暑さに身を横たえながら額に保冷剤を当てていた。
「え、何をしに?」
美鈴が作り置いていた冷やし中華で口をいっぱいにした翔吾が、ダイニングから居間を覗く。
「ローズレッドのお茶がとても効いているんですって。寝る前にご夫婦でお喋りをしながら飲むとリラックスできるし、お互いに想いを確かめ合うことができるって仰ってましたよ。また同じものを買われて行きました」
へー、と棒読みの相槌を打ちながら、翔吾はにやけそうな頬を両手で揉み、しかしテーブルの下では拳を握った。仕事の成果が出たことが素直に嬉しかった。
仰向けになっている美鈴が全てを見透かしたように微笑んでいる。
出っ張った腹が目立つ。その中に確かな胎児の気配がある。美鈴が甘い声を掛けながらそれを撫でる。生き物という感じだ。動いているものは、はっきりと生命が感じられる。
美鈴の子どもは肯定されて、翔吾と律の子どもは否定されるのか。そんなのあまりに理不尽だ。しかし生まれても幸せになれなかったらどうだ。例えば親の愛情が無かったり、家が無かったり、金が無かったり。人生のほとんどを諦めなければいけない環境に生まれ落ちたら、それこそ可哀想だ。そう、例えば、みたいに。
「翔子さん」
はっと意識を引き戻された。
「どうかしましたか?」
翔吾は気をそらすように箸の先を打ち鳴らした。
「ぼうっとしてただけです」
そのうち、縁側から由貴が顔を出した。
「暑くて溶けてしまいそうですね」
いつも通り、互いに腕を伸ばしてやっと指先が触れる距離で由貴と美鈴は郵便物の受け渡しをした。彼女が肩で息をしていることに気付いた翔吾が隠すようにして由貴の前に立つ。
「そんなにしなくてもこれ以上近づかないよ」
表情無く声を顰める由貴に、翔吾は鼻で笑う。
「お前も男だからな」
「それより、りっちゃんのところ顔出してやってよ。切迫早産で自宅安静らしいから。不安だと思うよ」
切迫早産。ネットでよく見た言葉だった。
それが自分にとっていいことなのか悪いことなのかよく分からない。もう関わってもいけない気がする。
首を傾げたまま考え込む翔吾に不審げな視線を投げ、由貴は「俺には分からない」と呟いた。
「好きな人との子どもって、すげー嬉しいじゃないの?」
正し過ぎて目が眩む。
何も言えないでいると、「じゃあ」と由貴が踵を返した。
「あの、これ、よかったら」
翔吾を盾にしながら美鈴は凍らせたスポーツドリンクを由貴に差し出した。
由貴が、腕を伸ばして口元をほころばせる。
「ありがとうございます。また」
彼が去った後も、美鈴は翔吾越しに外を見ていた。
赤、白、ピンクのタチアオイがいくつも花をつけ、背伸びをするように花壇から伸び上がっている。
美鈴は続く暑さに身を横たえながら額に保冷剤を当てていた。
「え、何をしに?」
美鈴が作り置いていた冷やし中華で口をいっぱいにした翔吾が、ダイニングから居間を覗く。
「ローズレッドのお茶がとても効いているんですって。寝る前にご夫婦でお喋りをしながら飲むとリラックスできるし、お互いに想いを確かめ合うことができるって仰ってましたよ。また同じものを買われて行きました」
へー、と棒読みの相槌を打ちながら、翔吾はにやけそうな頬を両手で揉み、しかしテーブルの下では拳を握った。仕事の成果が出たことが素直に嬉しかった。
仰向けになっている美鈴が全てを見透かしたように微笑んでいる。
出っ張った腹が目立つ。その中に確かな胎児の気配がある。美鈴が甘い声を掛けながらそれを撫でる。生き物という感じだ。動いているものは、はっきりと生命が感じられる。
美鈴の子どもは肯定されて、翔吾と律の子どもは否定されるのか。そんなのあまりに理不尽だ。しかし生まれても幸せになれなかったらどうだ。例えば親の愛情が無かったり、家が無かったり、金が無かったり。人生のほとんどを諦めなければいけない環境に生まれ落ちたら、それこそ可哀想だ。そう、例えば、みたいに。
「翔子さん」
はっと意識を引き戻された。
「どうかしましたか?」
翔吾は気をそらすように箸の先を打ち鳴らした。
「ぼうっとしてただけです」
そのうち、縁側から由貴が顔を出した。
「暑くて溶けてしまいそうですね」
いつも通り、互いに腕を伸ばしてやっと指先が触れる距離で由貴と美鈴は郵便物の受け渡しをした。彼女が肩で息をしていることに気付いた翔吾が隠すようにして由貴の前に立つ。
「そんなにしなくてもこれ以上近づかないよ」
表情無く声を顰める由貴に、翔吾は鼻で笑う。
「お前も男だからな」
「それより、りっちゃんのところ顔出してやってよ。切迫早産で自宅安静らしいから。不安だと思うよ」
切迫早産。ネットでよく見た言葉だった。
それが自分にとっていいことなのか悪いことなのかよく分からない。もう関わってもいけない気がする。
首を傾げたまま考え込む翔吾に不審げな視線を投げ、由貴は「俺には分からない」と呟いた。
「好きな人との子どもって、すげー嬉しいじゃないの?」
正し過ぎて目が眩む。
何も言えないでいると、「じゃあ」と由貴が踵を返した。
「あの、これ、よかったら」
翔吾を盾にしながら美鈴は凍らせたスポーツドリンクを由貴に差し出した。
由貴が、腕を伸ばして口元をほころばせる。
「ありがとうございます。また」
彼が去った後も、美鈴は翔吾越しに外を見ていた。
赤、白、ピンクのタチアオイがいくつも花をつけ、背伸びをするように花壇から伸び上がっている。
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