文芸部の一匹狼は、美術部の王子様を放っておけない

九竜ツバサ

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2 トラウマ


「あ、ヒダリの人じゃないか。また会ったね」

 あの日から、数日も経たないうちに再び遭遇した右堂は、二年四組の教室の前で、男女数人が作っている輪の中心にいた。なにが面白いのか、上機嫌に顔を綻ばせて手を振っている。

 左神は憎々しいほどた端整に笑う右堂と、己に不思議そうな視線を向けてくる取り巻きを無視しながら教室に入り、大して親しくも無いクラスメイトに、移動教室の際に置き忘れたらしい筆入れを届けた。

 教室の外からはまだ、右堂の快活な声と、その仲間たちの愚痴や噂話が聞こえてくる。その軽々しい雰囲気が、教室を出ようとする左神の気を重くさせた。

 人が集まっている場所は嫌いだ。右堂のような『人気者』がいるところは、特に。
 教室の隅にいるような日陰者を嘲笑し、平気で除け者にする悪ノリと陰湿さがあるから。

 盛り上がっている廊下を睨んだま、逡巡しているうちに予鈴が鳴った。
 廊下から教室に向かって、押し波のように生徒が戻ってくる。
 教室内が雑然とする。

 好機とばかりに、こそこそとその隙間を縫いながら――しかし、他の生徒より頭一つ上背のある左神は意図せず目立ちながら――足早にドアレールを乗り越えた。
 そのとき、廊下に残っていた最後の一人が左神の肩に手を乗せた。

「ヒダリ君、昨日書き上げた小説のモデルは僕の絵だろう? 上手く書けてるじゃないか。褒めてつかわすよ」

 突然、右堂に耳打ちされ、左神の肌は一瞬にして粟立った。

 思わず彼の胸を乱暴に押しやり距離を開ける。
 右堂の言葉が、恥ずかしく、後ろめたい記憶を蘇らせる。
 右堂はまるでどこ吹く風と左神を見下すようにして、口角を上げた。そしてカラス色の学生服のポケットに両手をつっこみながら、ひゅうと空気ばかりの口笛を吹いた。

「気にしてないよ。むしろ光栄だね。また書いてくれよ。要望があれば君の望むモチーフを取り入れて絵を描くからさ」

 右堂が、左神の気も知らぬような人懐っこい仕草で首をかたむける。

 対して左神は忌々しげに右堂を睨み、
「どこから流れたかは知らねえが、人の作品を盗み読みとは趣味が悪ィじゃねえか、王子サマ」
と歯噛みをした。

「文芸部には僕のオトモダチがいるんだよ。その人は君の作品を自慢げに読ませてくれたけれど、駄目だったかい? とても素晴らしいと思ったんだけれど」

「人の許可も無しに読まれて、誰が喜ぶかよ」

「それは失敬。でも君は本当に、僕と合作をできるほどの腕前だと思うよ。君の小説を、天才である僕が描けば鬼に金棒さ」

「お前がその天才であってもな、俺はてめえみたいなコバエ取り野郎が大嫌いなんだよ。人集めてヘラヘラしやがって。てめえのための作品なんか絶対に書かねえ。もう話しかけてくるな」

 左神は鬼の剣幕で吐き出して、荒々しげに踵を返した。
 そのまま振り返らずに一組の教室に戻った。じっとりと背中に汗をかいていた。

 最後に見た右堂は、どこか寂しそうに目を伏せ、血色の悪い唇を引き結んでいた。
 左神は人間など殴ったことが無いのに、右手の拳に、骨と肉を潰したような感触が残っていた。



 無機質に授業が始まる。
 プリントの上を、握ったシャーペンの芯が走る。

 思い出したくないのに、右堂の王子然とした姿が頭を過る。

 同時に、中学生の頃に、ことあるごとに自分の股間を弄ってきた、容姿の整った親友のことを思い出した。その親友は顔がいいというだけで、すべての事柄を許されてきた男だった。

 左神が抵抗しても、陰茎に生理現象が起きても、しつこく股間を触ってくるので、ついに左神は我慢ができずに粗相をしてしまったことがあった。その光景を目撃した同級生たちは、男女問わず彼をからかい、または敬遠し、笑いのネタとして、ことあるごとに話題に上げた。

 左神が孤立する原因を起こした親友は、卒業の日、何事もなかったような顔で、左神に愛の告白をしてきた。――『友達とは違う意味で好きだった』と。
 ひどい悪ふざけをされても、よき友人としての共有してきた思い出は本物だと思っていた。同級生たちからからかわれることも、親友が今までのように、悪気なくふざけてやったことだから、と許していた。
 それが否定されたとき、左神の人格は鉄を打ったように折れ曲がった。激しい憎悪と不快感が体内を爛れさせ、膿みを残した。

 それから左神はゲイを――否、学生という悪趣味で低俗な存在を、忌み嫌うようになった。

 ことさら、美麗な容姿をしたタイプは嫌悪した。
 輪の中心にいるような奴はことを荒立てるので、ますます警戒した。

 その親友とは別々の高校に進学したので、卒業式以来会っていない。
 人付き合いに慎重になった代償で、高校では友人と呼べる者はいないが、寂しくあっても、ふざけた奴に構われるよりはずっとマシだった。
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